フェルメールの《窓辺で手紙を読む女》― 謎多きキューピッドの復元(2022年1月・日本で公開)

17世紀オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632-1675)が
独特のスタイルを確立した作品として有名な
《窓辺で手紙を読む女》(1657-59頃)の復元作業が完了し、
フェルメールが描いたオリジナルの絵がよみがえりました。

女性の後ろの壁にキューピッドの画中画が現れた修復後の姿は、
『芸術新潮(2021年12月号)』の表紙にも採用されています。

現存するフェルメールの作品は、真贋の怪しいものも含めて30点あまりですから、
その内の1枚が大きく様変わりしたことは大事件と言って良いでしょう。

ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》― 作品の特徴はキューピッドの発見前後でどう変わった?

ドイツ東部、ザクセン州のドレスデン(ツヴィンガー宮殿内)にある
ドレスデン国立古典絵画館が所蔵する《窓辺で手紙を読む女》(1657-59頃)は、
画面の右側に黄色いカーテンがひかれ、
その奥に果物を入れた鉢を乗せたテーブル、
さらにその向こうに窓辺に立って手紙を読む女性、という
奥行きのある構図になっている作品です。

それまで歴史画・宗教画を描いていたフェルメールが
風俗画に転向して間もないころの作品で、現存する中では3枚目の風俗画。
画面左側の窓から光が入ってくる室内で何かをしている女性、という
フェルメールの定番スタイルが作られた、
ターニングポイントにあたる作品でもあります。

大きくとられた余白と柔らかい光の生み出す静かな世界が心地よい、と
日本でも人気が高かったのですが…
この「余白」がフェルメールらしさであり絵の良さである、という
これまでの考え方は、2017年に覆されることになりました。


キューピッドの画中画の発見と復元まで

メインの女性よりさらに奥の壁はただの白い壁と思われていたのですが、
1979年のX線調査で、この壁にキューピッドの絵が飾られていたことがわかりました。

この時はまだ、フェルメール本人がキューピッドを塗りつぶしたと思われていたそうです。
フェルメールは他の作品でも一度描き込んだ小道具を塗りつぶした例がありますし、
《窓辺で手紙を読む女》でも、カーテンがひかれている所にはもともと
ワイングラスが描かれていたそうです。
このキューピッドもそのような引き算の末に消されたものだと思われていました。

ところが2017年、変色したニスを取り除くクリーニング作業の中で、
キューピッドが塗りつぶされたのはフェルメールの死後のことだったと判明しました。

絵画の修復は「作者自身の手によるオリジナルの状態に戻す」ことである、
という原則があります。
塗りつぶされた絵の状態がとても良かったこともあり、
2018年に《窓辺で手紙を読む女》を
フェルメールが描いたオリジナルの状態に戻すことが決定します。
上から塗られた絵の具の層を取り除く作業が終わったのは3年後のことで、
2021年の9月10日から2022年1月2日まで所蔵館で一般公開されました。


《窓辺で手紙を読む女》復元後の特徴

復元された絵を見ると、やはりキューピッドの画中画が目立ちます。
右側の半分ほどがカーテンで隠されているとはいえ、
絵全体の大きさと比べて4分の1以上はありそうな大きな絵が現れたことで、
これまでこの絵の特徴と思われていた「余白」は無くなっています。

『フェルメール全点踏破の旅』(集英社新書,2006)などの著作がある
朽木ゆり子さんは、復元された絵が美しいことは認めながらも
「あの静謐な世界はどこへ行ってしまったのか?」と戸惑った様子です。
(「現地レポート いま明かされるフェルメール画中画の謎」『芸術新潮』2021.12)
おそらくこれが、世界中のフェルメール愛好家たちの正直な気持ちでしょう。

そうは言っても、オリジナルの絵が素晴らしいことも否定できません。
茶色っぽく変色していたニスが取り除かれたことで
壁の白さ・窓枠の青・テーブルクロスの赤など、それぞれの色がはっきりしました。
手紙を読んでいる女性の黄色い服もより鮮やかになりましたし、
表情や手紙を持つ手の形など、細かい部分の表現が分かりやすくなったようです。
色彩がクリアになったことで光と影の対比もより鮮明になり、
窓から差し込む光が女性を中心に室内を照らす様子が際だって見えます。

キューピッドの絵は光の当たる場所からはややズレた位置にあるのか
少し暗い色合いで、見慣れれば落ち着いた印象になるかもしれません。
開いた窓の窓枠と格子の線が絵の額縁の線と重なって
幾何学的な面白さもあり、案外収まりのいい構図にも思えます。


