日曜美術館「至宝からひもとく天平の祈り〜第72回 正倉院展〜」(2020.11.01)

戦後間もない1946年にはじまり、毎年開催されてきた正倉院展。
72回目となる2020年は新型コロナウイルスの影響で
事前予約制・人数制限など対策を取りながらの開催となりました。
(そのため、チケットはすでに売切れとなってしまいました…)

番組では今回展示された49点の宝物から、
優れた工芸品、外国から取り寄せられた高価な薬品、
御仏への祈りが込められた献納品の3部門に分けて紹介。

また「花氈」をフェルト作家のジョリー・ジョンソンさんが、
「孔雀文刺繡幡」を刺繍家の樹田紅陽さんが再現し、
1000年以上前の人々の技術とそれに込められた人々の心に想いをはせました。

2020年11月1日の日曜美術館
「至宝からひもとく天平の祈り〜第72回 正倉院展〜」

放送日時 11月1日(日) 午前9時~9時45分
再放送  11月8日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

奈良・正倉院の貴重な宝物を年に一度公開する「正倉院展」。コロナ禍の今年は人数制限など異例尽くしの展覧会となった。鎮痛剤とされたナウマン象の歯の化石、実際に人々に使われた生薬など「正倉院薬物」が数多く出陳。サイが描かれた「鏡」や美しい「琵琶」、珍しい「フェルトのじゅうたん」など正倉院ならではの宝物が一堂に会する。天平時代の宝物に込められた人々の祈りと願いを手芸にも詳しい光浦靖子さんとひもとく。(日曜美術館ホームページより)

ゲスト
松本伸之 (奈良国立博物館 館長)
光浦靖子 (お笑いタレント)

出演
ジョリー・ジョンソン (フェルト作家・正倉院宝物の特別調査員)
樋口教香 (法華寺 門主)
片山寛明 (ミホミュージアム特任学芸員)
樹田紅陽 (刺繍家)


技巧を凝らした宝物 奈良時代の美術・工芸の最高峰

奈良・東大寺の正倉院が所蔵する約9,000件の宝物の中から
毎年60点ほどを選び展示する正倉院展。
今年は初出店の4点をふくむ59点が公開されたそうです。

「正倉院の宝物」と言われた場合、大抵の人は
大陸から輸入された貴重な品物・日本独自の工夫を凝らした品など
珍しい美術・工芸品を期待するのではないでしょうか。
番組で最初に紹介されたのは、そんな期待を裏切らない豪華な品々でした。

平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)

直径40センチの円鏡の背面に
螺鈿・玳瑁(ウミガメの甲羅から取ったベッコウ)・琥珀・トルコ石など
貴重な素材を組み合わせて、花や鳥の文様をあらわしています。
獅子や犀などエキゾチックな動物の姿も。

桑木木画碁局(くわのきもくがのききょく)

染めた象牙に線彫りで文様を表す撥鏤(ばちる)の技法で草花・虫などを表し、
それをミリ以下の細かい木片を埋め込んだ木画(もくが)が縁取る
側面の細やかな装飾の素晴らしさはもちろん、
桑の木の木目が美しい碁盤の表面も見ごたえがあります。

朽木菱形木画箱(くちきひしがたもくがのはこ)

柿の木を張り合わせ、高価な象牙と黒檀で縁取った箱。
仏様にささげる品物を入れるためにつくられたものです。

烏犀把漆鞘樺纒黄金珠玉荘刀子
(うさいのつかうるしのさやかばまきおうごんしゅぎょくかざりのとうす)

紙を切ったり木簡の表面を削ったりするための小刀です。
黒味のある犀の角(烏犀角)の持ち手、ガラスと水晶の玉を嵌め込んだ樺纒の鞘に
唐草模様を透かし彫りした黄金の金具という豪華なもので、
貴族の持物だったと思われます。

墨絵弾弓(すみえのだんきゅう)

小さな玉をはじいて飛ばす遊戯のための弓です。
遠目に見ると茶色い木の弓ですが、よく見ると
散楽(サーカスの源流ともいわれる中国の芸能)の様子とそれを見物する人々が
墨で描かれています。
長さ160cm×幅3cmの中に描かれた人物は総勢96人。

花氈(かせん)

羊毛を圧縮して作るフェルトの敷物。
遊牧民が使う敷物がもとですが、
これは東大寺の僧侶が法要の際に敷く物だったようです。

花氈に表された花と山岳の模様はこれまで
無地のフェルトのベースに文様を埋め込んで作られたと考えられていましたが、
世界各国のフェルト作りを研究しているジョリー・ジョンソンさんによって
色のついたフェルトでパーツを作った上に柔らかい羊毛を乗せて圧縮する
方法で作られていることがわかりました。

さらにその上から当て布をしてお湯をかけ、
全体を巻寿司状にきつく巻いて
麺棒を転がすようにして均等に摩擦をかけることで
模様の入ったフェルトが完成します。
ジョリーさんが実演した際は1500回以上転がして20㎝四方の作品が完成しました。
正倉院の花氈は長さ245㎝×幅123㎝。
途方もない時間と手間をかけて作られたことが想像できます。


疫病と宝物 光明皇后献納の薬物

正倉院には、聖武天皇(701-756)の后である光明皇后(701-760)が
遺品とともに献納した60種類の薬が納められています。
これらは外国から取り寄せられた貴重なもので、
元は聖武天皇の病の治療の為に集められたものと思われますが、
献納後は必要とする人々に提供されたようです。

