日曜美術館「伝統は生まれ進化する 〜第70回 日本伝統工芸展〜」(2023.9.17)

今年も日本伝統工芸展の季節がやってきました。
1954年の第1回から数えて70回の節目にあたる2023年、日曜美術館は全国から集まった一般公募作品1,112点から選ばれた19点の入選作品を紹介しています。

2023年9月17日の日曜美術館
「伝統は生まれ進化する 〜第70回 日本伝統工芸展〜」

放送日時 9月17日(日) 午前9時~9時45分
再放送  9月24日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

日本最高峰の匠たちの技と美が結集する日本伝統工芸展。戦後、工芸技術の継承と次世代の育成を目的に始まり、今年70回の節目を迎えた。展覧会では陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸の7部門で選ばれた550点あまりが、全国を巡る。培った技とセンスで未来へとつながる創作に挑んだ匠たち。アトリエ訪問も交えながら入賞した19点すべてを紹介。伝統工芸の今とこれからを見つめる。(日曜美術館ホームページより)

出演
室瀬和美 (漆芸家、日本伝統工芸会副理事長)
松本達弥 (漆芸家)
鈴田清人 (染色家)
中村弘峰 (人形師)
宇佐美成治 (陶芸家)
福嶋則夫 (木工職人)


アトリエ訪問

漆芸
松本達弥《彫漆箱「遥かに」》(日本工芸会総裁賞)

今回の最高賞を受賞した作品。
滑らかな黒漆の地に映える白・青・藍とグラデーションの波は、色漆を塗り重ねて乾燥させたものを彫って色の層を見せる「調漆」の技法で作られています。
作品に使われた色の種類は50色に及びますが、重ねた厚さは2mm以下の薄さです。
波間には金・青貝・真珠が置かれて、波の飛沫と煌めきが再現されています。

松本さんの工房は、千葉県松戸市のマンションの一室にあります。
中は仕事道具や資料が整然と並ぶ仕事場になっていて、訪問した柴田さんが外と中のギャップに驚くほど。
高校卒業後、故郷香川の漆芸研究所で学んだ松本さんは、28歳で独立しました。

傷んだ文化財の修復にも携わっている松元さんは、昔の職人の仕事からヒントを得ることもあるんだとか。
受賞作「遥かに」の海原の景色も、南宋時代の堆黒(黒漆と朱漆の層を作った上に黒漆を塗り、文様を彫刻する漆芸の技法。中国では「剔犀」)の作品からヒントを得たそうです。

箱の内側には、波の上を悠々と飛ぶカモメの姿が。
新たな挑戦のために、海をこえてどこにでも飛んでいく、松本さんの決意が込められています。


染織
鈴田清人《木版摺更紗着物「蒼晶」》(日本工芸会新人賞)

植物の葉が重なり合う様子を文様化し、青とグレーの涼しげな着物に仕上げています。
モデルは作者の鈴田さんの自宅の庭に群生するつわぶき。
スケッチを重ねて葉の形を単純化し、完成した文様をコンピュータに読み込んで配色や構成を決めるそうです。

「木版摺更紗」は布に木製の判を押すようにして文様を作り、その上から更に型紙を重ねて色を付ける技法。
文様の輪郭線をつける「地形」と、細かい文様をつける「上形」の二種類を使い分けます。
ひとつの文様には同じ形を4方向から押し、着物一枚に柄をつけるためには3000回判を押す必要があります。

木版摺更紗のルーツは佐賀鍋島藩の特産品だった「鍋島更紗」です。
大正時代に後継者が途絶えたため、鍋島更紗の技法は失われていますが、昭和40年代に鈴田さんのお爺さんにあたる鈴田照次さんが復元。
鈴田さんは金沢美術工芸大学で焼き物と染色を学んだ後、2代目のお父さんに弟子入りし、木版摺り更紗の3代目になりました。

「蒼晶」の彩色は、グラデーションを作る色それぞれの違いがはっきりとわかる形紙ならではの効果を意識しています。
受け継いだ伝統の技で次はどのような作品を作るか、これまでの更紗からどのように変化させるか、鈴田さんはもう次の目標に向かっているようです。


人形
中村弘峰《陶彫彩色「霧笛」》(朝日新聞社賞)

