2020年2月16日の日曜美術館は
「光の探求者ヤン・ファン・エイク よみがえる“ヘントの祭壇画”」でした。
制作からおよそ600年の間に加筆と修復を繰り返された結果、
画面の7割に加筆の跡があるヘントの祭壇画。
2018年に始まった修復計画で元の姿を取り戻した結果、
祭壇画の中心にいる子羊の顔が劇的に変化しました。
意図や技法について探ることで、作者であるヤン・ファン・エイクが
いかにずば抜けた存在だったかが見えてきます。
(2020年11月15日に再放送されました)
放送日時 2月16日(日) 午前9時~9時45分
再放送 2月23日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
2020年2月16日の日曜美術館
「光の探求者ヤン・ファン・エイク よみがえる“ヘントの祭壇画”」
光や空気の細密表現で西洋中に影響を与えた「ヘントの祭壇画」。制作当初に戻す修復の中、「神秘の子羊」が専門家も驚く顔に!直視するまなざしと聖書の教えの関係とは?
日曜美術館ホームページより
ゲスト
小池寿子(美術史家 國學院大學教授)
ヤマザキマリ(漫画家 東京造形大学客員教授)
森直義(絵画修復家)
出演
ハレン・デュボワ(ベルギー王立文化財研究所所長)
マクシミリアン・マルテンス(ヘント大学教授)
ヤン・ビュスティン(画家)
「神秘の子羊」の元の顔
15世紀、ベルギーのヘントにある聖バーフ大聖堂に寄進された「ヘントの祭壇画」。
これを描いたのがヤン・ファン・エイク(1390頃-1441)です。
制作を始めたのは兄のフーベルト・ファン・エイクでしたが、
途中でフーベルトが死去したためにヤンが引き継ぎ、大部分を完成させたそうです。
1432年に完成したヘントの祭壇画は、
およそ600年の間に幾度も修復や加筆がほどこされています。
(16世紀半ばにはすでに大規模な修復がありました)
その結果、加筆で塗り重ねられた絵の具やニスの層は、
一番最初に描かれた絵の具の層と同じくらいの厚みになり
加筆部分は画面全体の7割にも及んだそうです。
2018年にヘント美術館によって始まった長期の修復計画では
これまでの加筆を剥ぎとって
ヤン・ファン・エイクが描いた本来の姿を取り戻す作業が行われましたが、
その結果メインのパネルの中心にいる子羊の顔が劇的に変化することになりました。
加筆された状態の羊は目と目のあいだが広く耳は目のやや上にある動物らしい顔ですが、
修復後の羊は目が顔の中央に寄り耳の位置も下に下がって
なんだか人間のような顔になっています。
こちらをじっと直視してくる人間ぽい顔の子羊は、
美術ファンはもちろん専門家の目にも衝撃的だったようです。
後の世の人が羊の顔を描きなおしたくなった気持ちも分かるような…
ただし、本来の絵が明らかになったことでヤン・ファン・エイクの技法や
もともとの絵に込められた狙いが明らかになるのは大きな収穫でしょう。
祭壇画とは、その名の通り教会の祭壇の背後に飾られるものです。
これは装飾であるのと同時に、
聖書の知識がない人にも分かり易くキリスト教の教えを伝える役目がありました。
たとえば問題の子羊は人々のために犠牲になったイエス・キリストの象徴です。
本物の羊ではなく「神の子」であり「人の子」でもあるという存在を表現すると
こんな不思議な絵になるのかもしれません(ちょっと苦しいでしょうか?)。
元は細密画家だったというヤン・ファン・エイクは現実を観察する能力に優れており、
目に見える通りのものを正確に絵画として表現したことで知られています。
ヘントの祭壇画でも、金属や宝石に反射する光や水を通って屈折する光など
目に見えてもほとんど意識に上らないような細かい部分の描写を徹底することで
絵の中の風景に現実味をもたせています。
祭壇画の当初の姿が明らかになることで、
現代の絵画にも通じる油彩画の改革者と言われるヤン・ファン・エイクの研究は
ますます進められることでしょう。
ベルギー・フランダースの「フランドル絵画年」
ベルギーのフランダースでは、2018年から2020年を「フランドル絵画年」として
フランダース地方と絵画の巨匠をテーマに様々なイベントを開催してきました。
2018年は「バロック都市アントワープとルーベンス」。
2019年は「ブリューゲル没後450年」。
そして2020年は「ファン・エイクとブルゴーニュ公国文化」。
フランドル絵画年の締めくくりになります。
これに合わせて修復中の「ヘントの祭壇画」は
いったん聖バーフ大聖堂に帰って一般公開され、
修復作業は2021年に再開されるそうです。