展覧会はなぜ高い!? 美術館・博物館の商業化

年よりじみて恐縮ですが、ここ数年で展覧会が高くなっている気がします。
学生時代(学割が使えたころ)と比べてしまうせいだろうかとも考えましたが、
どうやら実際に高くなっているようで…

展覧会が商業化している ― それは日本から始まった?

ここ数年の値上げはコロナウイルスの影響による入場者数の制限や経費の高騰など
仕方のない面もありますが、
入館者数を増やして収益を上げよう! という
ミュージアムの商業主義は、もっと以前からの傾向のようです。
最近よく聞く「ブロックバスター展」は、その代表格と言えるでしょう。

ブロックバスター展

時は第2次世界大戦のころ。
イギリス空軍が使用した大型爆弾が街の1ブロックを丸ごと吹き飛ばしたことで、
この爆弾は「ブロックバスター・ボム」と呼ばれるようになったそうです。
その威力と爆発力にあやかって、エンターテインメント(とくに映画)の業界では
巨額の費用をつぎ込んで大掛かりな広告キャンペーンを打つことで
観客を集める催事を「ブロックバスター」と呼ぶようになりました。
とにかくインパクトのある名前を選ぶのが、いかにも娯楽業界らしいエピソードです。

そしてミュージアムの業界でも、
メディア共催で大々的な広告活動をおこなうような大型展覧会を
「ブロックバスター(展)」と呼びます。
今のところブロックバスターの厳密な定義が決まっているわけではないようですが、
大量回収を見込んだ巨大投資・大規模な宣伝・全国巡回など、
新聞などでみかけるタイプの展覧会は「ブロックバスター」になります。

今でこそ(広告の効果もあって)展覧会と言ったら
海外からやってきた話題作が全国を巡回するような華々しいイメージがありますが、
こういった展覧会は1990年代に日本で独自の進化を遂げたものなんだそうです。

以下、展覧会商業化の歴史は、
高橋明也『美術館の舞台裏―魅せる展覧会を作るには』(ちくま新書,2015)
を参照しました。


はじまりは明治維新

1968年に明治政府が発足し、
その4年後の1872年には今の東京国立博物館にあたる「文部省博物館」が開館。
博物館や美術館という概念も明治になって西洋から輸入されたものですから、
すべて手探りのはじまりだったようです。
こと西洋美術に関しては
(「美術」という言葉自体「ファインアート」の訳語として生まれたものでした)
開国したばかりの日本に欧米に匹敵するコレクションがありません。

この事態をどうにかするべく、
国立西洋美術館の基礎となる松方コレクションを築いた松方幸次郎(1866-1950)や、
日本初の西洋美術館・大原美術館の創始者である大原孫三郎(1880-1943)など
志のある個人が西洋美術の収集にはげんだのですが、
それでもヨーロッパの国々を代表する美術館が
長い時間をかけて蓄積してきたコレクションには追いつけません。

公共の施設としての美術館のはじまりはフランス革命直後の1793年に開館した
ルーヴル美術館(当時は「共和国中央芸術博物館」)で、
こちらの基礎コレクションはフランス王家が代々収集したものですから、
こと西洋美術に関しては、いかに富豪であっても
個人が一代で収集したレベルでは勝負にならないわけです。


海外コレクション展覧会の古き良き時代 ― 1950~70年代

現在、美術展の主催者に新聞社やテレビ局の名前があることは普通のことですが、
この傾向は戦後の1950年代からさかんになりました。

戦争が終わって間もない日本全体には
新しい刺激を求め、文化や美しいものに触れたいという欲求がありましたが、
当時はそう簡単に海外に出かけていくことができない時代。
西洋美術展を開催しようにも、
語学力や海外の人脈を持っている人材がほとんどおらず、
新聞社の海外駐在員や特派員に頼らざるを得なかったようです。

もっとも当時はどの業界にも、
海外美術展とは「国同士が交流する文化事業」という意識があったそうです。
当時の新聞社には多少の赤字はやむなしと言えるだけの余裕があり、
美術館側は新聞社のフォローを受けて
カタログの作成や展示といった専門業務に専念しました。

ミロのヴィーナスの来日(1964年。主催は国立西洋美術館・朝日新聞社・京都市)、
モナ・リザの来日(1974年。主催は文化庁・東京国立博物館・国立西洋美術館)
がこの頃に実現し、多くの来場者を集めています。


バブル景気と美術展のインフレ時代 ― 1980~90年代

バブル景気が盛り上がった80年代になると、
放送局が本格的に展覧会に参入をはじめました。
テレビの広報力による宣伝は、より大量の観客を動員するようになります。
出資・運営はメディア、カタログ・展示は美術館という分業化がよりはっきりし、
日本独自のマスコミ主導スタイルが確立しました。

90年代に入るとかつてのおおらかさは無くなっていきます。
投入した資金を回収するために来場者数を稼ぐべく、
学術的な意義や価値などは後回しで
とにかく有名な作品を借りることに莫大な費用を投じるようになります。