笛を手にたたずむのは、伎楽に登場する貴公子です。
白・グレー・淡い水色といった涼やかな色彩、首の角度や指一本の表情までこだわったポーズが、霧の立ち込める冷たい空気の中で響く笛の音を想像させます。
作者の中村さんは、素材の粘土が柔らかいうちに何度も動かして人形が内在するストーリーを考えるそうです。

中村さんは100年以上の歴史をもつ博多人形工房の4代目。
代々ひとつの名前を襲名することなく、各々がその時代に合わせた人形を追求してきました。
東京藝術大学で彫刻を学んだあと人形師になった中村さんは、何を作ればよいのかと迷った時期もあったそうです。

中村さんの転機になったのは7年前、我が子の5歳の節句に作った五月人形。
「新しい五月人形を息子のために作れなかったら、作家にはもうなれないんじゃないかと思った」というほど思いつめた中村さんがたどりついたのは伝統的な桃太郎ではなく、現代の英雄としての野球選手でした。
子どもの健康と幸せを願う五月人形に現代的な要素を取り込み、仲間に指示を出すキャッチャーの姿が完成しました。

中村さんは10年前、同じ呉公をモチーフにした《陶彫彩色「蒼森」》で第60回日本伝統工芸展の新人賞を受賞しています。
今回の「霧笛」はその「10年経過した姿を出現させたい」という発想がもとになりました。
色味も抑え、より大人っぽく成長した呉公の姿に、受け継がれるのではなく更に成長する伝統工芸の未来が重なります。


陶芸
宇佐美成治《彩泥線紋鉢「花びらだんす」》(日本工芸会奨励賞)

大きく開いた口縁部と小さくすぼまった底面部、それを結ぶ線はふくらみが少なく、横から見ると逆三角形に近いすっきりした形の大鉢です。
ブルー・ピンク・ペパーミントなど、淡い色で透明感のある化粧土を筆で置き重ねた表面は、複数の色が重なって奥行きを作ります。
化粧土の下に隠れたベースは黒で、化粧土を針で削ると黒い線が現れます。
器の外側は花びらの輪郭線を削り出し、ステンドグラスのような雰囲気になっています。

作者の宇佐美さんは、工芸の世界に入って13年目。
元は家電メーカーのインダストリアルデザイナーとして、何度もグッドデザイン賞を受賞しています。
定年後してから本格的に陶芸を始めた宇佐美さんは「シンプルでありオリジナルであること」を念頭に置いて作陶を続けています。
過去にも大胆に化粧土を使った作品で入選を重ね、2017年の第64回日本伝統工芸展では《彩泥線紋大鉢》で日本工芸会会長賞を受賞しています。

最近お気に入りのテーマだという「花びらだんす」は、前回(第69回)の日本伝統工芸展でも入選(《彩泥透光鉢「花びらだんす」》)。
さらなる改良を経て、今年入賞となりました。
花びらだんす制作の時に気を付けていることは「思い切って線を引く」こと。
花びらとともに「いかに気持ちよく踊るか」が大事なんだそうです。


木竹工
福嶋則夫《神代杉柾目造板目象嵌二段卓》(高松宮記念賞)

一見すると違った模様の木を交互に組み合わせたように見えるこの天板は、神代杉の柾目(直線的な並行の木目)板に細かい溝を平行に彫り、そこに1mmほどの棒状に刻んだ板目(山型を重ねたようなうねった木目)の材をはめ込んで表面を滑らかにしたものです。
この「柾目造板目象嵌」は、見た目の美しさと板の撓み・しなりを防ぐ構造強化を兼ねた技法は、細い木を縦に細かく並べた「筬欄間(おさらんま)」の構造からヒントを得ました。

筬欄間は細い竹を縦に細かく並べた欄間のこと。
機織りの道具である筬(竹や金属を櫛の歯のように並べ、枠をつけたもの。横糸を打ち込む道具)に似ているので、そう呼ばれます。

作者の福嶋さんは、15歳で建具職人に弟子入りし、28歳で独立。
30台になってからは毎年日本伝統工芸展に出品しています。
小野さんが「製材所」にたとえた福嶋さんの工房は、貴重な古樹の木材が数多く積みあがっていました。

