日曜美術館「まなざしのヒント 深掘り!浮世絵の見方」(2023.12.3)

太田記念美術館の展覧会で、浮世絵の見方をレクチャー。
浮世絵の注目ポイントを「色」「線」「浮世」の3点から解説します。

2023年12月3日の日曜美術館
「まなざしのヒント 深掘り!浮世絵の見方」

放送日時 12月3日(日) 午前9時~9時45分
再放送  12月10日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

美術の楽しみ方を実践的に学ぶ好評シリーズ「まなざしのヒント」。4回目のテーマは江戸時代に誕生した「浮世絵」。葛飾北斎や歌川広重の風景画、喜多川歌麿の美人画など誰もが知る傑作を教材に、絵師だけでなく彫師、摺師、版元などの視点からその魅力と鑑賞のポイントを紐解いていく。講師は太田記念美術館学芸員の日野原健司さんと、漫画家のしりあがり寿さん。日本が世界に誇るアート「浮世絵」の面白さに刮目!(日曜美術館ホームページより)

講師
日野原健司 (太田記念美術館主任学芸員)
しりあがり寿 (漫画家)

生徒
金村美玖 (日向坂46)
梶裕貴 (声優)


浮世絵の「色を味わう」(1時間目)

浮世絵(木版画)の色は、まず絵師(元の絵を描いた人)が決めた色を摺師(紙に摺る人)に伝え、摺師が絵師が思う色に近づけるように絵具を調合します。
美しい色を出すためには、摺師の技術が重要です。

葛飾北斎《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》1830~31頃

世界一有名な浮世絵師・葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》。
小舟を翻弄する巨大な波が崩れ落ちる瞬間をとらえています。

波の青が印象的ですが、実際に使っている色はわずか8色なんだそうです。
(同じ色の濃淡を一色と数えるなら、もっと少なくなります)
こうした手間とコストの削減で、浮世絵は庶民が手に取りやすい価格(今の価格で500円~1,000円くらい)で提供されました。

鮮やかな波の青は、プロイセンで作られた化学染料のベロ藍(ベルリンブルー、プルシアンブルーとも)です。
ベロ藍はそれまで使われていた植物性の青(本藍や露草など)よりも発色が鮮明かつ褪色しないため、当時の江戸で大流行しました。

青い波を前に出す方法

しりあがり寿さんが、《神奈川沖浪裏》を例に、青を使うテクニックについて教えてくれました。

青という色は後退色(実際よりも遠くにあるように見える色)で、迫力や前に迫ってくる印象が出し難い色です。
しかしながら描く方は、メインである波に「ドンと来てほしい」。
そこで《神奈川沖浪裏》では、背景の空に淡い茶色と灰色を使うことで波の青が前に出てくるような奥行きのある画面を作っています。
奥行きを出すための色使いということは、実際の神奈川沖の空は「すごい晴れてたかもしれない」と、しりあがりさんは言います。

また、濃淡のベロ藍がストライプのように使った波の表現も、ダイナミックな動きを感じさせて人の目を惹きつけます。
同じようにベロ藍を使った水の表現でも、歌川広重の《名所江戸百景 玉川堤の花》(1856)の川は岸辺から中心にかけてグラデーションがかけられ、前面に出てこないかわりに川の深さを想像させる仕上がりになっていました。

浮世絵の増刷(課題)

木版画の浮世絵は、同じ版木で同じ絵を何枚も摺る大量生産ですが、色々な理由から完全に同じ絵にはなりません。
ここでは課題として、同じ版画2枚を比べて先に摺られたのはどちらか考えることになりました。
お題は、歌川広重《木曽海道六拾九次之内 四拾 須原》(1836~37頃)。
突然降り出した激しい雨と、それに慌てる人々の姿が見どころです。
教材になった2枚は、片方が線が太くくっきりした印象で、もう片方は繊細で穏やかな印象でした。

摺の新旧を見分けるポイントとして日野原さんが指摘したのは、線の太さでした。
輪郭の線が太くくっきり見えるのは、何度も使われた版木が擦り減って細かい線がつぶれたせいで、つまり線が太い方が後で摺られたそうです。

また似たような色を使い分けず1色で摺ってしまったり摺りがずれていたりといった手抜き・失敗も後に摺られた方によく見られる特徴。
チェック体制が整っていないから手を抜かれたのか、作品が人気すぎて摺りが追い付かなくなったのか…気になるところですね。


浮世絵の「線に驚く」(2時間目)