献物帳の『種々薬帳(しゅじゅやくちょう)』の最後には光明皇后の
「病に苦しむものがあれば取り出して使いなさい」というメッセージがあり、
実際に皇后の死後に使われた記録が残っているそうです。

光明皇后は悲田院(困窮者・孤児の救済施設)や
施薬院(病人の療養施設)の設置など
今でいう社会福祉事業を熱心に行ったことで知られ、
奈良の法華寺には光明皇后が庶民のためにつくった療養施設の
「浴室(からふろ)」(蒸し風呂)が残っています。
現在の建物は江戸時代の明和3年(1766)に再建、
平成になって解体修理されたもので、
毎年6月に1日だけ一般の人も蒸し風呂体験ができる日を設けているそうです。
奈良国立博物館の松本館長は入ったことがあるんだとか。

五色龍歯(ごしきりゅうし)

唐から輸入された象の歯の化石です。
痛み止めや精神安定の効果があると考えられていたそうです。
重さは4.7kg。
ただし砕いて薬にするものなので、本来はもっと大きかったのかも知れません。

おなじく正倉院に献納された漢方薬の「大黄(だいおう)」は、
元の記録では221kgあったのが現在は31kgに減っているとのことです。


祈りの宝物

仏教の教えに「喜捨」というものがあります。
寺院・僧侶・貧者などに進んで金品を寄付することですが、
より大切なもの・貴重なものを捧げることによって
より多くの功徳を得るという考え方は仏教に限らず世界中に存在するわけです。
正倉院に所蔵されている宝物は、
当時の寺院に喜捨された品々の中でも特に優れた物であることは間違いありません。

金銅鈿荘大刀(こんどうでんかざりのたち)

持ち手に紫檀を使い、金銅・瑠璃で装飾した儀礼用の太刀です。
武器を寺院に献納することは大切なもの・貴重なものを奉げると言うほかに
「争いの放棄」を意味するのではないかと松本館長は言っています。

馬鞍(うまのくら)

奈良時代に使われた馬具の様式をはっきり残す、歴史資料としても優れたものです。
座面に敷く革の鞍褥(くらじき)には花喰鳥や唐花文など唐の図柄が用いられる一方、
乗る人が足をかける鐙は日本独自の壺鐙(足先がスリッパの先のように覆われる)
となっています。
唐風と日本風を取り混ぜてより好ましいものを追求した
奈良時代を反映するような形と言えます。

粉地彩絵箱(ふんじさいえのはこ)

朽木菱形木画箱とおなじく、仏様への捧げものを入れるための箱。
本体が直接地に触れないように、脚がついています。
明るい色の地に赤・青・紫・緑など鮮やかな色で描かれた花模様は
なんだかモダンな雰囲気もあります。

紫檀槽琵琶(したんのそうのびわ)

古代のペルシアに起源をもつという、4弦の琵琶です。
琵琶には一般的な4弦のほかにインド起源の5弦琵琶があり、
正倉院にも螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんごげんのびわ)が所蔵されています。
こちらの琵琶は紫檀の他に黒檀・ツゲとさまざまな地域の木材を組み合わせたもので、
撥受の部分に描かれた水鳥を襲うハヤブサの図は
古代の絵画資料としても注目されているそうです。

孔雀文刺繡幡(くじゃくもんししゅうのばん)

元は紫だった絹地に孔雀・草花などを刺繍したもので、
傷み・褪色が激しいものの、刺繍の美しさは今でも見て取れます。
幡は寺院の法要で掲げる、旗のような飾りです。
どちら側から見ても美しいように、
両面刺繡という表裏両方から鑑賞できる刺し方で作られているそうです。

刺繍家の樹田紅陽さんによると、両面刺繍は
裏側に出る糸を表側と同じように綺麗に扱うのが難しいのだそうです。
樹田さんはいちいち裏面を確認したりはせずに作業を進めていましたが、
それで裏面に乱れを出さずに仕上げるのは大変な作業だと思います。

手芸の本を何冊も出している光浦靖子さんは
仕事で絹の刺繍を手がけたことがあるそうですが、
一本一本が細く手の汗や静電気ですぐに乱れてしまう糸の扱いに
「細かい作業が好きなのに『ヒーッ』ってなる」思いをしたそうです。
孔雀文刺繡幡で使う絹糸は刺繍した柄の表面を滑らかにして光沢を出すために
撚りをかけない絹糸を使うので、難易度はさらに上がることでしょう。

そんな途方もない作業を進めるうちに樹田さんは、
「昔の人の荘厳という気持ち」を体験し、正倉院宝物は
「願いとか祈りとか、そういうのにのって作られたのかもしれない」と語ります。

現代の人間からすると想像もできないような手間と時間がかかっただろう作業を
(なにしろ眼鏡も電灯もない奈良時代です)
完成させたのは、御仏に対し一心に祈るという信仰の心だったのかも知れません。


「第72回 正倉院展」奈良国立博物館 (チケット販売終了)

奈良市登大路町50番地

2020年10月24日(土)~11月9(月)

会期中無休

9時~18時
※金曜日、土曜日、日曜日、祝日(11月3日)は午後8時まで
※入場は閉館の1時間前まで

一般 2000円
中・高・大学生 1500円

公式ホームページ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする