竹内栖鳳《班猫》(はんびょう)― 山種美術館のまだら猫は「班猫」?「斑猫」?

竹内栖鳳の《班猫》は、山種美術館(東京都渋谷区)が所蔵する重要文化財の中でも人気の一枚。
日本画の性質上いつでも会えるとは限らないのがつらい所ですが、数年おきの公開を心待ちにしている人は多いことでしょう。

竹内栖鳳《班猫》1924(重要文化財)山種美術館所蔵


81.9×101.6cm
絹本着色 額装
1970年5月に重要文化財指定
(写真手前が《班猫》。後ろの黒猫は速水御舟の《翠苔緑芝》の一部)

こちらに背中を向けて振り返るポーズの猫は、緑に金が混じった目でこちらの様子をうかがっています。
茶色の縞がある毛皮は墨・胡粉・金泥などさまざまな画材を使って細い毛を丹念に描き込んだもので、微妙な変化をつけた毛並みはいかにも自然で柔らかそう。

無地の背景に1匹の猫を描いたシンプルな構図は、伝統的な宗画からヒントを得たもの。
これに対して猫の姿は写実的なタッチで緻密に描かれ、西洋画の影響を見ることができます。

日本の動物画は花鳥画とくらべて歴史が浅く、写生を重視して実在の動物を画題とする「動物画」は、円山応挙(1733-1795)にはじまると言われています。
(確かに伝統的な日本画の動物と言えば、やけに細長い虎や筋骨隆々の唐獅子など、現実とはかけ離れたものを想像しますよね?)

明治になって日本美術の世界にも西洋的な写実主義が取り入れられたこと、また写真や動物園などで馴染みのない動物のリアルな姿を見ることができるようになったことで、
に接することができるようになると日本の動物画も大きく進歩を遂げました。
(ちなみに日本初の動物園である上野動物園は1882年、2番目の京都市動物園は1903年に開園しています)



竹内栖鳳と班猫の出会い

《班猫》を描いた竹内栖鳳(1864-1942)は「動物を描けば、その匂いまで描く」といわれた動物画の名手。
日本の動物画を発展させた円山応挙を始祖とする円山・四条派の流れをくみ、《班猫》を描いた当時は京都画壇を代表する大家として活躍していました。
栖鳳自身も写生を非常に大切にしていて、弟子たちにも「画家は一日一枚は必ず写生の筆をとらなくてはいけない」と語っていたそうです。
そんな栖鳳ですから、この猫にも勿論モデルがいます。

猫との出会いは、栖鳳が静岡県沼津に滞在していた時。
近所の八百屋の女将さんが飼っていた猫を見た栖鳳は「徽宗皇帝の猫がいるぞ」と絵心をかき立てられ、自分もこの猫をモデルに絵を描きたいと考えました。
徽宗皇帝(中国北宋の代8代皇帝)は花鳥画の名手として知られ、日本にも国宝の《桃鳩図》など徽宗筆とされる作品が伝わっています。

その場でスケッチしただけでは満足できず、猫を譲ってほしいと頼み込むも、女将さんは拒否。
それでも諦められなかった栖鳳は八百屋のご主人にも交渉し、ついには絵1枚と引き換えに猫を譲ってもらうことに成功しました。
東京に連れ帰った猫を画室で遊ばせながら観察して、作品を仕上げたそうです。

残念ながらこの猫は、栖鳳が《班猫》を仕上げた後、家を留守にしている間に逃げ出して行方不明になってしまいました。
人間の都合で振り回された猫が気の毒になると同時に、その後の八百屋さんの夫婦仲が心配になるエピソードですが…重要文化財《班猫》はこのおかげで生まれたわけです。

猫の写真は竹内栖鳳コレクションを所蔵する「広島 海の見える杜美術館」に残されています。


竹内栖鳳の「はんびょう」は「班猫」か「斑猫」か ―「まだらの猫」を表す文字

タイトルの《班猫》は「はんびょう」と読むのですが、漢字にこだわる人なら「班」ではなく「斑」が正しいのでは? と不思議に思ったことがあるのではないでしょうか。
まだら模様を表現する漢字は「ぶち」とも読む「斑」の字を使うのが普通ですが、山種美術館では栖鳳の箱書きにしたがって《班猫》としているそうです。

実は「班」と「斑」は、両方とも「まだら」という意味があります。
『角川新字源』でそれぞれの意味を確認すると、大体こんなことが書いてありました。


色のまだらなこと、ぶち、色の混じること


「分ける」「分配する」「グループ」などの他に、「まじる」「まだら」の意味で用いることもある

「班猫」でも「斑猫」でも同じような意味になりますが、しいて言うなら「班」の方が色がはっきり分かれているイメージでしょうか。
(班の字は、玉の間に刀を入れて2つに割った形からできているそうです)
《班猫》は白い部分と茶色の縞になった部分がはっきり分かれているように見えるので、作者なりのこだわりがあってこの字をあてたのかも知れません。



重要文化財《班猫》と山種美術館

竹内栖鳳の《班猫》は、山種美術館のTwitterアイコンや、2023年5月に販売開始された山種のメンバーズカードにも採用されています。

山種美術館

東京都渋谷区広尾3-12-36

月曜休館(祝日は開館し、翌火曜日に休館)
展示替え期間および年末年始休館

10時~17時 (入館は閉館の30分前まで)

入館料は展覧会によって異なります。

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