日曜美術館「光の破片をつかまえる-ヨコハマトリエンナーレ2020-」(2020.08.30)

2001年の第1回から3年に1度
横浜で開催される現代美術の国際展覧会・横浜トリエンナーレ。
20年目の節目に当たる今年、企画を担当したのは
インドのアーティスト集団ラクス・メディア・コレクティヴ。
アートを通じて世界中に蔓延する数々の問題に対抗する方法や、
他者を排斥することなく共生するための手段を考える展覧会です。

会場は横浜美術館と、プロット48(アンパンマンミュージアム跡地)、
日本郵船歴史博物館の3か所です。

2020年8月30日の日曜美術館
「光の破片をつかまえる-ヨコハマトリエンナーレ2020-」

放送日時 8月30日(日) 午前9時~9時45分
再放送  9月 6日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

3年ごとに開催され、今年で20年の節目をむかえる現代アートの祭典・横浜トリエンナーレ。今回は30を超える国と地域から67組のアーティストが参加する。キーワードは「光の破片をつかまえる」。世界で次々と起こる破壊や抑圧、暴力とどう向き合えばよいのか。そのヒントとなる「光」をアートを通じて見つけ出すのはサヘル・ローズ、篠原ともえ、小野正嗣の3人。果たしてどんな出会いが待っている?(日曜美術館ホームページより)

出演
サヘル・ローズ (俳優)
篠原ともえ (デザイナー・アーティスト)
小野 正嗣 (作家、早稲田大学教授)
新井 卓 (美術家)
岩井 優 (美術家)


番組で紹介された作品(一部)
「光の破片」を探しに

開催間近に新型コロナウイルスが流行したためにアーティストが来日できず、
仕上げの作業はスタッフが指示を仰ぎながら行ったそうです。
番組内では、チェン・ズ《パラドックスの窓》(2020)
設営の風景が一部紹介されました。

イヴァナ・フランケ《予期せぬ共鳴》2020
ニック・ケイヴ《回転する森》2016(2020年再制作)

横浜美術館は初めてだというサヘル・ローズさん。
最初に目に入ったのは、美術館を覆うグレーの布でした。
「メンテナンス中の幕かな?」と思いきや、これも作品。
遠目にはもやもやしたグレーですが、近くで見ると白いストライプが入っています。

それを超えると、そこら中にキラキラ光るオブジェが吊り下がった空間。
サヘルさんが「万華鏡ののよう」と感じた
ワクワクするような光景ですが、モビールのパーツの中には銃や弾丸、
平和を表すピースマークなど、見る人を驚きや思考に導くヒントが見え隠れ。
作者のケイヴは90年代から、アートを使って差別への問いを投げかけ続けているそうです。

エヴァ・ファブレガス《からみあい》2020

人間の腸のようにも見える赤やピンクや黄色の巨大なオブジェが
名前の通り絡み合いながら床を這ったり上から吊るされたりしています。
中に空気が入っているのか見た目よりも軽いようで、触って動かすこともできます。
想像と違う動きを楽しむ篠原ともえさんは「誰かをマッサージしてる感じ」と、
人の体に通じるものを感じていたようです。

ツェリン・シェルパ《54の知恵と慈悲》2013

チベット仏教の聖なる存在を描いたパネルを
縦6×横9のピースに分割して並べなおした作品。
篠原さんはこれを「アートだからこそできる表現方法」だと言います。
神聖で絶対的な存在がバラバラの、隙間だらけになった姿で現れることで
本来なら目立たない部分がクローズアップされたり、
本来中心になるはずの存在は形を失って存在感を無くしてしまったりと
見る側の視線も変化して行きます。


タウス・マハチェバ《目標の定量的無限性》2019-2020

器械体操の道具がが並べられた部屋ですが、
よく見ると道具はどれも歪で実際には使えないものばかり。
その中に立つと「なんで普通に出来ないの」「あの子は一度で出来たのに」…など
どこかで聞いたような言葉がいくつも聞こえてきます。

小野正嗣さんは大学の教員としての立場から
「教師がかけてはいけないNGワード集」だと言いますが、
誰もが指導される側として、一度は聞いたことがあるフレーズではないでしょうか。
人間の体が作りだす美しさの究極を作りだすために投げかけられる
負の言葉の数々をどのように解釈するべきか、
その言葉の上に生まれた美まで本当に美しいと言って良いのかと疑わしくなって、
「耳を押さえたいくらい」の怖さを感じたそうです。

中にはネガティブな言葉だけではなく
「貴方ならできる」などポジティブな言葉も紛れ込んでいて、
篠原さんは逃げ出したくなるようなひどい言葉の後で優しい言葉を聞くと
その場所に留まりたくなるような中毒性があると感じました。

サヘルさんは「もっと強くなりなさい」「貴女のためよ」などの台詞に
お母さんを思い出したそうです。
(実際、こんな言葉を親から聞かされた人は多いことでしょう)
小さいころのトラウマでもあった言葉をいまアートを通して聴くことで、
それらの言葉は「傷つけようとした言葉」ではなく
「強くなってもらいたい」という気持ちがあったと再解釈したそうです。


