日曜美術館「まなざしのヒント キュビスム」(2023.12.3)

キュビスムといえば、美術の中でも重要な扱いでありながら(だからこそ?)何となく敷居が高い・良く分からないといった印象が強いのではないでしょうか。
「まなざしのヒント」第5回は、そんなキュビスムの特徴から後世への影響まで分かりやすく解説してくれます。

2023年12月24日の日曜美術館
「まなざしのヒント キュビスム」

放送日時 12月24日(日) 午前9時~9時45分
再放送  2024年1月7日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

美術の楽しみ方を展覧会場で実践的に学ぶ「まなざしのヒント」。5回目のテーマは「キュビスム」。20世紀初めにピカソとブラックによって生み出された「キュビスム」は、西洋絵画の伝統的な表現から、現代アートへとつながる視覚表現の大革命。その一方で観念的で理解が難しいという側面も。パリ・ポンピドゥーセンターの名品を教材に、美術史が専門の三浦篤さんと漫画家の荒木飛呂彦さんが、鑑賞のポイントと魅力をひも解く。(日曜美術館ホームページより)

講師
三浦篤 (東京大学名誉教授、大原美術館館長)
荒木飛呂彦 (漫画家)

生徒
濱田龍臣 (俳優)
若月佑美 (俳優)


キュビスムとは?(1時間目)

キュビスムの語源は、ピカソとともにキュビスムの創始者とされるジョルジュ・ブラックの風景画《レスタックの高架橋》(1908)が、美術商カーンワイラーの画廊で展示された際、見た目の印象で「キューブ(立方体)」と称されたことです。
これが、美術史の一大変革点となるキュビスムの始まりでした。

荒木先生は漫画家の視点で「この絵は売れるんだろうか?」と考えて、キュビスムの「インテリアを支配してくる」ような存在感に「売れる」という評価を下しています。
この、家に飾れば圧倒的な威力を発揮する実在感は、キュビスムの本質とも深くかかわっているそうです。

パブロ・ピカソ《肘掛け椅子に座る女性》1910

キュビスムを代表するビッグネーム、パブロ・ピカソが100年以上前に描いたもの。
キュビスムを初めて間もない時期の作品です。
暗いトーンで描かれているのは肘掛け椅子と女性ですが…

キュビスムの「多視点」と現実感

この作品は複数の視点から見た形を組み合わせて描いたパズルのような構成です。
そのため、主役である女性も見方によって正面向きに見えたり横向きに見えたりしますし、どんな表情をしているのかもよくわかりません。

ピカソが《肘掛け椅子に座る女性》を描く時に意識したのは、おそらく西洋美術史の中でもっとも有名な女性の座像《モナ・リザ》です。
三浦先生によると、この2つの作品には「リアリティの追求」という共通点があります。

《モナ・リザ》に代表される伝統的な絵画は、固定された視点からとらえた写真のような写実性を追究することでリアリティを獲得してきました。
それに対してキュビスムは、複数の視点で対象を捉え、分解するように断片化し、それを再構成して一枚の画面に納めています。
三浦先生いわくキュビスムは、伝統的な美術に対する「根本的な革命」なんだとか。

小野さんによると、文学の世界でも19世紀から20世紀にかけて「神の視点」からではなく「登場人物それぞれの視点」で綴った小説が生まれ、読者を驚かせたといいます。
この時代、ひとつの場所・ひとりの人にこだわらない視点が求められたのかもしれません。

キュビスム作品の「リアリティーを探す」(課題)

ジョルジュ・ブラックの《円卓》(1911)と《ギターを持つ男性》(1914)から、キュビスムならではのリアリティーを探します。

《円卓》は《肘掛け椅子に座る女性》と同時期の作品で、やはり様々な角度から見たテーブルの像が画面の中で組み合わされていることがわかります。
(理屈が分かっても、テーブルの天板の上に脚が乗っているように見えるのは妙な感じです…)

《円卓》の3年後に描かれた《ギターを持つ男》は、さまざまな形が組み合わされている事に加えて、異なる素材を組み合わせたコラージュになっているのが特徴。
色彩も復活してきているようです。
異素材を取り入れることで、素材館や質感によるリアリティを追求したんだとか。

ピカソとブラックがキュビスムの実験に打ち込んだおよそ7年の間に、キュビスムの表現も変化していたことがわかります。
美術史では《肘掛け椅子に座る女性》や《円卓》の時代を「分析的キュビスム」の時代、《ギターを持つ男性》の時代を「総合的キュビスム」と呼びます。


キュビスムの予兆(2時間目)

創始者とされるピカソとブラックも無から突然「キュビスム」を引っ張り出したわけではなく、先行するアーティストから刺激を受け、試行錯誤した末に実験を始めています。
2時間目は、キュビスム以前の作品からキュビスムにつながる表現を探しました。

パブロ・ピカソ《女性の胸像》1907

ピカソがキュビスムをはじめる以前に描いた作品ですが、肩や胸のパーツが実際の人体と違う配置になっていたり、三角形で描かれた鼻の陰になった部分は、茶色に青と赤のストライプが入ったように描かれていたり、所々キュビスムにつながる要素が。
《モナ・リザ》と《肘掛け椅子に座る女性》の中間地点の女性像です。

荒木先生は、茶と黒で塗りつぶされた大きな目の表現を、色々な感情を読み取れる「感情のキュビスム」と解釈しています。

キュビスムにつながる表現とは?(課題)

