新型コロナウイルスによって日本伝統工芸展の開催が取りやめになりかけた他にも、
注文が減ったり仕事のペースが変わったりと、
職人への影響は大きいものでした。
一方で仕事が少なくなったこの時期に、
あえて集中が必要な大作や新しい素材に挑む人たちもいたようです。
2020年9月20日の日曜美術館
「見つめ直す日本の美〜第67回 日本伝統工芸展〜」
放送日時 9月20日(日) 午前9時~9時45分
再放送 9月27日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
卓越したものづくりが一堂に介す日本伝統工芸展が始まります。応募総数1280点から入選563点が選ばれ全国十か所を巡ります。番組では16点の入賞作品を紹介。昭和29年から開催されてきた日本伝統工芸展。今年は新型コロナウイルスの影響を受け、一時は開催すらも危ぶまれました。コロナ禍において作家たちが自身と向き合い生み出された作品たち。その創作の現場を訪ね、匠(たくみ)の技や作品に込められた思いに迫ります(日曜美術館ホームページより)
出演
須藤 靖典 (漆芸家)
安田 公子 (切子作家)
井尾 鉱一 (金工作家)
中村 佳睦 (截金作家)
向吉 悠睦 (仏師)
中田 博士 (陶芸家)
唐木 さち (花人)
松崎幸一光 (人形師)
松枝小夜子 (染色家)
松枝 崇弘 (染色家)
室瀬 和美 (審査委員会副委員長 漆芸家)
コロナウイルスと伝統工芸の現場
審査委員会副委員長をつとめた室瀬和美さんによれば、
今年は作り手の側にも
「こういう時期に物作ってて良いのか」という悩みがあったそうですが、
そんな中で作られた作品はどれも技術を尽くしたもの。
自粛傾向が強い今年は、展示会や広報活動などに力を入れられない分
作品に力を注ぐことができたのかもしれません。
須藤靖典 乾漆平文蒔絵漆箱《氷壁》
小野さんが訪ねた須藤靖典さんの工房には
飛行機のプラモデルがたくさんありました。
物を作る習慣はここから始まったかもしれない、といいます。
日本工芸会総裁賞を受賞した《氷壁》のデザインも、
イメージを一度手描きで起こした後
コンピューターで清書して確実に形にしたもの。
そうして出来上がったデザインに色々な技法を組み合わせて
作品が完成するんだそうです。
プラモデルといいコンピューターといい、
伝統工芸の世界には似合わないような気がしますが、
工芸の世界も着々と新しい技術を取り入れているようです。
安田公子 被硝子切子鉢《糸遊》
直径29センチあるというガラスの大鉢は
青と透明のガラスを重ねてグラデーションを作り、
その上に切子をほどこしたもの。
1か月半これだけに専念して作りあげたという大作です。
作者の安田公子さんはコロナウイルスの感染が拡大するなかで
仕事量が減り、さらに仕事のペースも変わってしまった状況を
「時間もあったので大きなものに挑戦することができた」と語っています。
井尾鉱一 《Whirl Boat Vessel》
鍛金(一枚の金属板を叩いて成型する技術)の作品を出展した井尾鉱一さんも、
2月、3月に予定されていた展覧会が中止される中で新しい素材に挑戦しました。
この作品に使われた「四分一(シブイチ)」は
銅の中に四分の一銀が含有された合金です。
非常に硬く加工が難しいそうで、井尾さんも
いずれはチャレンジしようと思っていたといいますが、
コロナウイルスの蔓延はそのきっかけをつくることになったようです。
中村佳睦 截金飾筥《滔滔と》
截金作家の中村佳睦さんは今年、作品になかなか手を付けることができず、
「こんな時に作品を作って良いのか?」と疑問を感じていたそうです。
出展作品はそんな時に散歩した川の、
人間が右往左往している時も当たり前のようにあり続ける姿をモチーフにつくられました。
破れやすい金箔を竹の刀で細く切り、筆を使って貼り付ける作業を
何度もくり返し繊細な模様を織りだしたこの作品は、
川の流れを表したものだそうです
中田博士 真珠光彩壺
自粛中に見ていた庭先の大山蓮華をモデルにした白磁の壺は、
ほころび始めた植物の蕾のような形をしています。
蕾が開く時の「何とも言えない希望感」や生命の力を表すために
壺の口には特に力を入れたんだとか。
中田博士さんは実生活の中で使う事を意識して
鮮やかな色模様が定番の九谷焼であえて白一色にこだわっているそうですが、
花弁が重なり合っているような繊細な形は
白一色だから余計に引き立つものかもしれません。
松崎幸一光 木彫彩色《時》
松崎幸一光さんは五月人形や雛人形をつくる工房の御主人ですが、
休みの時はオリジナルの人形をつくっています。
まず考えることは「どんな意思を盛った顔にするか」ということで、
人形部門で唯一の受賞作品は、
慌ただしく過ぎていく一年の中で
穏やかな時を過ごしてほしいという願いから作られました。
繊細な表情を可能にするのは、頭や手に使う桂の木。
とても密度が高く、胴体に使っている桐の木よりも硬いかわりに
細かい彫刻が可能なんだそうです。
松枝哲哉 久留米絣着物《光芒》
今年の7月に食道癌で亡くなった松枝哲哉さんの作品です。
縦横に組み合わせた藍と白だけで生み出される模様は光を表したもの。
織物の中では特に高い評価を受けました。
奥様によると、松枝さんは布を作ることが本当に好きで
「命を削ってつくるのではなく、命一杯につくっていた」方でした。
跡を継いだ息子さんにも、入院先からビデオ通信で指導にあたっていたそうです。
番組ではこのほかに、
伴野 崇 乾漆合子「暁雲」
人見祥永 紙胎皺矢羽根文箱
桑山弥宏 神代杉彩線木象嵌十二角箱
玉井智昭 欅造合子
中尾 純 釉象嵌花器
木村芳郎 碧釉漣文器
村上浩堂 象嵌花器「連樹」
松原伸生 長板中形麻地着尺「蒲縞萩文」
藍田愛郎 江戸小紋着尺「竹縞と鐶つなぎ左手綱」
の9作品が紹介されました。
実際の会場で展示されている作品は563点。
もちろん、すべて見ることができます。
第67回 日本伝統工芸展
THE 67th JAPAN TRADITIONAL Kōgei EXHIBITION
東京都中央区日本橋室町1-4-1(日本橋三越本店 本館7階 催物会場)
2020年9月16日(水)~9月28日(月)
東京展の後、
名古屋、京都、金沢、大阪、岡山、松江、高松、仙台、福岡、広島に巡回
(広島展は2021年3月7日終了)
午前10時〜午後7時 ※最終日は、午後6時閉場
入場無料
公式ホームページではすべての受賞作品・入選作品を見ることができます