レボハング・ハンイェ《モショロコメディ・ワ・トラ(灯台守)》2017

オレンジ色のぼんやりした光が照らす薄暗い室内に
モノクロの写真がジオラマのように設置されています。
これらの写真は家族アルバムから切り抜かれたもので、
撮影された人々が撮影者に向けていただろう視線が
いまは作品を見るこちら側に向けられています。

作者の故郷は人種隔離政策(アパルトヘイト)の歴史をもつ南アフリカ。
この作品は写真の人たちの視線を通して、
彼らにその時向けられていた視線を意識させるものかもしれません。
サヘルさんは過去の歴史をアートとして昇華させたこの作品を
「痛みを乗り越えられた人たちだからこそ生み出せるアート」と評価しました。

新井卓《千の女のための多焦点モニュメンツ No.1~10》2020

指紋のような、繊維のかたまりのようなものを写した小さい写真が並んでいます。
その正体は、千人針の縫い玉をひとつひとつ拡大し、千の銀板写真に収めたもの。

千人針とは、一枚の布にたくさんの女性が一針ずつ糸を縫い付けたお守りで、日清・日露戦争のころ始まったと言われています。
作者の新井さんによると、もとは母親や奥さんたちが
「稼ぎ手である家族を兵隊にとられないように」という願いを込めたお守りで、
それが段々「弾除けのおまじない」になり、
最終的に政府が推奨して作らせるものになったんだそうです。

最初は個人的な祈りだったものが段々組織の中に飲み込まれていった千人針が
ひとつひとつ分解されて写真に収まったことで、
ひとつの玉結びを作った一人の女性の姿が再び現れるような気がします。

篠原さんは、自分が「千人針」という現象のある時代に生きていたら
きっと「凄い夢中でやっていたし、効果があると信じていたと思う」といいます。

岩井優《彗星たち》(参加型プログラム)2020

小野さんは今回、家のごみで装飾した紙袋のマスクをかぶって掃除を行い、
その体験をオンラインでシェアするというワークショップに参加しました。
「視野が限られているから作業に集中できる」そうですが、
文字通り狭い視野から何がごみに見えるのか、何を掃除するべきなのかと考えるうちに
「民族浄化」など極端に排他的な思想が生まれる危険性も見えてきました。

たとえば公園を掃除した人の場合、
人が捨てたものはゴミだと感じる一方、落ち葉はゴミだと思わなかったそうです。
この意識が「モノ」ではなく「ヒト」に向いたとしたら…?

作者の岩井さんは洗浄・清掃といった行為を通して
その背後にある意味を考える活動を行っており、
このワークショップは福島の除染作業の経験から思いついたものだそうです。

竹村京《修復されたXXXシリーズ》2015-2020

壊れた想い出の品を薄い布地で包んだ不思議な作品。
壊れた部分に施された光る糸は、クラゲの遺伝子を組み込んだ絹糸だそうです。
ものが絹だからか、変化を待つ繭か
SFに出てくる再生カプセルにも見えました。

篠原さんはこれらの作品に
捨てるしかないものに「何かをほどこしたい」という優しさを感じました。

青野文昭
《なおす・代用・合体・侵入・連置―沖縄で収集した廃船の復元》2020
《イエのおもかげ・箪笥の中の住居―東北の浜辺で収拾したドアの再生から》2020

90年代から「なおす」という行為を主題に
彫刻作品を発表してきた作者の新たな大型作品です。
漂着した船と使い古された家具を融合させた作品、
さらに東日本大震災の現場に残された家具同士を繋ぎ
さらにかつての姿を思わせるような形を与えた作品から、
サヘルさんは一度破壊されたものが再生されていくある種の希望の形を見たようです。

光の破片をつかまえる、ということ

会場内を歩き作品に触れることで、
鑑賞する人々は様々な気付きを得ることになります。
出演者が同じ作品を見てもそれぞれ違った感想を持ったように、
その気付きも同じものになるとは限りません。

自分がこの場にいたらどのような感想を持つのか
どのような「光」を見つけるのか
そんなことを考えさせられる回でした。


ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW―光の破片をつかまえる」(事前予約制)

横浜美術館(横浜市西区みなとみらい 3-4-1)
プロット48(横浜市西区みなとみらい 4-3-1)
日本郵船歴史博物館(横浜市中区海岸通3-9)

2020年7月17日(金)~10月11日(日)

毎週木曜日休場(7/23、8/13、10/8を除く)

10時~18時
※10/2(金)、10/3(土)、10/8(木)、10/9(金)、10/10(土)は21:00まで開場
※会期最終日の10/11(日)は20:00まで開場

一般 2,000円
大学生・専門学校生 1,200円
高校生 800円
中学生以下 無料・事前予約不要
※高校生以上は事前予約制

公式ホームページ