『山内マリコの美術館は一人で行く派展:ART COLUMN EXHIBITION 2013-2019』Bros. books,2020 (アート・美術館のおすすめ本)

もともと美術館巡りが趣味だった著者による「アート・コラムの展覧会」。
雑誌『TV Bros.』に2013年から2018年まで連載されていたコラムのうち101点と、
連載終了後の2019年に訪れた展覧会について書いた新作を1冊にまとめた本です。
同じ展覧会に足を運んでいたことがわかると嬉しく、
行かなかった(または知らなかった)展覧会を見つけると悔しい。
展覧会ファンにとっては心をかき乱される1冊と言えるでしょう。

…と言うとなんだか「生き方・教養」系の雑誌に載っていそうですが、
テレビ情報誌でありながらテレビ番組に対する毒舌ぶりで有名な
(もしかするとサブカルチャー誌としての方が有名だった)
『TV Bros.』の連載だったことを忘れてはいけません。
普通の雑誌取材のようにアポを取るようなことはせず、
自分で決めた展覧会のチケットを自腹で購入して思ったことを書く、
忖度なしの展覧会レポートです。
好きなものは「好き」嫌いなものは「嫌い」、
わからない時は「わけわからん」と言ってのける率直さは
アート作品を前に「わからないのは自分の教養が不足しているからに違いない」と
卑屈になりがちな鑑賞者を元気づけてくれます。
わからなかった…というか会場にいる間はどれが作品かわからなかったという
資生堂ギャラリーの「李傑(リー・キット)展」には
帰宅後にインターネットの画像を見たら良さに気が付いたというオチもつきました。


アートを通して見る社会と「おっさんカメラ」の問題

どこまでも自由にアートを楽しんでいるかと思うと、
古くから親しまれた建築の取り壊しや唐突な名称変更に
2020年の東京オリンピック・パラリンピックをあてこんだ誰かの存在を指摘し、
ビクトリア朝時代の優雅な室内装飾を見て
インテリアに熱中する奥様に薄給でこき使われるメイド、
ついでに高度経済成長期以降の主婦の苦労に思いをはせ、と
展覧会越しに世の中に対する鋭い一言を投げかけてくるので油断ができません。

とくに女性の問題についてはあちこちで言及されています。
たとえば「おっさんカメラ」問題。
世の中にある「芸術作品」は男性の作ったものが多く、
当然男性の理想や欲望が大いに反映されている。
女性も「おっさんカメラ」を通して作りだされた女性像を「芸術」として
ありがたく摂取し続けた結果、「おっさんカメラ」を通して物を見るようになり、
同じ女性を(自分自身までも)中年男性的な価値観で測るようになる…
改めて指摘されると思い当たるところが多いこの問題を
キャッチーな表現で可視化してみせた著者は、
だからといってヒステリックに糾弾することもなく
「おっさんカメラ」を「おばさんカメラ」にアップデートすることを提案します。

どこまでも性的な対象でしかない “オンナ” でなく “人間” として生きたいなら、「おばさんカメラ」で世の中を見る癖をつけなくちゃいけないのであ~る。

『山内マリコの美術館は一人で行く派展』の展示品であるコラムこそ
「おばさんカメラ」を通して作られた作品なのかもしれません。


自作の「チチモ・アート」も公開

各章扉の前に飾られている著者の自作アート、
連載中に亡くなった愛猫・チチモに捧げられた「チチモ・アート」も必見です。
既製品のリペイントに始まって、名画の猫をチチモに変身させたパロディシリーズ、
超大作「チチモ祭壇」など、全20点。
(1点だけ旦那さんの作品が参加していました)
『TV Bros.』の連載タイトルが「エッコラ・チチモ ~猫って長い~」だったほど、
著者にとってチチモは欠かせない存在でした。
表紙裏にカラーで掲載されている作品もありますが、
やはり制作者コメントと一緒に鑑賞するのがおすすめです。


展覧会を通してみる2010年代

2013年から2019年までの展覧会を集めた「展覧会の展覧会」と、
作者のプライベートな「愛と弔いの個展」の展覧会場兼図録のようなこの1冊は
作家・山内マリコのファンはすでにチェックしていると思いますが、
作者のことはよく知らないけれどアートに興味がある、という人にもおすすめです。

将来は「展覧会で振りかえる2010年代の日本世相史」としても
貴重な資料になるかもしれません。
ただし「展示」されているコラムは展覧会の開催順ではなく
章ごとのテーマに沿ってまとめられているため、日付が前後することもあります。
巻末には美術館と展覧会の索引が収録されていますが、
開催日順の展覧会一覧表も欲しいところです。