日曜美術館「フランシス・ベーコンの秘密 バリー・ジュール・コレクション」(2021.5.23)

フランシス・ベーコンが、
死の10日前に友人に託したという「バリー・ジュール・コレクション」。
著作権管理団体からは「ベーコンの作品ではない」という見解が出されていますが、
ベーコンの熱心なファンや研究者は、
既に発表されているベーコンの作品に通じるものを感じています。

2021年5月23日の日曜美術館
「フランシス・ベーコンの秘密 バリー・ジュール・コレクション」

放送日時 5月23日(日) 午前9時~9時45分
再放送  5月30日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 中村中 (シンガーソングライター)

20世紀で最も重要な画家の一人とされるフランシス・ベーコン。その死の直前に、千点を超える作品群が、親しかった友人バリー・ジュール氏に秘密裏に託された。それは、生前の「ドローイングは描かない」「デビュー前の作品は破棄した」といった伝説を覆すもの。存在が知られるや世に衝撃を与え、真贋をめぐる議論も巻き起こしてきた。初来日した作品に、ベーコンを愛してやまない写真家・レスリー・キーが迫る。(日曜美術館ホームページより)

出演
レスリー・キー (写真家)
水沢 勉 (神奈川県立近代美術館館長)
酒井忠康 (美術評論家)


バリー・ジュール・コレクション

バリー・ジュールがフランシス・ベーコン(1909-1992)と出会ったのは、
1978年の1月だったそうです。
近所に住んでいたベーコンが自宅の窓ガラスに
絵を描いている所を見かけたのがきっかけで交流するようになり、
人を入れないことで有名なアトリエ兼自宅の
鍵を預かるほど信頼される友人になりました。
ジュールは、コレクションを預けられた時のことをこのように語っています。

彼は私の車に 書き込みされた雑誌やデッサン
たくさんの本 何枚かの古い絵を積み込むように命じました
(略)
アートワークをどうしたらいいか尋ねると
「バリー 君はどうすべきか知っている」と言いました
それはいつか彼がそれを返すように頼まない限り
私が持ち続けるという二人の “暗号” でした

フランシス・ベーコンが、別れた恋人を追っていったスペインで亡くなったのは、
この10日後(1992年4月28日)のことでした。

ジュールの手元にはアートワークのほかにも、
署名入りの手紙、公文書、夕食会のレシートなどの資料が残っており、
特にベーコンとの遠慮のないおしゃべりを記録したような
160時間にわたる肉声テープは貴重なものです。
番組でも、シュルレアリズム団体や交流のあった芸術家についての話を、
ちょっと下世話な内容も交えて語っている音声が公開されました。

フランシス・ベーコンについて

フランシス・ベーコンは、
アイルランド(当時はグレートブリテン及びアイルランド連合王国)のダブリン出身。
同名の哲学者フランシス・ベーコン(1561-1626)の
遠い親戚(哲学者の異母兄の直系子孫)に当たるそうです。

若いころから自身が同性愛者であることを自覚していた彼は、
(1900年代初頭、イギリスの法律では同性愛は犯罪行為とされていました)
17歳で父親に家を追い出され、
ベルリンやパリ(1927-1928)、ロンドン(1929-)と放浪生活を送り、
ロンドンで家具設計や室内装飾などの仕事を始めるかたわら、
独学で絵を描くようになりました。

抽象画の全盛期だった1900年代半ばに具象画にこだわり続け、
人間の孤独や絶望を引きずり出して見せたような、
激しくデフォルメされた人物像などを描いたベーコンは、
20世紀のもっとも重要な画家のひとりと評価されています。

そんなベーコンが死の直前まで手元に置いていた
バリー・ジュールコレクションは、
画家本人が作り上げたセルフ・イメージとは違う
新たな側面に迫ることができるのではないかと期待される一方で、
本当にベーコンの作品なのか疑われてもいるようです。

ベーコンの著作権を管理している「フランシス・ベーコン・エステート」は
「バリー・ジュール・コレクションの作品群はベーコン以外の誰かが作ったと信じている」
「本物と認められていない作品と一緒に番組の中でベーコンの作品を使うことは認めない」
という見解を示したそうですが、日曜美術館は大丈夫なんでしょうか?


