木彫や鍛鉄の技術を使って、本物と見紛うほど写実的な作品を作る
現代の名工たちを、小野さんと柴田さんが訪ねました。
2022年7月3日の日曜美術館
「現代の超絶技巧」
放送日時 7月3日(日) 午前9時~9時45分
再放送 未定
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
水を注ぐと花が開く仕掛けの木彫作品。鉄の一枚板から打ち出されたひょうたん。次々と新しいものが生まれては消えていく現代にあって、超絶技巧の持ち主たちは、正面からモノと向き合い、しっかりと見る。蛇はどうやってグネグネと動き、鳥はどうやって飛翔するのか、一つの形を生み出すための作業は解剖学であり生物学であり数学でもある。彼らのモノに対する眼差しと精緻な技の世界のドキュメント。(日曜美術館ホームページより)
2023年5月14日の日曜美術館で「現代の超絶技巧2」が放送されました
出演
大竹亮峯 (木彫家)
本郷真也 (鍛金家)
前原冬樹 (木彫家)
大竹亮峯(木彫)
関節などを本物同様に動かせる自在置物は、ふつうは金属でつくられますが、
大竹さんのつくる自在置物はなんと木製。
学生時代に「木彫で自在置物はできない」と言われたことがきっかけで
この道に進んだといいます。
最初に手掛けた作品は伊勢海老でした。
木を彫ってパーツを作り、クギ・ネジなどを使わずに組みたてる作業に
必要とした時間は11か月。
情報を集め、構造や仕組みなどを研究するために、その数倍の時間がかかっています。
長い時間をかけて情報を集める粘り強さは、
不可能と言われていたことを実現する力にも通じるのかもしれません。
《眼鏡饅頭蟹》
小野さんが「どこの海からとってきたんですか」と言ったこの作品は、
まん丸い姿からマンジュウガニとも呼ばれるカラッパをモデルにしたもの。
甲羅の下にハサミと脚をぴったり収めて丸くなった状態から、
関節を伸ばして立ちあがらせることもできます。
左右のハサミの大きさの違い(巻貝を食べるために進化したんだとか)など、
蟹の生態を説明しながら曲げ伸ばしして見せてくれる大竹さんからは
カラッパへの深い知識と愛情が伝わってきました。
《月光》
夏目漱石の有名なエピソード「月がきれいですね」を形にした作品で、
一輪挿しの壁掛けに月下美人の花を活けたような形をしています。
本体の部分に水を注ぐと水を吸った木材が膨らむことで徐々に蕾が開き、
ともにいる人と月を眺める時間の演出にもなっているんだとか。
光が透けるほど薄い花びらには鹿の角を、
本体部分には貴重な神代杉を使用しています。
本郷真也(鐵鍛金)
鍛金とは、金属を叩いて形を整える技法。
普通は常温でも加工できる柔らかい鉄を使うのですが、
本郷さんはあえて工業用の堅い鉄を使うことでより繊細でリアルな表現を可能にしました。
小野さんもバーナーで真っ赤に熱した鉄を折り曲げる作業を体験。
温度が十分に上がっている(およそ1,000度!)ほんの30秒のあいだだけ
加工が可能になる鉄の板は、金挟みでつかんでいる間にも硬さを取り戻していきました。
鐵という固い素材を扱うには、絶対に「この形にするんだ」という
強い意志を持たなければ素材に負けてしまうと、本郷さんは語っています。
《環 岩上に蜥蜴》
鐵の一枚板から打ち出した作品です。
岩の上に乗っているように見えるトカゲも同じ金属から打ち出されたもので、
裏返してみると本当にトカゲの形にへこんでいることがわかります。
岩の部分と比べて、ひとつながりになっているのが信じられないほど立体感があり、
質感も全く違うように見えるのですが…
鉄錆の黒一色の世界でそのものの色味や気配を表現したいという本郷さんは、
ほかにもカボチャの蔓・葉・実、鳥の羽毛、老犬の骨が浮いた皮膚など
さまざまなものの質感を作り分けてみせます。
転機となった作品 ― 山田宗美《鉄打出兎置物》
本郷さんの作品を一通り見て説明を受けた後も
「どうやって作るのか見当がつかない」という小野さんですが、
本郷さんが鍛金家を志したきっかけにも同じ疑問があったそうです。
予備校時代に明治時代の作品《鉄打出兎置物》(加賀市美術館蔵)を見て
「一枚の板からなんでこうなる?」と思ったのが始まりで、
身近な生物をモデルにしてよりリアルな生命の表現を追求してきた本郷さん。
現在は竜の自在置物に挑戦しています。
やはり一枚の板から各パーツを打ち出した説得力のある竜の形は、
動物の体のつくりを研究した成果でしょうか。
前原冬樹(木彫)
前原さんは、プロボクサーを引退後、32歳で日本芸術大学に入学。
在学中は油絵を学び、卒業後は木彫の道に進んだ珍しい経歴のアーティストです。
木から彫りだされるのは、錆びた鉄や欠けた焼物など、役目を終えたものたち。
朽ちていくもの・はかなく散っていくものが持つ達観した味わいや強さに
美を感じるという前原さんの仕事場では、
モデルとなるかもしれない沢山の物たちが出番を待っていました。
誰かに使われた物の固有の痕跡を細かいところまで丁寧に写した作品は、
基本的に一塊の木から彫りだされたものです。
《一刻 梅蕾》
割れた茶碗の上に梅の枝が乗っている…ように見えますが、
すべて一本の角材から削り出されたもので、逆さまにしても枝が落ちることはありません。
元は今よりも一本枝が多かったのですが、枝の細さが災いして折れてしまったそうです。
(木の枝部分なので、リアルな折れ口のように見えます)
硬そうなタイルとしなびた兎林檎を表現した《一刻 タイルと兎林檎》も
一本の木から彫りだされた一体型の作品で、
ひっくり返しても動かないのがいっそ不思議でした。
前原さんは必ずしも一本の木からすべてを彫りだす形に拘っているわけではありませんが、
修正が難しい条件で制作する緊張は作品をより良くし、見る人を感動させると考えています。
《一刻 手に筆》
筆を持って作業する自らの手を写した代表作。
よく見ると肌に木目が見えて木だとわかるのに、
手のシワや緊張感のある指の形など、人間の手そのものにしか見えません。
手と筆以外の部分が省略され、
手首より下に行くにつれて木材そのものがむき出しになっていくのですが、
このことが逆に全神経が筆先へ集中している様子を強調しているようにも見えます。