建具職人としては「1枚の板から無駄を出さずに多くの部品を取る」ことを考えますが、伝統工芸の世界では「多くの木材からこれと思う部分を探し出す」ことになります。
中途半端な妥協は作品の出来に関わりますから、使えない端材がどんどん溜まってしまうわけです。
柾目造板目象嵌の誕生には、捨てられない端材に光を当てるという目的もありました。
木材の性質を知り尽くした職人の技、素材への思い、美的感覚の集大成です。


その他、2023年の受賞作品

諸工芸
柴田明《有線七宝抽象文花器》(日本工芸会保持者賞)

6枚の銅板を溶接して、銀の植線を巡らせた七宝の壺。
釉薬は白、淡い水色と、あえて白っぽい色を使うことで静かに流れる水を表現しています。
作者は今回最年長の受賞者でした。
高い技術を意識させずどこまでも流麗で軽やかな印象は、熟練の技がなせるものでしょうか。

染織
海老ヶ瀬順子《縠織着物「Garden」》(日本工芸会会長賞)

「縠織(こめおり)」とは絹織物の一種で、織り糸を浮かせて表す米粒を並べたような文様が特徴です。
庭仕事中に見た若葉をモチーフにした作品ですが、緑の使い方は控えめで、灰色を基調に白と萌葱色を嵌め込んだような大胆な配色が爽やかな印象を与えます。

金工
奥村公規《朧銀地象嵌匣「時」》(日本工芸会奨励賞)

岩を思わせる表面は銅と銀の合金である朧銀(四分一とも)を叩き出したもの。
形は不規則な五角形で、上にが象嵌されています。
作者は古代の巨石信仰から着想を得たそうで、蓋の中央の太陽や側面の水の流れを思わせる金の粒など、象徴的な図像が象嵌されています。

金工
鹿島和生《布目銷盛象嵌扁形鉄花器「阿吽」》(東京都知事賞)

ダイナミックな曲線を描く鉄の花器に、金・銀・銅・プラチナで渦巻文様を表した作品。
江戸時代から続く布目象嵌の技法を使って描かれたダイナミックな文様は、まるで抽象画のようです。
布目象眼は鉄板に彫った縦横の細かい溝に別の金属を打ち込む技法で、作者はこの技を継ぐ5代目にあたります。

漆芸
北岡道代《乾漆蒟醬箱「瑠璃藤花」》(日本工芸会新人賞)

漆地に文様を彫り、色漆を埋め込んで研ぎ出す「蒟醬(きんま)」の技法で、藤の花と葉を表現しました。
側面に垂れ下がる藤の花は白と紫で一枚一枚の花弁を描き、上から覆いかぶさる葉は緑の点で抽象的に表現されています。
旅行先で見た、樹齢400年の藤が陽光を浴びてきらめく姿がモチーフだそうです。

金工
植田 千香子《鍛黄銅合子「月夜の浜辺 サメガレイ」》(日本工芸会新人賞)

中原中也の詩から着想を得た「月夜の浜辺」シリーズは、これまでにもヒトデ・貝などが発表されています。
黄銅(銅と亜鉛の合金)を叩いて成形した蓋物に、砂に埋もれるサメガレイの姿を内側からの打ち出しで表現。
でこぼこの表面を薄く剥がすことで、文様に陰影を作っています。

染織
大髙美由紀《紬織絣着物「みなも」》(第70回記念賞)

あらかじめ染めた糸を縦横で組み合わせて文様を織り出す絣模様で、四季折々に変化する水の表情を表しました。
藍の濃淡で作られた太い縞と、大小の菱形のコンビネーションが心地よいリズムを作っています。
近づいてよく見ると青と白以外の色糸も入っていて、かすかな動きを感じます。


漆芸
鬼平慶司《蒔絵箱「木洩日の熊谷草」》(第70回記念賞)

金・夜光貝・ウズラ卵の殻などさまざまな素材を使い分け、写実的なクマガイソウの姿を描いています。
蓋を外すと、内側の箱の側面には白い蝶が飛び交う姿も。
クマガイソウは現在環境省のレッドリストで絶滅危惧II類(危急)に指定される稀少なランの仲間です。

