日曜美術館「青の彼方へ イヴ・クライン 現代アートの先駆者」(2022.12.18)

わずか数年のアーティスト活動ののち、
心臓発作により34歳で命を落としたイヴ・クライン。
現代アートの先駆けとなった美術家のひとりとして歴史に刻まれた彼の展覧会が
石川県の金沢21世紀美術館で開催されています。
(2023年3月5日まで)

2022年12月18日の日曜美術館
「青の彼方へ イヴ・クライン 現代アートの先駆者」

放送日時 12月18日(日) 午前9時~9時45分
再放送  12月25日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

「青は何もない。全てが青だ。」深みのある独特の青で知られるフランスのアーティスト、イヴ・クライン。わずか6年ほどの活動の中で、現代アートの扉を開いたと称される、数々の不思議な作品を残した。時に、人体に青の絵の具を塗って大きな紙に押し付けたり。何を描くでもなく、ただ青の顔料を雑然と敷き詰めたり。キャンバスに炎を当てて消防士に消させたり。金沢21世紀美術館の展覧会場で、謎に満ちたクラインの世界に迫る。(日曜美術館ホームページより)

出演
水上恒司 (俳優)
長谷川祐子 (金沢21世紀美術館館長)
布施琳太郎 (アーティスト)


イヴ・クラインと青 ー インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)

南フランスのニースに生まれたイヴ・クライン(1928-1962)は、
1つの作品ごとに1つの色で画面残体を作り上げる
モノクロニズム(単色主義)の芸術家として知られています。
そんなクラインが特に大切にしていたのが「青」。
クラインにとっての青は、空間・非物質・精神に通じるもっとも抽象的な色でした。

クラインは理想の青を追い求めた結果、
深い青の顔料「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)」を独自に開発し、
1957年には特許を取得しています。
番組の中にはインターナショナル・クライン・ブルーのみで構成された絵画のほか、
顔料そのものを床に敷き詰めた作品《ピュア・ブルー・ピグメント》も登場しました。

クラインが青にこだわるようになったきっかけは、
19歳の時に2人の友人と世界を3分割しようと話し合ったことでした。
友人のクロード・パスカル(詩人。1921-2007)は空気(言葉とも)を、
アルマン(彫刻家。1928-2005)は大地(地球)をとり、
クラインは空(地球を取り巻く広大な空間・宇宙)を選んで
空にサインしたのが最初の作品だといわれています。

小野さんは、金沢21世紀美術館館長で展覧会のキューレターでもある
長谷川祐子さんからこの話を聞いて
「幼稚園児が言いそうなことじゃないですか」と素直な感想を述べました。
悪口のようですが、そんなことはありません。
幼稚園児のような発想を追求し続けたことで、
クラインはミニマルアート、ポップアートの先駆者たる地位を確立するのです。


イヴ・クラインに会いに金沢21世紀美術館へ

小野さんと柴田さんは、金沢21世紀美術館で開催中の
「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」へ。
恒久展示の《スイミング・プール》(レアンドロ・エルリッヒ。2004)を楽しんだ後、
いよいよ展覧会に向かいます。

《人体レリーフ》(1962)

手を青く染めた本人の写真(手の部分以外は白黒)に送られて会場内へ入ると、
金色の背景に張り付けられた真っ青な人体が3つ並んでいます。
これらはクラインが友人の体から石膏型をとって制作した作品で、
うち2体の型になったのは
かつて世界を分割することを話し合ったパスカルとアルマンです。

クラインは、作者の技巧や手が入ってこそのアートという常識に対抗して、
極力自分の手を入れない作品を制作しました。
クラインが活動を始めた1950年代の終わりごろは、
第二次世界大戦で一度白紙化されたヨーロッパに
新しい文化や価値観が流れ込んできた時代にあたります。
そんな中でクラインは、
これまでに作られた芸術のさらに先を行く芸術を生み出すために
アートの在り方そのものを革新しようとしたのかもしれません。

《人体測定》(1960)

インターナショナル・クライン・ブルーの顔料を体につけたモデルたちが
自らの体をスタンプのように使って紙やキャンバスに模様を付けた、
長谷川さんいわく「人拓」の作品です。
モデルの形をなぞるように体に沿って顔料を吹き付けた作品もあり、
どちらも制作当時の生きた人の体とその動きが伝わってきます。

この作品のもとになったのは、
柔道修行のために1952年から1年ほど日本に滞在した経験です。
(クラインは柔道家を目指したこともあり、先の友人とも柔道教室で知り合いました)

