エウヘーニオ・ドールス『プラド美術館の三時間』ドールス氏の願望?(アート・美術館のおすすめ本)

フォルムと色彩で語る美術論

作者によると芸術という領域の片方の端には建築や彫刻があり
もう片方には音楽や詩といった形のないものがあって、
「絵画は諸芸術の中においてその中心地域を占めている」といいます。
絵画が建築に近づけば線や輪郭といったフォルムを強調する古典主義的なものに、
逆に音楽に近づくとフォルムを離れて色彩を重視するロマン主義的なものになるそうで、
古典的絵画にはプーサン(1594-1665)、マンテーニャ(1431-1506)、
音楽的絵画にはエル・グレコ(1541-1614)、ゴヤ(1746-1828)、
ちょうど中間にあたる位置にベラスケス(1599-1660)が配置されます。
このルールに従って美術館にある代表的な作品を位置づけていくわけですが、
年代はあまり考えずフォルム重視か色彩重視かという「美学的態度」から分類するのが特徴です。

こういった内容を解説していくにあたって作者は
気持ちの良い春の朝にプラド美術館に友人を案内して
まるまる3時間絵画を鑑賞する(途中で30分の延長あり)という設定を作り、
本文はそれに沿って進行します。

ドールス氏が考える理想の美術館散策

そうした試みに最適な友人は、若くて聡明でなければならない。本能的に趣味の良さを備え、美術に関しては二、三の漠然とした一般的な知識を持っているに過ぎない初心者がよい。その上、彼が虚栄心の持ち主でないことも必要である。

趣味が合い(大抵の人にとって「趣味の良い人」は「自分と趣味の合う人」です)、
こちらの話を素直に聞いて3時間の散策につき合い、
最後の方でいきなり30分の延長を申し出ても喜んで賛成するような若い人を相手に、
自分の得意分野について思う存分語る。
作者に限らず、あらゆる人にとって憧れのシチュエーションではないでしょうか。

本の読者は作者の想定しているほど若くないかもしれませんし
趣味が合わなかったり途中で飽きたり
果ては話の内容をまったく理解していなかったりするかもしれませんが、
作者からは見えないので良しとしましょう。
作者の頭の中には理想通りの友人がいるはずなので問題はないはずです。

そんなわけで、
一般的な解説文や美術館案内を期待してこの本を読むと混乱するかもしれません。
『プラド美術館の三時間』は
歴代スペイン王家が集めた美術コレクションを展示するプラド美術館のガイドであり、
作者エウヘーニオ・ドールス独自の絵画論でもある、というちょっとややこしい本です。

エウヘーニオ・ドールス(1882-1954)は、
バルセロナ生まれの美術評論家で哲学者でもあります。
ちょうどカタルーニャが独自の芸術を花開かせていた時期であり、
ドールスもカタルーニャ文化の振興に活躍しましたが、
「政治的見解の相違」によって1923年マドリードに移っています。
『プラド美術館の三時間』の初版が刊行されたのはこの年でした。
もしやドールスさん、同志たちとの意見の相違に疲れて
話を聞いてくれる相手と穏やかな時間を過ごしたかったのでしょうか?

ここで紹介されているのは20世紀初頭のプラド美術館なので
現在の美術館とはだいぶ違っていますが、
美術館の雰囲気やどんな絵があるのかを大雑把に知りたい人や
普通の解説や図録の文章に飽きた人は
一度手に取ってみると面白いと思います。

書籍情報

エウヘーニオ・ドールス著,神吉敬三 (訳)『プラド美術館の三時間』ちくま学芸文庫,1997

原書は1971年刊行(第11版 初版は1923年)

映画「プラド美術館 驚異のコレクション」2020年4月10日より公開

2019年11月19日に開館200周年を迎えたプラド美術館のドキュメント映画。
コレクションの魅力を館長やベテラン学芸員が解説し
関係者以外入れないバックヤードの映像も公開されるそうです。
『プラド美術館の三時間』とあわせて、
100年前の姿と現在の姿を比べてみるのはいかがでしょうか?

公開
2020年4月10日より
ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ、新宿シネマカリテほかにて

監督 ヴァレリア・パリシ
出演 ジェレミー・アイアンズ、ミゲル・ファロミール、ノーマン・フォスターほか
配給 東京テアトル
公式ホームページ http://www.prado-museum.com/