日曜美術館「化粧が呼び覚ます肌の記憶 メイクアップアーティスト 小林照子」(2024.2.11)

日本のメイクアップアーティストの草分けとして知られる小林照子さんは、1980年から化粧品を使ってモデルの体に絵を描く「からだ化粧」の作品を発表しています。
日曜美術館では小林さん最後の「からだ化粧」となる作品の誕生までを追いかけました。

2024年2月11日の日曜美術館
「化粧が呼び覚ます肌の記憶 メイクアップアーティスト 小林照子」

放送日時 2月11日(日) 午前9時~9時45分
再放送  2月18日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

「私が描いた絵は、もともと肌が持っていた記憶ではないだろうか」。メイクアップアーティスト・小林照子、88歳。化粧品で、モデルの全身に絵を描き、色鮮やかで、幻想的な世界を浮かび上がらせる「からだ化粧」は、彼女が生み出した唯一無二のアートだ。人生最後の「からだ化粧」に挑戦。世界的ダンサーの森山開次とのコラボレーションの現場に、半年にわたって密着した。果たして、どんな作品が生まれるのか。(日曜美術館ホームページより)

出演
小林照子 (メイクアップアーティスト)
森山開次 (ダンサー)
ヤマザキマリ (漫画家・文筆家・画家)


小林照子と「からだ化粧」

メイクアップアーティスト小林照子

小林照子さん(1935-)は東京都の練馬区で生まれ、戦時中は山形県に疎開していたそうです。
20歳の頃、舞台メイクの仕事を志して上京し、保険の外交員として働きながら美容学校に通いました。
1958年にコーセーに就職し、美容部員としてキャリアをスタート。
1960年代から広告・ファッション・エンターテイメントなど様々な舞台で俳優やモデルのメイクを手がけ、時代を代表する「顔」を彩ってきました。
1991年に独立してからは美に関する数多くの事業を手がけながら、現在まで現役のメイクアップアーティストとして活躍しています。

革新的なメイクを次々と発表している小林さんは、その人本来の個性を活かす「ナチュラルメイク」を創出した人でもあります。
ヨーロッパ系の顔立ちを理想の美とする当時のスタンダードを外れ、アジア系の個性を際立たせたメイクを提唱。
1970年代にパリコレクションに登場して「東洋の神秘」と絶賛された「日本の元祖スーパーモデル」山口小夜子さん(1949-2007)のメイクを担当したのも小林さんでした。


からだ化粧の誕生 ―《炎》1980

「からだ化粧」が誕生したのは、小林さんと写真家の藤井秀樹さん(1934-2010)が協力して「日本の色」「日本の心」をテーマにした作品制作を行なっていた時のこと。
緋袴を着けたモデルの上半身を白塗りして燃え盛る炎のメイクを描いていた時、モデルから「全身に描いてほしい」と言われたそうです。
当時はヌード写真に対する社会の抵抗が強く、小林さんと藤井さんはモデルクラブとの契約やモデルの両親(彼女は20歳になったばかりでした)のことを考えて躊躇しました。
結局モデルの強い希望が通って撮影された《炎》(1980)は「からだ化粧」の第一号となります。

1981年に新宿のギャラリーで行われた「からだ化粧」の作品展は評判となり、海外からも招かれて展示されました。
世界の8つの都市で展覧会が開催され、中国では芸術大学などで小林さんによる実演が行われています。

ヤマザキマリさんは「からだ化粧」に西洋美術の「裸体礼讃」、人間の根源的な美を追求する姿勢を感じているようです。


小林照子と森山開次 ― 化粧とダンスのコラボレーション

小林さんは、以前からダンサーの森山開次さん(1973-)に「からだ化粧」のモデルを依頼したいと考えていました。
森山さんはダンス・演劇・映画などで幅広く活動する世界的なダンサーです。

2023年の8月、ついに「からだ化粧」と森山さんのダンスのコラボレーションが実現することになり、数か月にわたるプロジェクトが始動しました。
40年以上制作され続けている「からだ化粧」でも、踊りを取り入れるのは初の試みです。

森山さんの「からだ化粧」には、体の起伏を利用して「この世の全てを見渡すような目」を入れることになりました。
候補の中から選ばれたのは、大空を飛翔する鷹の目です。
10月の打ち合わせでは、森山さんが実際にポーズを取ってイメージを膨らませて行きました。

そして本番では、筋肉の形に添って線を入れ、鷹をはじめとする様々な形を描いていきます。
小林さんの「からだ化粧」では、顔のメイクと同じようにスキンケアとベースメイクをしっかりと行います。
蒸しタオルで温めた肌を保湿し、手のひらで温めたファウンデーションを直接肌に触れながら伸ばして土台を作ります。
直接肌に触れて向き合うことで、体の方がどこに何を描くのか教えてくれるそうです。



本番前の試作では肩甲骨に色鮮やかな翼を描き、それを金箔で覆うことで森山さんの動きに合わせて金箔がひび割れ色が現れる予定でしたが、本番の2日前に変更され、背中には2羽の鷹の顔が向かい合うように描かれることになりました。
膝の外側や手の甲といった良く動く部分にも鋭い目玉が描かれ、手の甲に描かれた目玉は指を動かすと鷹が嘴を開閉しているように見えます。
(手のひらは赤く塗られて口の中のように見えました)
鷹が舞う背中は青・黄・紫のグラデーションで昼から夕暮れの空を表し、腹部には大地と植物が。

二時間以上の時間をかけて完成した「からだ化粧」で表現されるのは、荒々しい面も穏やかな面も含めた自然そのものです。
青空を背景に披露されたダンスは、森山さんの体に宿った鷹が羽ばたくようにも見え、内側に内包された世界そのものが躍動しているようにも見え、映像越しにもものすごいエネルギーが感じられました。

自身がない人に自身を与える
弱い人を元気にする
強い人をもっと強くする
化粧ってそういう力があるの

小林さんは、こう語っています。