現代美術家の杉本博司さんが
「古代人のメンタリティを感じられるような」場所を目指して建設中のアート施設
「江之浦測候所」を、小野正嗣さんが訪ねました。
杉本さんは《ジオラマ》《シロクマ》(ともに1976)など
アメリカ自然史博物館の剥製を生きているかのような写真に仕上げた写真家、
MOA美術館を設計した建築家、さらに最近は舞台演出家など、
様々な分野で活躍しています。
2020年9月27日の日曜美術館で、
同じく現代美術家の宮島達夫さんと対談したこともありました。
2022年7月10日の日曜美術館
「杉本博司 江之浦測候所奇譚(きたん)」
放送日時 7月10日(日) 午前9時~9時45分
再放送 7月17日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
世界的アーティスト・杉本博司が自らの「遺作」として神奈川県小田原市に作っている巨大アート施設・江之浦測候所。冬至の日の出の光が突き抜ける隧道。日本各地から集められた有名無名の石。今年3月には海を背に建てた朱塗りの社に、奈良・春日大社から神霊を招いた。「五千年後に遺跡としていかに美しく残るか」を考えているという杉本は、石に取りつかれ、骨董に呼ばれていると、不思議な体験を夜明けまで語るのだった…。(日曜美術館ホームページより)
出演
小野正嗣 (作家、早稲田大学教授)
杉本博司 (現代美術作家)
瀬戸孝平 (根府川石採掘場責任者)
杉浦博司さん(1948-)と江之浦測候所(えのうらそっこうじょ)
東京・御徒町の商家に生まれた杉浦さんは、子どものころから
「世の中は本当にあるのだろうか?」という疑問を持っていたそうです。
そんな杉浦少年がのめりこんだのが、鉄道模型やジオラマの制作。
世界の「ひな形」を作ることで「世界はある」と証明する試みだったのかもしれません。
大人になってもその感覚を忘れなかった杉浦さんは、
「江之浦測候所」という形で、より規模とスケールの大きいジオラマを作っています。
2017年にオープンした江之浦測候所は
相模湾をのぞむ箱根山のふもと、元はミカン畑だった場所にあります。
1万2千坪もある敷地内にいくつものオブジェや建築が立ち並ぶアート施設ですが、
杉本さんによればこの施設全体が「終生をかけたアート作品」。
めざす完成形はピラミッドのような文明の痕跡・美しい遺跡だという江之浦測候所は、
5千年後の「竣工」にむけて現在も増築が続いています。
日の光を「測候」する場所
江之浦測候所の「測候」とは、天文や気象を観測することです。
文明の始まりは「天空のうちにある自身の場を確認する作業」からはじまり、
アートの期限も同じところにあると考える杉本さんは、アイルランドのニューグレンジ
(冬至の朝日が細長い通路から奥の部屋に差し込むように設計された先史時代の遺跡)
を参考に、夏至と冬至の日の光を取り入れた施設をつくりました。
夏至光遥拝100メートルギャラリー
細長いギャラリーは、片方の壁が石づくりで
もう片方の壁は全面がガラス窓になっています。
石壁には杉本さんの写真作品《海景》のシリーズが並び、
ガラスのむこうには相模産の風景が広がる、過去の海と現在の海が同時に存在する世界。
一年に一度の夏至の朝には、ギャラリー全体が太陽の光が通り抜ける通路になります。
冬至光遥拝隧道
こちらは冬至の朝日が通り抜ける鉄のトンネルで、長さは70メートルあります。
上を歩くこともできるようですが…手すりなどはなくかなりスリリング。
隧道の中にある「光の井戸」は地上に設けられたもうひとつの井戸とつながっていて、
雨の日は光の粒が落ちてくるように見えるそうです。
江之浦測候所を訪れた日に都合よく雨が降るとは限りませんが、
そこも含めて自然にあわせた時間感覚を取り戻す試みなのかもしれません。
江之浦測候所にやってきた石たち
石の声を聴いているという杉本さんは、江之浦測候所にも
新しく切り出された石、歴史ある寺院に使われていた石と、