日本での初公開(2021年、神奈川県立近代美術館)

2021年の1月9日から4月11日まで
神奈川県立近代美術館(葉山館)で開催された特別展
「フランシス・ベーコン:バリー・ジュール・コレクションによる」を
写真家のレスリー・キーさんが訪ねました。
キーさんは、学生時代に神保町の古書店で見つけた
ベーコンの画集に影響を受けたそうです。

初期の油絵

ベーコンは生前、20代のはじめ頃に描いたペイントについて
「すべて処分した」と語っていました。
実際に1930-40年ごろの初期作品はほとんど処分されてしまったそうで、
バリー・ジュール・コレクションは貴重な生き残りと言えるでしょう。

道化師のような姿の《自画像》など
ベーコンの特徴である「おどろおどろしさ」はないのですが、
キーさんは色彩へのこだわりや、人物の輪郭線と直線が混じっている様子から
ベーコンの「原点がわかる」と語ります。
特に、後の作品にも通じる人物を直線が取り囲むイメージについては、

私から見ると刑務所みたい
人々はみな刑務所の中にいる
社会の中で皆閉じ込められている

とイメージを膨らませていました。
この直線はベーコンによるいくつもの作品に現れているほか、
ベーコンの半生を描いたジョン・メイブリィ監督の映画
「愛の悪魔~フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」(1998 英国)にも登場しています。

「愛の悪魔」は2021年5月20日、アップリンク渋谷で1日限定で上映されました。
(この日はアップリンク渋谷の閉館日でもあります)

Xアルバム

若きベーコンが家を追い出された後も
献身的に支えてくれた乳母ジェシー・ライトフットの没後、
ベーコンはジェシーの写真アルバムから写真を抜き取って表紙にバツを描きました。

Xアルバムは、そのアルバムの台紙1枚1枚に絵を描いたものです。
生前「描かない」と宣言していたドローイング(線描・素描)が
まとめて見つかったのは、美術界にとって世紀の大発見でした。

キーさんはこれらの作品にどのくらいの時間を使ったのかに思いを馳せ、
これは絵という形で世界に自分の感情を残そうとした
ベーコンの「ひとつのコミュニケーションツール」かもしれないと語ります。

Xアルバムの中から、キーさんはゴッホをリスペクトした作品(8枚)に注目しました。
フランシス・ベーコンが確たる地位を築いた後に描いた作品で、
あえて過去の巨匠に挑もうとしたのはなぜなのか。
そこには「1回自分の世界を離れたい」という思いがあったと推測しています。
自分が築き上げたオリジナリティに飽きてしまった時、
いったん原点に帰って次の一歩を踏み出そうとしたのではないか、と。
ベーコンは、油絵でもゴッホをテーマにした作品を発表しています。

写真とイメージ

雑誌や写真にペイントを加えた作品群について、キーさんは
ベーコンの愛やエロティックな感情、また誇り・孤独・苦しみといった
パーソナルな想いを読み取ります。

絵を描いているベーコンは「画家」。
一方、写真上の肉体に手を加えているベーコンは「ひとりの男」として
写真の別の一面を引き出すことで中の人物との関係性をつくりあげ、
自分のものにしているのかもしれないという意見を聞くと、
写真の上にほどこされた筆跡が意味深なものに見えてくるのが不思議です。


バリー・ジュール・コレクションに対する反応

フランシス・ベーコンを日本で初めて本格的に紹介した酒井忠康さんは、
これまでタブロー(完成された絵画作品)ばかり目にしてきたために
バリー・ジュール・コレクションで初めて作品の「原点」に触れ、
「ショックでしたね」と語っています。
「(ベーコンに)言われっぱなしで帰ってきました」という酒井さんですが、
このコレクションがベーコンの作品に内在するもの・仕組みを考える
きっかけになるかも知れないと期待してもいるようです。

バリー・ジュール・コレクションはベーコンに関する新資料の宝庫です。
ただしコレクションが本物かどうかについては今も論議が続いており、
すべてがベーコンの作品である(またはベーコンの作品ではない)と
証明するのは難しいでしょう。

神奈川近代美術館の水沢勉さんも、作家本人が既に亡くなっているため
「どうしても真実は見えにくくなる」と認めています。
しかし同時に、生きている時から伝説だったアーティストが死亡した後で、
生前には見せなかったものが見えてきたこと、
それに対する人々の様々な反応が起きたことについて
「反応自体を見ていくことも面白いことです」
「その経緯も含めて、この展覧会は興味深い展覧会であると思っています」
とも語っています。

もともとファンだった人も、初めて知ったという人も、
これを機会にフランシス・ベーコンという人物に
深く踏み込んでみるのはどうでしょうか。


「リース・ミューズ7番地、アトリエからのドローイング、ドキュメント フランシス・ベーコン」
渋谷区立松濤美術館(日時指定予約制)

葉山での展示は4月11日に終わりましたが、
バリー・ジュール・コレクションは渋谷区立松濤美術館で公開されています。
(日時指定予約制・5月中は臨時休館)

東京都渋谷区松濤2-14-14

2021年4月20日(火)~6月13日(日)
日時指定予約制
※臨時休館期間:2021年4月27日(火)~5月31日(月)
※休館期間は延長の可能性があります

10時~18時 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館

一般 1,000(800)円
大学生 800(640)円、
高校生・60歳以上 500(400)円
小中学生 100(80)円
※( )内は渋谷区民の入館料

公式サイト