浮世絵の輪郭線は、彫師(版木を彫る人)の担当です。
顔料をつける部分を出っ張らせた凸版ですから、細い線を綺麗に彫るのは高い技術が必要になります。
けれども、線が線として主張するようでは、見る側にとって美しい絵になりません。
しりあがりさんは「線の目的は、線を見せなくすること」だと言っています。
絵の中の線はあくまでも「人」や「物」の形を構成するものなのです。

歌川広重《名所江戸百景 大はしあたけの夕立》1857

叙情的な名所絵で有名な歌川広重の大ヒットシリーズのひとつ。
突然の雨に襲われた人々が橋の上を急ぐ姿を遠くから見たように描いたこの作品は、角度と太さの違う2種類の斜線が全体にかけられて、雨の激しさと画面の奥行きを表現しています。
雨の線が太すぎると下の絵が見えなくなるため、線の細さが重要です。

日曜美術館に登場した雨の版木(現代復刻版)は2種類の線を表と裏に彫ってあり(これもコスト削減の一環なんだとか…)、より細い線の版木は断面が三角形に見えるほどでした。

歌川国貞(三代豊国)《東海道五十三次の内 白須賀 猫塚》1852

人物画を得意とした江戸の大人気絵師・歌川国貞が、歌舞伎役者と東海道の宿場を組み合わせた名所絵シリーズより。
三代目尾上菊五郎扮する化け猫は、髪の毛の部分がモフモフした白い毛皮になっています。
この柔らかさを演出するのは、毛の一本一本を生え際から毛先まで続く細い曲線で表現する「毛割(けわり)」の技法で、《白須賀 猫塚》では1㎜の間に3~4本の線が仕込まれているんだとか。

《白須賀 猫塚》の版木を彫ったのは当時18歳の小泉巳之吉という彫師で、絵の中にも「彫巳の(ほりみの)」の印が入っています。


浮世絵の「浮世とは?」

浮世とは「世の中」を意味する言葉で、今の時代や世間を指します。
故に当時の風景や人々の様子を描いた絵を「浮世絵」と呼ぶのですが、絵の中の浮世はただありのままの現実を写したものではありません。
ここで表現しているのは、見る人が「ウキウキする」楽しい世の中だと日野原さんは語っています。

歌川国貞(三代豊国)《今様見立士農工商 商人》

描かれているのは「名所江戸百景」の版元でもある絵草紙問屋・魚屋栄吉(魚栄)の店先です。
この店は江戸の下谷新黒門町にありました。
色鮮やかな浮世絵が並ぶ様子はそれだけで華やか。
さらに登場人物は売り手・買い手・通行人もすべて女性になっています。
もちろん実際のお店に女性しかいなかったわけではなく、お店の宣伝を兼ねて女性を配置しているそうで、今で言うなら女性誌のモデルのようなものでしょうか。

浮世絵の版元は、どんな絵を売り出すかという企画を立て、絵師・彫師・摺師に注文を出し、売り出しまで手掛ける制作の中心です。
(絵師も描きたい物を好きに描くアーティストではなく、あくまでも職人でした)
売る以上は利益を上げなければならないので、常に新しくみんなに受け入れられるアイデアを出さなければなりません。
こうした版元たちは、当時の江戸の流行を作る文化の中心でした。
歌麿や写楽をプロデュースした蔦屋重三郎などが有名です。

浮世の風俗・流行を探す(課題)

江戸末期から明治初期の浮世絵に描かれた「浮世」から、当時の風俗や流行を探す課題。
教材は落合芳幾・三代歌川広重《隅田川 花の賑い》(1871)と、歌川国貞(三代豊国 )《十二月ノ内 水無月 土用干》(1854)です。

《隅田川 花の賑い》は明治初期のお花見スポットを描いたもの。
川に浮かぶ舟には着飾った花魁や芸者が乗って姸を競い、遠くの岸には酒や食べ物を売る出店が。
帽子など洋装のアイテムを身につけた人もいて、西洋化が始まっていることを感じます。
一方、酔って暴れる人もいるようで、この辺りは時代が変わっても改善されていません。

《十二月ノ内 水無月 土用干》は旧暦の7月ごろにおこなわれる土用干しの風景です。
しまってあった着物を広げる女性たちが忙しく働いている中、真ん中で座る女性は浴衣姿でくつろいだ様子。
近くには大皿に盛ったカットスイカ(爪楊枝付き)も用意されて、優雅な夏を満喫しているようです。
お金持ちのマダムが一休みしながら、女中さんたちを監督している図でしょうか?


「深掘り! 浮世絵の見方」(太田記念美術館)

東京都渋谷区神宮前1-10-10

2023年12月1日(金)~12月24日(日)

10時30分~17時30分 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館

一般 1,000円
大学・高校生 700円
中学生(15歳)以下 無料

公式ホームページ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする