香港の西九龍文化区、ビクトリア・ハーバーを望む
美術館 M+ をリモートで訪問します。
(新型コロナウイルスの影響で休館中)
2021年11月12日にグランドオープンを迎えたこの美術館は、
美術作品にとどまらず、デザイン・建築・映像など
視覚文化に関するものなら何でも収集・展示の対象としています。
2022年3月6日の日曜美術館
「開館!アジア最大のアートスポット 香港 M+ 美術館」
放送日時 3月6日(日) 午前9時~9時45分
再放送 3月13日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
昨秋、香港にアジア最大規模の美術館「M+(エムプラス)」が開館した。美術のみならず、建築、デザイン、映画、大衆文化など広範囲なビジュアル・カルチャー全般を扱うM+では、出会えるものも型破り18階建てのビルの壁面自体が≪LEDスクリーン≫。≪8万体のフィギュアの海≫があれば、≪多機能に形を変える不思議なアパート≫をそのまま再現した部屋も。M+とスタジオを中継で結び、現場にいる気分で空間全体を楽しむ。(日曜美術館ホームページより)
ゲスト
片岡真実 (森美術館館長)
出演
若槻真知 (NHK香港支局長)
横山いくこ (M+ 建築デザイン部門リードキュレーター)
皮力 (M+ シグ・シニア・キュレーター兼学芸課長)
今年の1月から4月(予定)まで休館中のM+を案内してくれるのは、
キューレターの横山いくこさんと、M+の取材を続けてきたNHKの若槻真知さん。
日本のスタジオでは小野さんと柴田さん、
そして日曜美術館の現代美術部門の準レギュラー(?)片岡真実さんが、
モニターを通して参加しました。
(片岡さんは、3月のアートイベントに合わせてM+を見にいく予定だったんだそうです)
M+ 公式サイト
M+ エントランス
M+の総面積はおよそ6万5000平米、
33あるギャラリーだけでも1万7000平米におよぶ広さですから、
まずは1階メインホールのインフォメーションカウンターで
マップとガイドを貰います。
デジタルサイネージの作品に仕立てられたドナーウォール(中村勇吾、2021)や
下を通る地下鉄のトンネルが見える吹き抜けの「ファウンドスペース」など、
まるで空間そのものが視覚芸術のようです。
規則正しい正方形にこだわらず、コンクリートの自由さを活かして
ダイナミックに展開する高さや奥行きのある空間は、
キューレターの皆さんも「どうやって使おうか」と楽しみにしているんだとか。
M+ メインホールギャラリー 香港の視覚文化(1960年代~現在)
1階のメインホールギャラリーでは、
M+の重要なコンセプトのひとつである香港の視覚芸術を紹介しています。
入り口を入ってすぐに出迎えてくれるのは、
キングオブカオルーン(九龍皇帝)を名乗り2007年に亡くなるまで
九龍の公共空間に「九龍の皇帝」の出自や正当性を示す文章を書き続けた
曾灶財の文字が残る大扉(2003)。
香港にはまだ「九龍皇帝」を憶えている人もいるそうです。
香港の住宅事情ともつながる展示が、
建築家・張智強が住んでいたアパートを原寸大で再現した
《ドメスティック・トランスフォーマー》。
テレビ台を動かすとその裏にキッチンスペースが現れるなど
ワンルームに24もの機能を持たせることで快適な生活空間を確保する
究極の「収納術」を形にしたような住居です。
(物を出しっぱなしにしない、片付け上手な方にはお勧めかも?)