いろいろな石をお迎えしています。
(石の方から「ここに住みたい」とやって来るんだとか…)
小田原にある根府川石(石碑・敷石などに使われる灰黒色の輝石安山岩)の採掘場では
半日も石を見ていることがあるそうです。
杉本さんと石屋さんの違いは、石を芸術的にみているか墓石として見ているかだと、
採掘場責任者の瀬戸孝平さんは語っています。
建築家の安藤忠雄さんには「石フェチ」と言われたこともあるとのこと…
内山永久寺十三重塔(鎌倉時代)
廃仏毀釈によって失われた奈良県天理市の寺院に、かつて建てられていた石塔です。
発見されたときはバラバラの状態で、
奈良にある石屋さんの廃材置き場に置かれていました。
塔身に刻まれた梵字を鎌倉ごろのものだと気づいた杉本さんが周りを探したら、
なんと全てのパーツが揃っていたそうです。
石の方から声をかけてくるなんてことも、
本当にあるのかもしれない…と思わせるエピソードでした。
過去の歴史を語る石と、これからの歴史となる石
日曜美術館ではこの他にも、東大寺にあった七重塔礎石(奈良時代)や、
信長の焼き討ちで焼け残った比叡山・日吉大社の礎石、
広島に原爆が落とされた際に爆心地近くに残されていた被曝宝塔塔身など、
歴史を体現するような石たちが紹介されました。
もちろん集まってきた石の中には、
江之浦測候所を造成する際に出てきた石も入っています。
それら(およそ24トン)を組んで作られた石舞台は本舞台から橋掛かりまで含めて
実際の能舞台と同じ寸法になっており、実際に能が上演されたこともあります。
新たな石造物として生まれ変わった石たちは、
未来の歴史の語り手になるのかもしれません。
信仰とアートを結ぶ時間
「古代人のメンタリティが自分のアーティスティックな発想の原点」
だという杉本さんは、現代美術家であると同時に
ニューヨークで古美術商を営んでいたこともある古美術の専門家でもあります。
化石窟
もとミカン農家の作業小屋に
ニューヨークで使っていた「古美術 杉本」の看板をかけた建物に入ると、
そこにはこの場所で実際に使われていた農具と
化石のコレクション(約4億5千年前にナミビアに落下したギベオン隕鉄も)が並んでいます。
窓から見えるクスノキの根元にできたうろの中には、
縄文時代の石棒(男性器をかたどったと思われる祭具)が納められ、
5~60年前の農具、縄文時代の祭具、数億年前の生命の痕跡と、
生命と物質の積み重ねた長い歴史からバラバラの時間を切り取って飾ったように見えます。
江之浦測候所の春日社
2022年3月27日、春日大社の花山院弘匡宮司も参列して、
江之浦測候所の社に春日の神霊をお迎えする儀式が行われました。
古美術を収集するうちに春日信仰に関するものが多く集まってくるようになったという
杉本さんたっての希望で勧請された神様は、
毎日お供え物をささげ、月ごとのお祭り、年に一度の大祭、と
この土地で祀られ続けることになります。
小野さんからは「これはアートなのか?」という疑問が出ていますが、
杉本さんは「心の支えを表現するのがアート」であり、
宗教とアートは近しいものである、という考えです。
5000年後に遺跡として完成した江之浦測候所は、
こちらの神様に捧げられた神域になっているかもしれません。
江之浦測候所(神奈川県小田原市江之浦362-1)
中学生未満(乳幼児含む)は入場できません。
事前予約・入替制
※入場は各回終了時刻の45分前まで
午前の部 10時~13時
午後の部 13時30分~16時30分
夕景の部 17:00~19:00 (8月の土・日・月曜日限定。「竹林エリア」の見学は不可)
火・水曜日、年末年始休館
※臨時休館日あり
インターネットによる事前購入
(クレジットカード払いは2日前、セブンイレブン払いは3日前まで受付可能)
午前の部&午後の部 3,300円
夕景の部 2,200円
当日券(当日の午前9時より電話でのみ予約可能)
午前の部&午後の部: 3,850円 夕景の部: 2,750円