キュビスムにつながる表現を探す課題で登場する作品は3つ。
そのうちひとつはアフリカの工芸品です。
《ダンの競走用の仮面(コートジボワール)》は、彫りの深い立体的な造形といい尖った鼻先といいキュビスムそっくりと言いたくなりますが、絵の方がアフリカの美術を取り入れたのです。
ピカソもアフリカのアートには大いに傾倒し、代表作のひとつ《アヴィニョンの娘たち》(1907)にはアフリカの仮面の面影が強く残っています。

19世紀は西洋諸国が海外で植民地を広げた時代です。
珍しい外国の品物が流行し、ヨーロッパでは異国の素朴で野生的な美(この裏に「西欧=洗練された美」という意識があったことは言うまでもなく…)に対する憧れが生まれました。
「野生の美」に憧れた画家のひとり、ポール・ゴーガンの《海辺に立つブルターニュの少女たち》(1889)は、ブルターニュ地方の民族衣装を着た2人の少女が比較的写実風に描かれていますが、背景は平面的で色使いも現実にはありえないような強い色を使っています。

キュビスム誕生に深く関わっていると言われるのがポール・セザンヌです。
質感の描き分けや遠近法といったテクニックを捨てて(単に不得手だったのかもしれません)対象を幾何学的な形にする描き方は、キュビスムをはじめとする近代の美術に影響を与えました。
《ラム酒の瓶のある静物》(1890頃)にも、単純化された形態やあるようで無い奥行きなど、キュビスムにつながる要素が見つかります。
ブラックの《レスタックの高架橋》 など、最初期のキュビスム作品には特にセザンヌの影響が現れているようです。


キュビスムから現代アートへ(3時間目)

1914年に第1次世界大戦が始まると、ブラックが徴兵され、パトロンだったカーンワイラーはドイツ人だったために財産を没収されます。
ピカソも古典的な絵画に回帰してキュビスムの時代は終わりましたが、その手法・様式は後のアーティストたちに受け継がれています。

ロベール・ドローネー《パリ市》1910−12

ギリシア・ローマ神話に由来する伝統的なモチーフ「三美神」を中心にパリの街を象徴する建造物などが配置されています。
周囲を取り巻く船や建物はわかりやすく具象的で、分割もそれほど極端ではありません。
そして明るい色をふんだんに使った画面構成は、これまで見てきたピカソやブラックのキュビスムとはだいぶ違った印象を与えます。

キュビスムを取り入れながら全く新しい自分の作品に昇華させるアーティストたちの試みは、現代のアートまでつながっていきます。

荒木飛呂彦のキュビスム

荒木先生は日曜美術館のオファーがきた時に、たまたまキュビスムを思わせる一場面を描いていたそうです。
特に意識して描いていたわけではなく、描くうちに「これキュビスムだな」と思ったとか。
現代の荒木先生が無意識で採用してしまうほど、キュビスムの影響は絶大なようです。
問題のコマは番組内で紹介されて、人体と背景の雲・鳥・建物などを融合させた表現は、言われてみれば確かにキュビスムの子孫に見えました。

私の “キュビスム” を見つける(課題)

濱田さん・若月さん・荒木先生が、お気に入りの作品を選びます。

ジャック・ヴィヨン《行進する兵士たち》1913

濱田さんはアメリカ陸軍の新兵を演じている関係で目についたというこちらの作品を選びました。
全体的に白っぽい世界はどこか寒々しく、そこに走る黒い線が取り返しのつかない溝や亀裂のようです。
《行進する兵士たち》の制作時期は第1次世界大戦の直前で、それを意識して見ると余計に強いメッセージ性を感じます。

レオポルド・シュルヴァージュ《エッティンゲン男爵夫人》1917

若月さんはこの作品を「お菓子の包み紙みたいだな」と思ったそうです。
確かにカラフルな箱の展開図のようで、そのために中央の男爵夫人が一段高い所にいるように見えます。
周囲のモチーフも細かいところまで描き込まれて豪華な雰囲気を演出すると同時に、建物の影に潜む怪しい人影など不穏な雰囲気も。

コンスタンティン・ブランクーシ《接吻》1908

荒木先生が選んだのは、ピカソたちと同じく非西欧圏の彫刻から大いに影響を受けた彫刻家コンスタンティン・ブランクーシの作品です。
男女が抱き合って接吻する姿をシンプルに表現したこの作品を見ると「愛情しか伝わってこない」「すごく幸せな気分」になれるといいます。
三浦先生も普遍的なテーマである愛が「ここまで究極に出てる作品も珍しい」と感心する、ストレートな作品です。


「キュビスム展 美の革命」

公式ホームページ

国立西洋美術館(東京)

公式ホームページ

東京都台東区上野公園7-7

2023年10月3日(火)~2024年1月28日(日)

9時30分~17時30分 (毎週金・土曜日は9時30分~8時)
※入場は閉館の30分前まで

月曜休館 ※祝日は開館し、翌平日休館
12月28日(木)~12月31日(日)休館

一般 2,200円
大学生 1,400円
高校生 1,000円
中学生以下 無料

京都市京セラ美術館(京都)

公式ホームページ

京都市左京区岡崎円勝寺町124

2024年3月20日(水)~7月7日(日)

10時~18時 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館 ※祝日の場合は開館