それまでは十分な準備期間を設けて
学術的な(金銭のことはあまり考えない)展覧会をおこなっていた欧米の美術館も
この時期は国家予算の縮小を受けて資金繰りが苦しくなり、
資金源として日本の海外美術展に期待するようになったそうです。

東京都美術館の高橋明也館長は、三菱一号館美術館の初代館長として
フランスの巨匠・シャルダンの回顧展(2012年)を企画した際、
当時ルーヴル美術館の名誉総裁・館長だったピエール・ローザンベールさんから
「作品をお金で集める習慣をつけてしまったのは日本人なんだよ」
と諭されたことがあるそうですが、
情勢を考えると、日本人が手をつけなかったとしても
いずれ別の国が同じことをしていたかもしれませんね。


展覧会入場料の高騰は止まらない?― 東京国立博物館の入館料を例にして

さて、冒頭で「展覧会が高い!」と泣き言を言いましたが、
実際に数年前と比べてどれだけ高くなっているのでしょうか。

さいわい、日本を代表するミュージアム・東京国立博物館が
2004年度以降の特別展の概要を詳しく公開していますので、
(2003年以前は特別展のタイトルと開催期間のみ公開)
ここでは、東京国立博物館(トーハク)を例に見ていきます。

なお、博物館法によると

公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。 但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。(第23条)

とありますので、
国公立の博物館が維持・運営のために入場料をとることは問題ありません。

2021年と2011年前の特別展入場料(一般)

東京国立博物館で2021年に開催された特別展は5件。
入場料(一般)の内訳は、
2,100円が2件、2,000円が1件、800円が2件となっています。
10年前の2011年は6件の特別展が開催され、
1,500円が4件、800円が2件。
全体的に高くなっていることは間違いありません。

過去の入場料を見ていくと、
2014年度までの最高額は1,500円だったようです。
2014年度に開催された特別展のうち
「栄西と建仁寺」「台北 國立故宮博物院 -神品至宝-」「日本国宝展」
の3つが1,600円になり、
以降は1,500円をこえる金額も見られるようになりました。

なお2022年8月現在で、歴代最高額の特別展は、
2020年の「桃山 ― 天下人の100年」(2,400円)。
東京国立博物館において、入場料が2,000円を超えた初の展覧会でもあります。
(現在は2,000円以上の入場料も珍しいものではなくなりましたね)


鳥獣戯画展(2015→2021)と天台宗展(2006→2021)

さらに注目すべきは2021年に開催された
「国宝 鳥獣戯画のすべて」(2,000円)と
伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」(2,100円)。
この2つは過去に同じテーマの特別展が開催されています。
2015年の「鳥獣戯画─京都 高山寺の至宝─」は1,600円なので、
6年で400円の値上げ、
2006年の「天台宗開宗1200年記念 特別展 最澄と天台の国宝」は1,300円で、
15年で800円の値上げがあったことになります。

もっとも、展示や設備などの違いもあるでしょうし、
(2021年の鳥獣戯画店では動く歩道が設置されて話題になりましたね)
そもそも2020年代に入ってからは新型コロナウイルス蔓延の影響で、
来館者数の激減(外出自粛・来場者の人数制限など)、展覧会そのものの中止、
輸送費をはじめとする経費の高騰…などなど、
いろいろな事情から値上げせざるを得ない状況だったことも確かです。


値上げが避けられないのなら…

資料の保存と研究、そして教育普及を本来の目的とするミュージアムに
現在進行形で押し寄せている商業化の波は止めようがありません。
一度できた構図はめったに崩れないものです。
(財政の問題が絡んでいるなら余計に…)
2001年に独立行政法人化し、
2006年と2020年には総合文化展の値上げに踏み切った国立博物館はもちろん、
今あるすべての博物館にとって、収益の問題は避けて通れないものです。

もちろん入場料が安くても内容の充実した展覧会はたくさんありますが、
世の中の話題になるようなものはだいたい大規模かつ高額なものです。
広告費用をかけて宣伝するからには話題性のあるコンテンツが必要ですし、
そういったコンテンツを用意するためには資金が必要…と考えると、
これまた致し方ないことではあります。

入場料の値上げという形で影響を受ける利用者としては
「勘弁してくださいよ」と言いたくなりますが、
現在の情勢などを考えても今後さらなる値上げが実施されることがあっても
値下げはあまり期待できないでしょう。

わたしも「展覧会が高くなった!」と文句を言いながらも
ミュージアム通いは止められないと思いますので、
値段が気にならなくなるほど魅力のある展覧会が沢山企画されることを期待します。
(お手頃価格なら言うことはありませんけどね!)

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コメント

  1. 松嶋 多美子 より:

     展覧会の開催から終了までの全ての経費が入場料に含まれることは分かりますが、それにしてもこの物価高に便乗しているのでは…と思われます。
     お膳立てするイベント屋(正式名称が浮かびません)の言いなりになる会場側と学芸員の作品に対する気持ちなども絡み合って一つの展覧会が企画されると思いますが、最近は(コロナ前の)集客人数を重視し国立博物館ながら、せっかく行っても中身のないこともありました。

     鑑賞するには近くでない限り入場料と同等の交通費もかかります。現役でない限り気持ちのまゝに文化に触れることもできません。