原子爆弾投下から10年後の広島を伝えるドキュメンタリー映画
『生きていてよかった』(監督:亀井文夫、1956)から
一瞬で命を絶たれた人の姿が石に焼き付けられた「死の人影」の存在を知ったことで、
クラインはその時生きていた人の痕跡を形にとどめることを思いついたんだとか。
(力士の手形や魚拓なども参考になったようです)

クラインは他にも《火の絵画》(1961)というシリーズを制作しています。
ガスバーナーでキャンバスを焼き、画面が焦げるそばから
隣にいるもう一人がホースで水をかけるという方法で、
制作者にも予測不可能な火と水の痕跡を作品として残しました。
クラインは絵画作品に火を使った最初のアーティストなんだそうです。

空虚を目指す ー 「空虚展」と《空虚への飛翔》

非物質を突き詰める中で、
クラインは繰り返し「空虚」を表現する試みをおこなっています。

1958年、パリのイリス・クレール画廊でおこなわれた「空虚展」は
インターナショナル・クライン・ブルーの幕をくぐって会場に入ると
その内側が何もない白一色になっているというもので、
訪れた人たちの抗議で警察が出動する騒ぎになったそうです。

またパリの郊外で撮影された写真《空虚への飛翔》(1960)には
空にむかって飛翔するクラインの姿が写っています。
実際に飛び上がった後は落ちるだけなので
下で協力者(柔道学校の仲間)がネットを構えていたのですが、
そこは合成で消されています。

クラインは本物そっくりの新聞「ディマンシュ(日曜日)」を自作し、
一面にこの写真を掲載して、パリ中の新聞店に置きました。
「ディマンシュ」では他にもクラインが考える空虚の劇場などが報道され、
新聞を買った人たちはフィクションとして面白がっていたそうです。

日常の中に突然「空虚」を持ち込んでくるクラインのやり方を
柴田さんは「知らない間にクライン劇場の観客にさせられちゃう」と表現しました。
クラインの作った新しい世界に引っ張り込まれることを
観客も楽しんでいたのでしょうか。


イブ・クラインと水上恒司

「変人ですよね」

実は小さいころから絵を描くことが大好きで、
最近はiPadでデザインもするという俳優の水上恒司さん。
(2022年9月に芸名の岡田健史から本名に改名)
金沢21世紀美術館を訪れてイブ・クラインの世界に触れ、
その普通ではない発想にリスペクトを込めて「変人ですよね」と言います。
インターナショナル・クライン・ブルーの
自然ではなかなか見られない鮮やかな青にも強い印象を受けたようです。

《人体測定》の制作現場を映像と音で再現する展示室では、
クラインが作曲した交響曲《単音─沈黙》をオーケストラが演奏し、
モデルたちが顔料をつけて紙に跡を残す現場を
観客たちが鑑賞する映像が流れています。
水上さんは、おそらく参加者のほとんどが作品の意味を理解していない中、
「一丸となっていない」人々を纏めて
この舞台を作り上げたクラインの手腕に思いをはせ、
「この会場にいたかったですね」と語りました。

布施琳太郎ほか、現代作家によるオマージュ作品

水上さんはさらに、
イブ・クラインから発想を得た現代芸術家の作品を鑑賞しました。

布施琳太郎さんの《あなたの窓がぼくらの船になる》は
2020年に発表した一人ずつしかアクセスできないウェブサイト上の展覧会
「隔離式濃厚接触室」から派生した作品。
アクセス時の位置情報から得た画像をつなぎ合わせた画像が
モニター上に青一色で映し出されます。

水上さんの感想は「親近感」、イブ・クラインよりも「分かる」というもの。
作者の布施さんによると、
物質的な物から非物質の極みである空虚を表現したクラインに対して、
布施さんの作品は非物質の電子データから物質の手触りや存在感を生み出すものです。
デジタルなデータが氾濫する世界で自分の存在を感じ取ろうとする試みは、
より現代人に共感されるのかもしれません。

この展覧会には他にもイギリスのハルーン・ミルザ、韓国のキム・スージャ、
アルゼンチンのトマス・サラセーノなど、
現代美術をけん引するアーティストが参加しています。


「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」(金沢21世紀美術館)

石川県金沢市広坂1-2-1

2022年10月1日(土)~2023年3月5日(日)

10時~18時 (金・土曜日は20時まで)
※入場は閉館の30分前まで

月曜休館
12月29日~1月4日、1月10日休館

一般 1,400円(1,100円)
大学生 1,000円(800円)
小中高生 500円(400円)
65歳以上 1,100円
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