日曜美術館「クラスター2020 〜NY 美術家 松山智一の戦い〜」(2021.2.21)

現代アートの「期待の新人」松山智一さんの2020年は、
新型コロナウィルスの蔓延に翻弄された年でした。
「相手に届かなければ作品は成立しない」と語る松山さんは、
制作のための環境が制限される中、どのようにアートと向き合い、
何を伝えようとしたのでしょうか。

2021年2月21日の日曜美術館
「クラスター2020 〜NY 美術家 松山智一の戦い〜」

放送日時 2月21日(日) 午前9時~9時45分
再放送  2月28日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

「俺にピカソのような才能はない」。松山智一は20代で渡米後、日本人中心の勤勉なチームを作り、アートの最前線を駆け上がってきた。2020年は、新宿駅前と明治神宮での大きなプロジェクトを控え、凱旋帰国の年のはずだった。だが滞在中、新型ウイルスの拡大とともに、多数のプロジェクトが中断。自分のチームも、崩壊の危機に陥ってしまう。コロナ禍でのアーティスト人生をかけた、激動の300日に密着した。(日曜美術館ホームページより)

出演
松山智一 (美術家)
岡安秀士・木村皇貴・ほか (スタジオのスタッフ)
ホリス・グッダル (日本美術研究家)
王薇 (龍美術館館長)


松山智一さんとその作品

松山さんは、ニューヨークについて
「あれよりチャンスが平等にある街ってない」と語ります。
20年近く住んでいても居心地はまったく良くならないのに、
離れていればアートの最前線から取り残されてしまう不安がつのる、
そんな魔力を持つ街に拠点を置くようになったのは、2002年のことでした。

独学で画家を目指す松山さんでしたが、経済的にギリギリの生活のなか
強盗に襲われるなど、命の危険を感じることもあったそうです。
それでも10年15年と諦めずに継続することで
ようやくニューヨークで認められるようになった松山さん。
地道な活動を続けてきた経験からか、
その生活は芸術家のイメージとはかけ離れた規則正しく健康的なものです。
(それとも、現代のアーティストはこれが常識なのでしょうか?)

たとえば、朝のスケジュールはこのようになっていました。

7:30 スタジオに出勤
7:45 お香を焚いて瞑想
8:00 読書(ビジネスや自己啓発に関する本が多いようです)
9:00 朝礼(スタッフは成功を目指す日本人アーティストたちです)
9:10 スタジオの掃除

制作でも、作業に必要な工程とかかった時間を記録して一層の効率化を図ります。
一日の作業が終わった後、スタッフの作品を見て指導するときも
コンセプトより先に値段設定について質問するなど、
(勝手なイメージですが)アーティストというより若手起業家のよう。
体作りにも熱心で、ジョギングをする松山さんの姿は番組の中で何度も登場しました。


松山智一さんの作品

騎馬像を描いた
《Hanabi He Said I Said》2019
《Us Rise Sun Rise》2020
またフィクショナル・ランドスケープ(架空の風景)と呼ばれる
さまざまな時代のイメージや図像を混ぜ合わせた
《Sing It Again Sweet Sunshine》2019
《We Met Thru Match.com》2016
など、ポップな色が溢れている松山さんの作品について、
日本美術研究家のホリス・グッダルさんは、
さまざまな時代の情報を盛り込むことで
わたしたちが生きている現在を描きだしている、と評価しています。

たとえば《We Met Thru Match.com》では、
桜と藤が同時に咲き乱れる空間で
まったく違う服装の人物2人が手紙をやり取りする様子が描かれています。
見ず知らずのまったく違う環境にいるもの同士がメッセージをやり取りする
ネット空間を象徴したこの作品は、「今=情報化社会」を描いているんだとか。

グッダルさんは松山さんの抽象画について
「まるで渋谷のスクランブル交差点にいるような感覚になります」
「目まぐるしく行きかう人波のように、色が目に飛び込んでくるのです」
とも語っています。そう言われると
《You Need To Come Closer》2014
などの作品に出てくる縞模様が横断歩道に見えてきますが、
ここで注目すべきは色彩の豊かさでしょう。

