日曜美術館「蔵出し!西洋絵画傑作15選(1)」古代からルネサンスの5作品(2020.07.05)

7月は西洋絵画の傑作選。
6月の7日から3週間にわたって放送された「蔵出し!日本絵画傑作15選」につづいて
過去の放送から選りすぐりの作品を紹介します。

2020年7月5日の日曜美術館
「蔵出し!西洋絵画傑作15選(1)」

放送日時 7月 5日(日) 午前9時~9時45分
再放送  7月12日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

人間が生み出した名画中の名画「蔵出し!西洋絵画傑作15選」。第1回はラスコー壁画からモナリザまで。精霊との交信?太古の人間が暗闇の洞窟に描いた驚きのデザインとは?快楽とはかなさ!火山灰の下、ポンペイ壁画に隠された享楽の秘儀とは?中世の職人の最高技術で織られた謎のタピスリー。9頭身のヴィーナス!ボッティチェリが描いた、そっと立つ美しさ。モナリザの微笑とお腹の中へ!永遠の謎に挑んだ映画監督と美術家。(日曜美術館ホームページより)

出演
海部陽介 (人類進化学者)
港 千尋 (写真家)
ミッシェル・ロルブランシェ (考古学者)
ジャン・クロット (考古学者)
青柳正規 (美術史家)
井浦 新 (俳優/クリエイター)
木俣元一 (西洋建築史学者/名古屋大学教授)
井上文太 (画家)
蜷川幸雄 (演出家)
篠田正浩 (映画監督)
森村泰昌 (美術家)


7月は西洋美術15選! 先史時代からルネサンスまで

今週の5作品は
《ラスコー洞窟の壁画》《ポンペイ壁画 ディオニュソスの秘儀》
《貴婦人と一角獣》《ヴィーナスの誕生》《モナ・リザ》でした。

《ラスコー洞窟の壁画》後期旧石器時代
ハイビジョンスペシャル
「暗闇に残されたメッセージ~人類最古・洞窟壁画の謎~」2003 より

フランス西南部のドルドーニュ県にあるラスコー洞窟に、
今から1万7000年ほど前に描かれた壁画です。
描いたのは現生人類と同じ新人に属するクロマニョン人で、
高度な絵画のテクニックを持っていたことがわかっています。

ここに描かれたバイソン・シカ・ウマなどの大型動物は
海部陽介さんによると「見たそのままの世界」ではなく
色や大きさを変え、洞窟の凸凹を活かして配置され、
圧倒されるような空間を作りだしています。
「今でいうと “空間クリエイター”」だったというクロマニョン人は
なぜ暗い(絵を描いても良く見えない)場所を絵で飾ったのか、
今となっては推測するしかありません。

クロマニョン人がどのように描いたのかを再現する
ミッシェル・ロルブランシェさんの実験に立ち会った港千尋さんは、
「岩にひそんでいた」動物の姿を浮かびあがらせるやり方を見て
これらの壁画を作ったのは、暗闇の中に潜在する「何か」に形を与える
「描くというよりそれ以前の行為」だったと考えています。
得体のしれないものに形を与えて定義づける行動は、
芸術的な表現というよりも呪術的なものを感じます。

ジャン・クロットさんによると、当時「人間は動物の海に溺れていた」。
世界に支配者は壁画に描かれているような大型動物であり、
弱者である人間は洞窟にひそむ精霊とコンタクトをとることで
世界の中で生き延びる力を受け取ったと考えられます。

ラスコー洞窟のような大型動物の壁画は、およそ1万年前を境に描かれなくなりました。
牧畜をはじめ、大型動物を支配するようになった人間は、
動物の精霊に呼び掛ける必要がなくなったようです。

《ポンペイ壁画 ディオニュソスの秘儀》古代ローマ時代
NHKスペシャル
「ローマ帝国 第2集 一万人が残した落書き ポンペイ・帝国繁栄の光と影」2004 より

ポンペイは79年にヴェスヴィオ火山の噴火で地中に埋もれた街です。
この壁画は当時のポンペイで流行していた「ディオニュソスの秘儀」の
様子を描いたもので、赤地(ポンペイ・レッド)を背景に
秘儀に従事する人々やディオニュソスの姿が等身大で描かれています。
(壁画が見つかった建物は「秘儀荘」と呼ばれているそうです)

キリスト教以前の宗教だった「ディオニュソスの秘儀」の
詳しい内容はよく分かっていません。
苦痛を乗り越えた忘我の境地に魂の浄化があるという教えだったようですが、
壁画に見られる翼のある女神に鞭うたれる信者の姿や
裸で踊る様子からは何やらいかがわしい雰囲気も感じます。

ポンペイ遺跡の発掘調査に携わった青柳正規さんは、
裕福な人々が独自の文化として秘密の宗教を作り、
その儀式を実践して他の人々との違いを演出することで
自分たちをその他大勢から区別しようとしたと考えています。

《貴婦人と一角獣》15世紀末?
日曜美術館「原田マハが挑む 貴婦人と一角獣」2013 より

パリのクリュニー中世美術館が所蔵する、6枚1組のタピスリー(つづれ織り)です。
それぞれ赤地に草花と小動物を散らした背景に、豪華な衣装をまとった貴婦人と
貴婦人の両脇を固めるような一角獣とライオンが織りだされたもので、
うち5枚は「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」の
五感を表していると考えられ、
「我が唯一つの望み」と呼ばれる1枚については意見が分かれています。