木竹工
島田晶夫《楡木画飾箱》(第70回記念賞)

メインの素材は、作者の工房がある北海道に自生する楡の木。
色や木目の異なる木片を組み合わせ、菱形と六角形の連続文様は、氷の文様を表現しています。
文様を縁取る境界線はローズウッド、他にも楓や神代杉といった素材を使って、楡の魅力を引き立てています。

染織
大村 幸太郎《友禅訪問着「波に魚」》(文部科学大臣賞)

防染のための糊を糸のように細く置いた白線で模様の輪郭を縁取りするのが「糸目友禅」で、普通は優雅な花鳥風月の模様に使われます。
ところがこの作品は、全ての文様を直線で構成したシャープな印象。
三角形と菱形でうねる波と群れ泳ぐ魚を表現した意欲作です。

陶芸
山本佳靖《焼締窯変壺》(NHK会長賞)

作者の地元である鳥取県倉吉市でとれる鉄分の多い赤土に、半磁器土(陶器と磁気の中間の性質を持つ白っぽい土)を組み合わせました。
釉薬を使わず高温で焼き上げた肌は、木炭との化学反応で深みのある黒に。
黒の中に金属のような輝きを放つ文様が浮かび上がり、目を引きます。

木竹工
江花美咲《花籠「斑入り」》(日本工芸会奨励賞)

土台の部分は「千筋組み」でまっすぐに上に伸び、上部は緻密な「透かし網代編み」で外に向かって開く形。
濃い赤とオレンジの竹ひごを使ったこの作品は、斑入りの花をモチーフにしています。
波打つような動きのある口縁は、花そのものの生命力を表しているかのようです。

金工
松本育祥《朧銀盛器「式」》(日本工芸会奨励賞)

鋳型に朧銀を流し込み、天板と脚を一度に鋳造しています。
表面に現れているモヤのような斑模様は、硫黄を混ぜた糠を塗って焼入れすることで生まれるもの。
2つの四角を少しずらしてつなげたような天板の形、脚の部分に開けられた穴など、重たい金属が軽やかに見える工夫が凝らされているようです。

諸工芸
藤野聖子《截金飾筥「光彩万華」》(日本工芸会奨励賞)

箱の表面に描かれた文様は、雲の隙間からさす光に照らされた藤だなと藤の花をイメージしたもの。
金とプラチナの截金で表された繊細な幾何学模様は光の加減で表情を変え、万華鏡のような変化を見せます。
外側の蓋は十四角形なのに対して内側の箱が八角形なのは、箱の截金が擦れないようにとの配慮なんだとか。


第70回 日本伝統工芸展

1954年以来、陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸の7部門にわたり、各作家の作品を厳正鑑査し、入選作品によって日本伝統工芸展。
2023年は、陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形・諸工芸の7部門の一般公募作品1112点から選ばれた557点が展示されます。
(受賞作19点・重要無形文化財保持者(人間国宝)の最新作41点を含む)

公式ホームページ(日本工芸会)

東京

2023年9月13日(水)~9月25日(月)
日本橋三越本店(中央区日本橋室町1-4-1)
無料

愛知

2023年10月5日(木)~10月9日(月)
古川美術館・分館爲三郎記念館(名古屋市千種区池下2-50)
有料

京都

2023年10月11日(水)~10月15日(日)
京都市京セラ美術館
京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124)
有料

大阪

2023年10月18日(水)~10月23日(月)
大阪髙島屋(大阪市中央区難波5-1-5)
有料

石川

2023年10月27日(金)~11月5日(日)
石川県立美術館(金沢市出羽町2-1)
有料

岡山

11月16日(木)~12月3日(日)
岡山県立美術館(岡山市北区天神町8-48)
有料

島根

12月6日(水)~12月25日(月)
島根県立美術館(松江市袖師町1-5)
有料

香川

2024年1月2日(火)~1月21日(日)
香川県立ミュージアム(高松市玉藻町5-5)
有料

宮城

2024年1月24日(水)~1月29日(月)
仙台三越(仙台市青葉区一番町4-8-15)
無料

福岡

2024年2月7日(水)~2月12日(月)
福岡三越(福岡市中央区天神2−1−1)
無料