フェルメールの意図は? ― 復元されたキューピッドの謎

17世紀のオランダで描かれた風俗画には、
絵の中に配置されたモチーフが持つ意味で主題を読み解く
遊びの要素が含まれているものが多いそうです。
キューピッドはもちろん「愛」のシンボルですが、
込められたメッセージは描かれ方や見えている部分によって
それぞれ違ってくるようです。

キューピッドの画中画は《窓辺で手紙を読む女》以外にも
《眠る女》(1656-57頃)
《稽古の中断》(1658-59頃)
《ヴァージナルの前に立つ女》(1670-72頃)
の3作品に登場しています。

このうち《窓辺で手紙を読む女》とそっくりなキューピッドが描かれている
《ヴァージナルの前に立つ女》ではキューピッドが一枚のカードを掲げており、
「愛する人は1人だけ」を意味しているそうです。
左手がカーテンに隠れている《窓辺で手紙を読む女》のキューピッドも
同じポーズで同じものを持っていると思われ、
さらに右足で「不実・欺瞞」を象徴する仮面を踏みつけていることから
「この愛は真実である」という意味になり、より強いメッセージを伝えています。

フェルメールは同時代のオランダの画家の中では
読み解きのヒントとなるモチーフが少ない傾向があり、
復元された《窓辺で手紙を読む女》は、
ほかの作品と比べるとかなり直接的なメッセージが込められています。
もしかするとフェルメールも納品した後で「露骨すぎたかな?」と思って、
以後はメッセージを控えめにするようになったのかも…なんて、
つい想像してしまいますね。


フェルメールでないなら、キューピッドを消したのは誰?

《窓辺で手紙を読む女》のキューピッドが塗りつぶされた正確な時期は分かっていません。
ただ、画中画の細かいひび割れ、その上に塗られたニスの変色、
上塗りされた絵の具の下に積もっている汚れの層などの条件から、
作品の完成よりもかなり後、おそらく18世紀に入ってからと考えられています。

誰が何のために消したのか?という謎も今のところ解けていないのですが、
一説にはレンブラントの絵に見せて価値を釣り上げるために
手を加えたのではないかと言われています。

《窓辺で手紙を読む女》は長いことパリのコレクターに所蔵され、
1742年にザクセン公国の選帝侯のコレクションになったことがわかっています。
この時、ほかに30点の作品が「売却」されているのですが
《窓辺で手紙を読む女》だけは、作品を管理していた修復家が
「プレゼント」としてオマケに付けてしまったんだとか。
(仕事を紹介してもらうための賄賂だったらしいのですが…)
この修復家が、より価値の高いレンブラントの作品として売り込むために
キューピッドを消したのではないか、と考えられているそうです。

《窓辺で手紙を読む女》がレンブラント作に見えるかどうかはさておき、
(わたしには「専門家にそう言われたら信じるかもしれない」としか…)
この絵がフェルメール作と認められたのは
ドレスデンにやってきてから100年と少し後の1858年でした。

一部とはいえ「フェルメールの絵を塗りつぶした」というと
とんでもない所業のように聞こえますが、
18世紀のヨーロッパでは、
所有者の好みに合わせて絵を描きかえるのは良くあることだったそうです。
好みや飾る場所にあわせてカスタマイズできるという意味では、
「芸術品」というよりも実用的な「装飾品」に近い扱いだったのかもしれません。


日本での公開は2022年1月22日より
「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」

東京都美術館で22日から開催される、
フェルメール以外にもレンブラント、メツー、ファン・ライスダールなど
17世紀オランダ絵画を代表する画家の名品約70点が一挙公開される展覧会。
修復後の《窓辺で手紙を読む女》は、所蔵館以外では世界初のお目見えとなります。

わたしは《窓辺で手紙を読む女》を図版でしか知らないのですが、
復元前に本物を見ていたら前後の変化がよく分かって
より楽しめたかも知れないと思うと、なんだか残念な気がします。

日時指定予約制

東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)

2022年1月22日(土)~4月3日(日)

月曜休室
※ただし3月21日(月・祝)は開室し、3月22日(火)休室

9時30分~17時30分
※入室は閉室の30分前まで

一般 2,100円
大学生・専門学校生 1,300円
65歳以上 1,500円
高校生以下 無料(日時指定予約が必要)

東京での会期終了後、北海道・大阪・宮城に巡回予定
北海道立近代美術館(4月22日~6月26日)
大阪市立美術館(7月16日~9月25日)
宮城県(調整中)

公式ホームページ