「我が唯一つの望み」(A mon seul désir)の文字がある青い天幕の前に立つ貴婦人は、
他の5人とは違ってアクセサリーを身に付けていません。
貴婦人のかたわらに宝石箱を掲げる侍女の姿がありますが、
これから宝石を身に付けるのか、それとも外した宝石をしまっているのかは不明です。

木俣元一さんによると “A mon seul désir” は
当時作られた指輪などに好んで刻まれた文句で、
「望み」は恋人(それを贈られる女性)を指しているのだそうです。
こちらの解釈では「我が唯一つの望み」とは愛(欲望)であり、
貴婦人は宝石を身に付けることで愛を受け入れるという意味になります。

一方「望み」とは五感を統制する第六感「理性」であるという説もあり、
こちらの解釈では欲望の象徴である宝石を手放して自らを律する姿となります。
ライオンと一角獣を狛犬(守護獣)に、背景の天幕を神殿に見立てて
宗教的なモチーフに見えてくると語った井浦新さんは、
こちらの説に近いのかも知れません。
実際、15世紀には一角獣はキリスト、貴婦人は聖母マリアの象徴とされていました。

どちらの説も一理あると思えるだけに正解が気になるところですが、
井浦さんも「ずっと解き明かされないでほしい」と言っているように
このミステリアスな要素が作品の魅力になっているのは間違いありません。
今後も、2つの両極端な解釈がどちらかに統一されることはないでしょう。

サンドロ・ボッティチェリ《ヴィーナスの誕生》1483年頃
極上美の共演 シリーズ美女 第2回
「不可思議なプロポーションの謎 ボッティチェリ」2011
日曜美術館「私とボッティチェリ 演出家 蜷川幸雄」1983 より

イタリアルネサンス発祥の地・フィレンツェのウフィツィ美術館の《ヴィーナスの誕生》。
貝殻に乗ったヴィーナスが、シテール島にたどり着く場面を描いた
おそらくほとんどの人が知っている絵です。

長年この絵に憧れていたという井上文太さんは、
その魅力のひとつはヴィーナスの「独特の立ち姿」にあると考えました。
貝殻の上に軽々と立っているように見えるヴィーナスのポーズはとても不安定で、
実際に同じポーズをとると倒れてしまいそうなほど傾いています。
この重力を感じさせない立ち姿は、
「立ってるように立たせちゃいけない」という
ボッティチェリの計算であったというのです。

中世の芸術で、神の姿はひたすら荘厳に描かれてきました。
ルネサンスによって神の姿にも人間らしさが求められるようになり、
中世にはなかった裸の女神像も登場します。
しかしながら、神はやはり人間とは異なった存在なのです。
ボッティチェリは、人間の美しい肉体と人間を越えた立ち姿を組み合わせることで
ルネサンスの女神を生み出しました。

複製を20年以上家に置いて眺め続けてきたという
蜷川幸雄さんは、《ヴィーナスの誕生》の
人工の模造品を積み重ねて現実を再構成する手法に
舞台と共通するものを感じたようです。
現実と拮抗し、そこに「一筋の叙情」が加わることで見るものを惹きつける
ボッティチェリの絵は、舞台の目指す先を示しているのかも知れません。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナリザ》1503年-1519年頃
迷宮美術館「レオナルド・ダ・ヴィンチの誘惑」2006

現実なのか想像の世界なのかもわからない、
荒涼とした世界を背景に微笑む黒衣の女性。
もはや説明する必要もないほど、世界で一番有名な肖像画です。

篠田正浩さんは映画制作にことよせて
背景と前景の組み合わせで登場人物の表情が
その意味を変えてしまうことを指摘しています。
背景が別のものであったら、モナリザの表情は「微笑」と思われなかったかもしれない。
また、前景と後景の組み合わせがまったく新しい世界を生み出すという意味で
モナリザと、1933年の映画キング・コング(古代の怪物と現代のニューヨーク)、
そして現代の特撮・SFXは「一直線につながっている」とも。

自らが登場人物となって絵の中に入るセルフポートレイトを手がける
森村泰昌さんは、モナリザになった時に一番困ったのは「手」だといいます。
モナリザが体の前で組んだ手をそのまま再現しようとすると
肩の位置や顔の向きがまったく違うポーズになるんだそうです。
科学者でもあったレオナルドは人体の成り立ちを知るために解剖を繰り返しており、
モナリザはそれぞれ別の角度から見たパーツを
組み合わせて作ったという説もあるそうです。

森村さんはさらに、セルフポートレイト作品
《始まりとしてのモナ・リザ》《身ごもるモナ・リザ》《第三のモナ・リザ》(1998)
の三部作を通して、モナリザの服の下にある新しい生命を想像しています。
実際にそうであったかどうかはともかくとして、
「そんなこともあるかもしれない」と思わせてしまうところが
モナリザの微笑をより謎めいた魅力的なものにみせているのは確かです。


絵画の謎と魅力

スタジオの柴田さんいわく、
今回取り上げられた作品はどれにも何かしらの「分からないこと」があります。
現代の人間はそれらの謎に対して仮説を立てることはできますが、
正解に辿り着くことは永遠にありません。
それでも、謎という想像の余地を遺してくれるからこそ芸術は面白い
「分からないことを心地よくしてくれるのが芸術の力」であると
小野さんは言います。

次回の日曜美術館は、
ボス、カラヴァッジョ、レンブラント、フェルメール、ゴヤの作品です。