森村泰昌『超・美術鑑賞術』 真似ることで学ぶもの(アート・美術館のおすすめ本)

「モリー=ベルジェールの写真館」

森村泰昌(1951~)という美術家をご存知でしょうか?
ゴッホになりきった自分を写真に撮った「セルフポートレート」で芸術界に登場し、
以降名画の登場人物(たまに物)、映画女優、歴史上の人物などに扮した作品を発表している方です。

2019年には東京都美術館で開催された「コート―ルド美術館展」の関連イベントとして
「美術家 森村泰昌のモリー=ベルジェールの写真館」と題し、
参加者をマネの「フォリー=ベルジェールのバー」の女主人公にしてしまう ワークショップを開催
(森村さんご本人も、鏡の中で主人公と向きあっている男性として登場しています)。
募集2組に対して応募者80人という倍率だったそうです。

「フォリー=ベルジェールのバー」の贈り物と セルフポートレート「美術史の娘(劇場A)」の贈り物

実は森村さん「フォリー=ベルジェールのバー」を作品にするのは30年ぶりでした。
森村さんが女主人公になりきった「美術史の娘(劇場A)」は1989年に発表された作品で
『超・美術鑑賞術』の中にはその製作過程のお話が少しだけ載っています。

セルフポートレートを撮影するために、
女主人公と「それなりにそっくり」な恰好をした森村さんが舞台装置に入ってポーズをとったところ、
そのままでは原作と同じ構図にならないことに気がつきました。
両手のひらをしっかりカウンターにつけている元の絵とくらべて、
森村さんの手は指先がどうにか届くだけ。
実は「フォリー=ベルジェールのバー」の女性の腕は現実の人間よりずっと長くて太かったのです。
この腕が作る大きな二等辺三角形を中心に置くことで、この絵の持つ力強い印象が生まれた。
それに気づいた森村さんは、使えなくなってしまった自前の腕の代わりに
長くて太い腕を持っていた男の子の腕の型を石膏でとり「つけ腕」を作ったそうです。
なお、森村さん自身の腕は胸元でクロスさせることで(いわゆる手ブラのポーズ)、
胸のふくらみのかわりになりました。
マネを「真似」することで得た学(まね)びのエピソードです。

マネ自身、ベラスケスやゴヤといった先輩たちの絵を下敷きにして数々の作品を生み出しました。
そのマネの作品をもとにして森村さん、その森村さんの作品から…と、
先人から影響を受け、それを真似ることで表現の方法や技術が受け継がれていく流れを、
森村さんは「贈り物」と表現しています。
その贈り物は、後代のアーティストたちはもちろん
森村作品を鑑賞するわたしたちにも差し出されているのかも知れません。


なお「美術史の娘(劇場A)」には、
舞台セット、金髪のカツラとメイク、つけ腕はそのままにして、服だけ取り去った(劇場B)もあります。
ひとつの作品を再現することから始まって、だんだんかけ離れた物へと展開させていく…
それはどこまでが「真似」でどこからが「オリジナル」なのかと問いかけてくる作品に、
私たちはどう答えれば良いのでしょう?
大阪中之島美術館(2021年度オープン予定)に、AとBの両方が所蔵されています。
並べて展示される日が楽しみですね。

書籍情報

森村泰昌『超・美術鑑賞術/お金をめぐる芸術の話』ちくま学芸文庫,2008
『NHK人間講座 超・美術鑑賞術~見ることの突飛ズム』NHK出版,2002 からの再録。
「フォリー=ベルジェールのバー」のエピソードは「マネと贈収賄」の章にあります。