日曜美術館 特別アンコール放送「画家・安野光雅 雲中一雁の旅」(2021.2.14)

2012年9月9日の再放送。
2020年12月24日に亡くなった、画家(装幀家・絵本作家)の安野光雅さんが、
ライフワークの『旅の絵本(日本編)』の制作に取り組んでいた時の映像です。
故郷である島根県津和野で、自らの半生を振りかえりながら制作に励む姿に密着しました。
ナレーションは日曜美術館2011・2012年度の担当だった森田美由紀さんです。

2021年2月14日の日曜美術館
「画家・安野光雅 雲中一雁の旅」(2012年9月9日の再放送)

放送日時 2月14日(日) 午前9時~9時45分
再放送  2月21日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 森田美由紀(NHKアナウンサー)

去年12月に94歳で亡くなった安野光雅さん。9年前、ライフワーク「旅の絵本」を、日本を舞台に描く姿に密着していた。「雲中一雁」とは、雲の中で群れにはぐれたのか、一羽の雁が飛んでいく様を表す中国の言葉。その姿に、絵描きの自分が重なると語る。創造の原点、ふるさと津和野での制作は、ペンによる下絵から始まり、彩色、完成へと進む。自身による「絵のある自伝」の朗読を交えて、新作に寄せる思い、創作の真髄に迫る。(日曜美術館ホームページより)

出演
安野光雅 (画家・絵本作家・エッセイスト)



「雲中一雁」は、安野光雅さん(1926-2020)が中国の杭州に旅行した時、
篆刻(手彫りの判子)の店で見つけた判子にあった言葉だそうです。
慣用句か、それとも詩の一節なのか。
本当の意味は分かりませんが、安野さんはこんな風に解釈しました。

雲の中の群れに遅れたのか、ただ一羽飛んでいく雁が見える。はぐれてしまったのか、でもまあ飛んでいこうという感じ、絵描きはみんなそうなのか、わたし一人がそうなのかよくわからないが、「雲中一雁」は気にいって、『絵のある自伝』にはふさわしいかなとおもっている。
(「おわりに――篆刻のこと」『絵のある自伝』)

安野さんの生き方は、まさに「雲中一雁の旅」でした。

絵本作家 安野光雅

小学校の美術教師として務めるかたわら
本の装丁やイラストなどを手がけていた安野さんは、
35歳の時に教師を辞めて画家として自立。
42歳で発表した絵本『ふしぎなえ』(福音館書店,1968)で
絵本作家としてデビューしました。

煙突掃除が、石組みの壁を階段のように登っていく表紙にはじまり
現実にありえない光景を描いたこの絵本は、
オランダの画家エッシャー(1898-1972)のだまし絵に影響を受けたものだそうです。
(私事ですが、わたしが初めて手に取った安野さんの絵本が『ふしぎなえ』でした)

以来、数多くの絵本を刊行するほかに、
司馬遼太郎の紀行文集『街道をゆく』の挿絵を手がけるなど、
画家・イラストレーターとしても多くの作品を発表しています。

番組では、安野さんの故郷である島根県の津和野町にある
安野光雅美術館内にあるアトリエで、
作業をする安野さんを撮影しています。

この頃の安野さんは、30年来のライフワークである
『旅の絵本』の日本編にとりかかっていました。


旅の絵本(VIII 日本編)と津和野町

福音館書店から出版されている『旅の絵本』シリーズは、
1977年の「I 中部ヨーロッパ編」にはじまり、2012年の時点では
「II イタリア編」(1978)
「III イギリス編」(1981)
「VI アメリカ編」(1983)
「V スペイン編」(2003)
「VI デンマーク編」(2004)
「VII 中国編」(2009)
の7冊が刊行されていました。

この時制作されていた「VIII 日本編」は2013年、
最終巻に当たる「IX スイス編」は2018年に刊行されています。

わたしたちは西洋と東洋のちがいにばかり目が行くが、よく考えてみると、違うところよりも同じことのほうが多い。(略)
みんな同じ地球の上に住んでいる。そして国それぞれ、人それぞれに、ちがった毎日をおくっているのだと感じた。そのとき一千もの人々の暮らしの詰まった『旅の絵本』を描きたいとおもった。
(「旅の絵本」『絵のある自伝』)

という気持ちで外国の土地を描いてきた安野さんは、
日本編を描くにあたり、生まれ故郷の津和野を振り出しにして
そこから周囲に広げていくことを選びました。

私から見れば何年も日本のどこが面白いのと思っていたんだけど
だんだん歳をとりまして、そういえば日本にも面白いところがないわけではない
一番イージーに描ける、楽チンに描けるのは
自分の思い出の中にあるものを取り出して描けばいい

地域ごとの細やかな違いはあっても
人の暮らしは全国どこに行っても同じだと考える安野さん。
この本の中で四季を通じた農村の暮らしと、その合間にやってくるお祭り
(相撲の巡業、草競馬、お花見など)を描いています。

子どもの頃の世界と文明への思い

安野さんにはこの絵本を通して、
大量のエネルギーを消費する文明に疑問を投げかける思いもあったようです。
この1年前(2011年3月)に起きた原発事故につながる
電気に依存する文明への危機感については、番組の中で触れているほか、
絵本のあとがき「電気のなかったころのこと」でも語られていました。

安野さんは『街道をゆく』の取材で、司馬遼太郎さんとともに
青森県の六ケ所村にある使用済み核燃料の置き場を見学したことがあり、
原発の事故はより切実なものとして考えられたことでしょう。

自動車の存在しない、
車輪のあるものは汽車(SL)・馬車・荷車・自転車のみという風景は、
安野さんが子どもだったころの世界であると同時に
電気に頼りきらない「節電の世界」でもあります。

《思い出の津和野 絵地図》

番組の中で安野さんは『旅の絵本 VIII 日本編』とはまた違う、
津和野の風景を俯瞰した絵地図を作りました。
これまでも津和野の風景を「山ほど」描いてきたけれど、
「こういう風に俯瞰して津和野の暮らしを思い出しながら描いたのは初めてと言って良いくらい」だそうです。

13歳で山口県立宇部の工業学校に入学して以来、
津和野を「何度か出て何度かもどって来た」という安野さん。
絵の中の津和野には、津和野に帰る時に乗った汽車や必ずくぐったトンネル、
寺社・幼稚園や小学校など馴染みのある建物、安野光雅美術館、
さらに映画『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』(1974)の
寅さん(渥美清)とマドンナ(吉永小百合)まで、
安野さんと津和野の思い出が詰め込まれています。


島根県津和野町立 安野光雅美術館
(ANNO ART MUSEUM)

2001年春に開館した美術館
絵本・画集・原画など、約3500点が収蔵されています

島根県鹿足郡津和野町後田イ60-1
9時~17時 ※入場は閉館の30分前まで
木曜休館、12月29~31日休館

一般 800円(650円)
中高生 400円(250円)
小学生 250円(120円)
※( )内は20名以上の団体料金

公式サイト