松山さんの作品には「明るさで言うと真ん中くらい」の中間色を何種類も使います。
これまでスタジオで調合したオリジナルの色は5000以上にものぼり、
種類が一番多い紫だけでも二百数十色あるそうです。
色の見本帳には少しずつ違う紫が1ページ当たり15色、
「これでも足りないから色が足されていくんですよね」
という松山さんのアトリエには、
コンテナに詰められた何種類もの絵の具が保管されていました。

ひとつの作品に大量の色を使うほかに、
作品自体も絵にあわせた不規則な形をしているものが多数ある松山作品。
ある作品の作業記録では、一番最初の工程に
「キャンバス張り 2.5hrs」とありましたが、
たしかにこれらの作品を効率よく仕上げるためには
広いスタジオが必要だと納得ができます。

ところが2020年、これまでの制作体制を続けることが難しくなりました。
原因は言うまでもなく、新型コロナウィルスの蔓延です。


松山智一さんの2020年
《Cluster 2020》と《Desktop Utopia》

2020年に東京の明治神宮で開催された
「神宮の杜 野外彫刻展 天空海闊」のための彫刻《Wheels of Fortune》(2020)、
また新宿駅東口駅前広場を飾るパブリック・アート《花尾(Hanao-San)》2020
を発表した松山さんですが、実はこの年の3月、
ニューヨークのロックダウン(2020年3月22日)によって
アメリカに戻ることができなくなっていました。

《Cluster 2020》2020

3月の時点ではロックダウンが長期化するのかどうかも読めない状態で、
経営者として自分やスタッフの生活をどう守るか。
松山さんが考えたのは外出制限のかかる中
「ベッドルームでできること」への挑戦でした。

画材とキャンバス(60cm四方の小さめのもの)をスタッフのもとに送って
それぞれ全体の一部になる抽象画を描いてもらい、それを「クラスター化」して
「コロナ対策ではない “コロナ大作”」として発表するというものです。
スタジオでの作業と同じように、インターネットを通じて
作業の内容とかかった時間の報告がされていました。

これら合計33枚の作品は、ロックダウンからおよそ2か月後に「集荷」され、
6月15日にスタジオが再開した後、最後の仕上げを施されて完成。
33枚の「コロナ大作」のどれを誰が描いたか分かるという松山さんは、
「ロックダウンの間見ていた景色が筆を介して見えてきちゃう」と話しています。
この時10名いたスタッフの半分が、それぞれの事情でニューヨークを去っていました。

《Desktop Utopia》2020

テーブルの前に座ってノートパソコンを眺める人物を中心にしたこの作品は
だいぶ前から描き出されてはいたものの、
制作途中でロックダウンになったために最低2か月は中断されていたようです。
松山さんがスタジオに戻った5月26日以降に、
背後にある窓の外に見える風景や動物などが描き足されました。

窓からは外が見え、床の上には犬がいて、鳥や虫も部屋の中に入ってきている、
しかもパソコンのモニターの上に大きなバッタが…
そんな状況でも、登場人物にとってのリアリティや
外の世界とのつながりはパソコンの中にある。
なんだか、コロナ下の自宅待機を連想する作品です。

人物の後ろにある植木鉢は、
松山さんのスタジオにある観葉植物がモデル。
2か月間世話をする人がいなかったために
スタジオに戻った時には水切れを起こして葉を落としていましたが、
その後復活して新しい葉も出てきたようです。

Accountable Nature 自然――可解
上海・龍美術館(Long Museum)

2020年11月12日から2021年1月24日にかけて、
上海の龍美術館(西岸館)で、松山さんの個展が開催されました。
850平米の会場で行われる大規模なもので、
上海を「次の芸術首都」と見ている松山さんは
以前から狙っていたのだそうです。

この展覧会で《Cluster 2020》と《Desktop Utopia》を含む新作11点が
龍美術館のコレクションに加わりました。

上海のアートシーンをリードする、龍美術館の館長・王薇さんは
《Cluster 2020》についてこう語っています。

10年後20年後にこの作品を見ると
コロナ禍に置かれた人間のもろさや
松山さんの捜索にかける強い思いが
よみがえってくるでしょう

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