森村泰昌《美術史の娘(劇場A)》― マネをマネしたセルフポートレート

美術家・森村泰昌さんが《フォリー=ベルジェールのバー》に登場するミュージックホールの女性バーテンダーに扮する《美術史の娘(劇場A)》は、元になったエドゥアール・マネの大作にも負けないくらい見どころが沢山。
マネの作品、そして「劇場A」をさらに真似た「劇場B」と合わせて鑑賞することで、森村さんのメッセージが見えてくるかもしれません。

森村泰昌のセルフポートレート

森村泰昌(1951~)さんはゴッホになりきった自分を写真に撮った「セルフポートレート」で芸術界に登場し、以降名画の登場人物(たまに物)、映画女優、歴史上の人物などに扮した作品を発表しています。

森村泰昌・マネをマネする

2019年、森村さんは「コートールド美術館展」(東京都美術館)の関連イベントとして「美術家 森村泰昌のモリー=ベルジェールの写真館」と題し、参加者を《フォリー=ベルジェールのバー》の女主人公にしてしまう ワークショップを開催。
募集2組に対して80人もの応募があったそうです。

コートールド美術館が所蔵する《フォリー=ベルジェールのバー》(1882)は、19世紀のフランスで絵画革新の先頭に立った「近代絵画の父」エドゥアール・マネ(1832-1883)が死の前年に発表した大作です。

場所はミュージックホール「フォリー=ベルジェール」のバーカウンター。
画面の中央に立つ女性バーテンダーの背後には大きな鏡があり、曲芸を楽しむ観客の様子が映っています。
向かって右側には女主人公の後ろ姿とそれを口説いているらしい男性(「モリー=ベルジェール」では森村さんが担当)が映っています。

森村泰昌「美術史の娘(劇場A)」

実は森村さん「フォリー=ベルジェールのバー」を作品にするのはおよそ30年ぶりでした。
森村さんが女性バーテンダーになりきった「美術史の娘(劇場A)」は1989年に発表された作品です。
ここで使われた小道具や背景は作品として森村さんが保管し「モリー=ベルジェール」で使われたんだとか。
森村さんの著書『超・美術鑑賞術』(ちくま学芸文庫、2008)の中にはその制作過程のお話が少しだけ載っています。

森村泰昌『超・美術鑑賞術/お金をめぐる芸術の話』ちくま学芸文庫,2008
『NHK人間講座 超・美術鑑賞術~見ることの突飛ズム』NHK出版,2002 からの再録。
「フォリー=ベルジェールのバー」のエピソードは「マネと贈収賄」の章にあります。

《美術史の娘(劇場A)》(1989)

セルフポートレートを撮影するため女主人公と「それなりにそっくり」な恰好をした森村さんが舞台装置に入ってポーズをとったところ、そのままでは原作と同じ構図にならないことに気がつきました。
両手のひらをしっかりカウンターにつけている元の絵とくらべて、森村さんの手は指先がどうにか届くだけ。
実は「フォリー=ベルジェールのバー」の女性の腕は現実の人間よりずっと長くて太かったのです。
この腕が作る大きな二等辺三角形を中心に置くことで、この絵の持つ力強い印象が生まれた。
それに気づいた森村さんは、石膏で長くて太い腕を持っていた男の子の腕の型をとった「つけ腕」を作ったそうです。
なお、森村さん自身の腕は胸元でクロスさせることで胸のふくらみのかわりになりました。
マネを「真似」することで得た学(まね)びのエピソードです。

マネ自身、ベラスケスやゴヤといった先輩たちの絵を下敷きにして数々の作品を生み出しました。
そのマネの作品をもとにして森村さん、その森村さんの作品から…と、先人から影響を受け、それを真似ることで表現の方法や技術が受け継がれていく流れを、森村さんは「贈り物」と表現しています。

《美術史の娘(劇場B)》

タイトルでわかるように《美術史の娘(劇場A)》は森村さんの展覧会のために制作された「美術史の娘」シリーズのひとつ。
そして「劇場A」に続く「劇場B」も作られています。

《美術史の娘(劇場B)》は「それなりに」マネの作品に忠実なAに対して、さらに大胆な変更を加えたもの。
舞台セット、金髪のカツラとメイク、つけ腕はそのまま、森村さんが演じる主人公の衣服だけが取り去られています。
後ろの鏡に映る後ろ姿は着衣のままで、余計に主役の異物感が引き立ちます。
(股間の部分は花瓶の位置をずらして隠してあります)

ひとつの作品を再現することから始まって、だんだんかけ離れた物へと展開させていく…
それはどこまでが「真似」でどこからが「オリジナル」なのかと問いかけてくる作品に、私たちはどう答えれば良いのでしょう?
大阪中之島美術館は《美術史の娘(劇場)》のAとBの両方が所蔵されいて、web上のデータベースでも見ることができます。

《美術史の娘(劇場A)》

《美術史の娘(劇場B)》

よくよく見比べて、森村さんのメッセージを考えてみるのはいかがでしょうか。