日曜美術館「そして、樹(き)がひとと重なる 彫刻家・棚田康司」(2023.10.15)

2023年の第30回平櫛田中賞に選ばれた《つづら折りの少女 その4》の作者・棚田康司さんは、全てを一本の丸太から彫り出す「一木造り」で繊細な表情の少年少女の像を制作しています。
日曜美術館では、個展に展示する新作2体の制作現場を追いかけました。

2023年10月15日の日曜美術館
「そして、樹(き)がひとと重なる 彫刻家・棚田康司」

放送日時 10月15日(日) 午前9時~9時45分
再放送  10月22日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

彫刻家・棚田康司、54歳。一本の木から彫り出す少年少女などの人間像は、神秘的な存在感を放ち、今年、木彫界の最高峰「平櫛田中賞」を受賞した。棚田は人間の深い闇を感じさせる作品で若くして注目を浴びるが、壁にぶつかる。そして、模索の中からたどり着いたのが、日本古来の「一木造り」だった。この夏、棚田は新作に挑んだ。格差や戦争…分断が世界に広がる時代、そして木に宿る命と向き合いながら格闘する姿に密着した。(日曜美術館ホームページより)

出演
棚田康司 (彫刻家)
棚田恭子 (妻)
棚田俵一 (息子)
山口慎吾 (製材会社社長)
三沢厚彦 (彫刻家)
水沢勉 (美術評論家)
岡本梓 (市立伊丹ミュージアム学芸員)


棚田康司と「一木造り(いちぼくづくり)」

彫刻家の棚田康司さんは、1968年に兵庫県明石市で生まれました。
棚田さんのお爺さんは木彫を趣味にしていて、身の回りに彫刻が多かったといいます。
成長した棚田さんは東京造形大学と東京藝術大学大学院で彫刻を学び、20代半ばで彫刻家として活動をはじめました。

棚田さんの初期作品は、自分自身の闇をのぞき込むような作品が中心でした。
当時の代表作である《内的凶暴性》(1998)は自分の体から型を取って制作したもので、目隠しをしたマスクや赤く染まった指先など、不穏な印象を与える形です。
当時は松本サリン事件(1994)地下鉄サリン事件(1995)そして阪神淡路大震災(1995)といった出来事があった時代。
棚田さんは「時代の不安感」に反応していたといいます。

自分の中にも暴力性があるのかもしれない、という不安は「自分とは何か」という問いになり、メッセージ性のある過激な作品は注目を集めました。
その一方で棚田さん自身は制作に行き詰まり、日本を離れて考え直す必要を感じるようになりました。

2001年、棚田さんは文化庁の在外研究員として家族とともにドイツのベルリンに7カ月滞在することになりました。
この時、息子の俵太さんが通っていた学校のブナの木が伐採されることになり、悲しむ子どもたちの姿を見た棚田さんは、木を特別な存在として思いやる感性の存在に気が付きます。
棚田さんは切り倒されたブナの木を家の形に切って子どもたちにプレゼントし、とても喜ばれたそうです。

一本の木を別の形にして、その命を再び生かす。
そのために選んだ方法が、ひとつの木材から彫刻の全身を丸ごと彫り出す原始的な木彫技法でした。
この技法は日本では奈良時代後期から平安時代前期の仏像に見られ「一木造(いちぼくづくり)」と呼ばれています。

彫刻家の三沢厚彦さんが「木の立ち姿みたいなものを作品の中にフィーチャー」していると評する棚田さんの作品は、木材の中にこめられている姿を探して「この木だからこそこの像が出てきた」と思える作品を追究するもの。
作品を作る時も、丸太を見ている時間は長いんだそうです。


棚田康司と兵庫県伊丹市の新庁舎

《暦のトルソ 桜の少女》《薔薇と乙女》ほか1点

2022年に建てられた兵庫県伊丹市の新市庁舎に、棚田さんの作品が収められています。
こちらの作品のはじまりも、木の命を再生するプロジェクトでした。
現在の新庁舎は旧庁舎の向かいにあった緑地に建てられていて、建設の際に市民が親しんでいた木を伐採することになりました。
切り倒された木々を再び活かすため、兵庫県にゆかりのある2人の現代彫刻家(棚田さんと三沢厚彦さん)が、建設地にあったクスノキを使って6点の彫刻を制作しています。
棚田さんが制作したのは《暦のトルソ 桜の少女》《薔薇と乙女》《ヴィオレ》(いずれも2022)の3点です。