M+ イーストギャラリー アジアを中心としたデザイン・建築
メインの展示室がある2階には、東西南北の4つをはじめ
31のギャラリーがあります。
日曜美術館では、横山さんが担当した建築・デザインの部門から
特徴的な日本の展示品を紹介しました。
日本国内にとどまらずアジア全体の生活を変化させた
「ライフスタイル・チェンジャー」として紹介されたのは、
小回りが利くことで渋滞や舗装されていない道路でも扱いやすい
ダイハツの三輪自動車ミゼット(1962)と、
全自動でお米が炊ける東芝の自動炊飯器(1955)。
どちらも日本では見かけなくなりましたが、
輸出された先で今も活躍しています。
東芝の技術提供で台湾の大同公司が開発した「大同電鍋」(1993)は
最近「台湾の万能調理器」として日本でも人気ですね。
新橋にあった寿司店「きよ友」(1988-2004、倉俣司朗デザイン)を
丸ごと再現した(2014購入、2021移築)展示は、
建物のほかに家具や食器まで実際に使われていたもの。
これでお寿司の提供までできれば完璧だったのですが
(「お寿司は出さないのか」という声も多いんだとか…)
衛生管理の問題などがあって難しいそうです。
日本で収集されたデザインのコレクションはほかにも
バンダイの携帯ゲーム「たまごっち」(1996)
富士写真フィルムのインスタントカメラ「写ルンです」(1986)
(現在「写ルンです」の自動販売機を捜索中だそうです)
栗田穣崇と青木淳が開発した携帯電話の絵文字など、
言われてみればこれもデザインか! と驚くようなものが並びます。
ちなみに今では「emoji」として外国でも使われている絵文字は、
iPhone8のアップデートでデフォルトで入るようになって
はじめて世界的な認知を得たそうです。
M+ シグ ギャラリー ウリ・シグが収集した中国現代アート(1974~)
2階にある「シグ ギャラリー」は、
スイス人のウリ・シグ(元駐中国スイス大使)が寄贈した
中国の現代美術を展示するスペース。
およそ1510点の美術品はM+コレクションの基礎を作った重要なものです。
キュレーターの皮力さんは、制作当時の世情を反映した作品を紹介してくれました。
独学のアーティスト(当時のアーティストは多くが独学だったそうですが…)
張偉の《Fusuijing Building》(1975)と《Red Stop Sign》(1974)は
全体的に灰色がかった小さな風景画で、何だか物寂しい雰囲気です。
アーティストがこのような景観を描くのはタブーとされ、
見つからないように小さく描いていたのだそうです。
小さな画面の中に自分自身の不安・悲しみ・センチメンタルといった
感情を表現した張偉の作品は、近現代芸術のはじまりと言えます。
同時代に盛んに描かれた「正しい」アートは
文化大革命を称賛するプロパガンダ作品で、
理想の革命(革命家)の像をリアルなタッチで描くものでした。
ウリ・シグのコレクションには
孫國岐・張洪贊《Divert Water from the Milky Way Down》(1974)など
公式の芸術も含まれていて、中国現代美術と中国の歴史を物語っています。
皮力さんが「M+のモナリザの候補になれる作品」と呼ぶのは
張曉剛の《Bloodline-Big Family No.17》(1998)。
20世紀において、多くの悲惨な記憶を持っている中国の人たちが
カメラを前にすると悲しみや憤りの感情を隠してしまうことに注目した作家は、
無表情に正面を向く人物や家族の肖像を描きました。
人々をつなぐ赤い線は、「血縁」を象徴しているそうです。
艾未未の《Whitewash》(1995-2000)は
白ペンキに漬けた土器の壺を並べたインスタレーションで、
中には時間が経つにつれてペンキがはがれて下の模様が現れたものもありますが、
作者の希望でそのままにしてあるそうです。
機械工業と手工業の対立、思想統制に対する反発など、
さまざまな解釈ができる作品です。
反権力的な作品で知られる艾未未の作品は、M+のオープン前に
「香港国家安全維持法」(2020年6月施行)違反ではないかと指摘されたそうです。
残念ながら今回、指摘の対象となった作品は紹介されていませんが、
シグ・コレクションと表現の自由を巡る議論はこれからも続いて行くことでしょう。
(M+や香港に限らず、世界中の美術館・博物館にとって重要な問題です)
美しい物を見せて心を動かすことも美術館の大切な役割ですが、
M+はそれだけではなく何かを考えたり過去を振りかえったり、
そんなコミュニケーションの場となることを望んでいると、皮力さんは語っています。
M+ ウェストギャラリーと「Touch for Luck」 アーティストだけが特別じゃない
2階のウェストギャラリーで紹介されたのは、
イギリスのアントニー・ゴームリーの作品。
8万体の土人形が立ち並ぶインスタレーション
《アジアンフィールド》(2003)です。
中国で300人の協力者に
「手のひらサイズ」「自立する」「目が2つある」という条件で
作ってもらった人形は、人間と同様ひとつひとつ顔が違います。
作った人のポートレイトと作品の写真を並べて展示するコーナーや
作品を見た人が感想を書いて貼るコーナー(文字や絵などさまざまでした)も
設けられていて、アートとはアーティストだけではなく
それに関わるすべての人が作り上げていくものなのかもしれないと考えさせられます。
M+のためにスタジオMonikerが開発した
オンラインゲーム「Touch for Luck」(2003)も
参加するアートと言って良いかもしれません。
ゲームの画面に触れることでアバターの魚を動かすこのゲームは
世界中から参加することができ、
その様子はM+の屋根にある巨大なモニターに映し出されます。
プレイ時間は3時間ほどで、哲学的なエンディングなんだとか…?