プロジェクトの途中で、伐採した木には共通して年輪の中に黒ずんだ層があることがわかりました。
市立伊丹ミュージアムの岡本梓さんによれば、阪神淡路大震災の年にできた層である可能性があるとのこと。
(残念ながら、はっきりしたことは分かっていません)
棚田さんはこの黒い年輪を絵具で隠さず残しました。
日曜美術館で紹介された《暦のトルソ 桜の少女》と《薔薇と乙女》には、黒い部分がはっきりと現れています。

黒ずみは木材としてはマイナスポイントですが、この土地だからこそ生まれた個性と思えば重要な価値になります。
新しい命を得たクスノキは、これからも長く市の歴史を見守ってくれることでしょう。


棚田康司2023年の新作 ―《宙を取り込むように》と《地上を取り込むように》(2023)

第30回平櫛田中賞《つづら折りの少女 その4》

2023年、棚田さんの彫刻《つづら折りの少女 その4》(2021)が第30回平櫛田中賞に選ばれました。
優れた彫刻家を顕彰する平櫛田中賞は、彫刻家・平櫛田中(1872-1979)が彫刻界の発展のために行った寄附をもとに、田中の故郷である岡山県井原市が主催して1972年に設立されました。
公募ではなく、美術評論家・彫刻家などの選考委員の推薦した中から選ばれます。
棚田さんは2019年以来、4年ぶりの受賞者となりました。

受賞作《つづら折りの少女 その4》は、山の稜線のようなひだのあるワンピースを着た少女の像です。
「木彫における伝統性と現代性を高いレベルで融合させていること」が評価され、受賞が決定しました。

個展のための新作 ― モチーフは「縄跳び」

2023年秋の個展のための新作づくりは、6月からはじまりました。
棚田さんの作業場は小田原市の製材所の中にあり、材料になる丸太も同じ製材所で仕入れます。
丸太を選ぶときに気を付けているのは「自分より年上の木を選ぶ」こと。
まず大まかな形を削り出しながら、丸太の中にある自分の作りたいイメージを探していきます。

荒削り状態の新作が茅ヶ崎市のアトリエまで運ばれて、本格的な制作のスタートです。
世界的に「不穏な感じ」がたちこめる2023年、新作のモチーフは「縄跳び」になりました。
人と人との格差から国同士のいさかいまで、はっきりするほどイザコザが起きるのが境界。
それを飛び越えて、縄(境界線)の中に「お入りなさい」と他者を招く、ダイナミックな縄跳びです。

ポーズのモデルとして、俵太さん(現在会社員)も協力しています。
(背骨の歪みが発覚して「整体に行け」と言われたとか…)
俵太さんの存在は、棚田さんが作品の方向性を定める上でも重要でした。
当時未成年だった俵太さんを通して「大人」と「子ども」の間で揺らぐ存在を発見した棚田さんは、不安定な「少年少女」を通じて逆に「人間存在の強さ」を表現することを考えたといいます。


表情の「壁」

棚田さんの制作過程で「必ず来る壁」が顔。
同じ彫刻家の学生だった妻の恭子さんも「自信満々で彫ってるなんてこと無いと思いますよ」と語るほど、毎回試行錯誤の繰り返しなんだそうです。
日曜美術館でも、目の部分をシャープペンで描いてみては消しゴムで消し…と修正を繰り返す様子が放送されました。

「納得ができない顔」の複雑な表情を目指し、顔が決まるまで1週間以上の時間がかかったようです。
9月の上旬には恭子さんと共同で下地の色塗りがほどこされ、最後に棚田さんが陰影や血色などの仕上げをして、繊細な表情の像が完成しました。

全てを取り込む巨大縄跳びの完成

そして10月5日、オープン前日の会場で2体の像に「縄跳びの縄」を装着。
走り飛びをしている《宙を取り込むように》には上向きにアーチを描くステンレスの縄が渡され、縄が宙を舞う一瞬の姿をとらえています。
両手を下げたポーズの《地上を取り込むように》は会場の床にぐるりと円を描くほど長いロープを持ち、見る人に対しても「お入りなさい」と誘っているようです。

《地上を取り込むように》の縄の中には《宙を取り込むように》と会場の柱も巻き込まれ、まだ輪の中に入っていないすべてのものを取り込んで広がっていくような可能性を感じさせます。


第30回平櫛田中賞受賞記念展
棚田康司ー線上に幅を 空間に愛をー

《つづら折りの少女 その4》《宙を取り込むように》《地上を取り込むように》をはじめ、棚田さんの自選作品が初期から最新作まで20点以上展示されます。

井原市立平櫛田中美術館(岡山県井原市井原町315)

2023年10月6日(金)~11月26日(日)

9時~17時 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館(祝日の場合は開館し、翌平日休館)

一般 1,000円
高校生以下・市内在住の65歳以上 無料

公式ホームページ

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