日曜美術館「アートする身体」― 臼井二美男の義足(2023.8.20)

美しい義足とは何でしょうか?
生身の足と見分けがつかないほど自然なもの、見ていて楽しくなる素敵な装飾があるもの、機能的で洗練されたデザインのもの…と、様々な義足の可能性が考えられます。
日曜美術館では義肢装具士の臼井二美男さんをはじめ、義足の美しさを追究するプロフェッショナルたちの挑戦を紹介しました。

2023年8月20日の日曜美術館
「アートする身体」

放送日時 8月20日(日) 午前9時~9時45分
再放送  8月27日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

義肢装具士の第一人者、臼井二美男さん。日本で最初にアスリート用義足を導入するなど「義肢の可能性」を広げてきた。今回臼井さんは「アート」による新しい価値観の義足制作に挑む。パートナーは義足ユーザーのイラストレーター。イラストの世界観を実写化する挑戦に密着する。さらにデザインエンジニア・山中俊治さんが取り組んでいる「美しい義足」プロジェクトも紹介。アートやデザインがもたらす人の体の可能性とは?(日曜美術館ホームページより)

出演
小野正嗣 (作家、早稲田大学教授)
臼井二美男 (義肢装具士)
山中俊治 (デザインエンジニア)
坂本真 (山中研究室特任研究員)
村松充 (山中研究室特任助教)
須川まきこ (イラストレーター)
折茂昌美 (ミュージシャン)
辻谷朱美 (スタイリスト)


臼井二美男の義足

義肢装具士の臼井二美男さんは、小学校6年生の時に担任の先生の義足に触らせてもらったことがあるそうです。
義肢の硬さにショックを受けたこの時の思い出が、後に臼井さんを義肢製作の仕事を選ばせることになりました。

臼井さんは今から40年前に、28歳で財団法人鉄道弘済会・東京身体障害者福祉センター(現在の公益財団法人鉄道弘済会・義肢装具サポートセンター)に就職。
作った義足の数は4000本におよび、2023年春には黄綬褒章を受章した、日本における義肢製作の第一人者です。

臼井さんは、日本の義足の可能性を大きく広げた立役者でもあります。
1989年に日本初のスポーツ用の義足を導入し、その2年後には義足使用者のスポーツクラブ「ヘルスエンジェルス」を創設しました。
パラアスリートのメカニックとしてパラリンピックにも同行している臼井さんは、さらなる可能性として、もとの足の代わりに留まらない義足を追究しています。

義肢はユーザーの体のサイズはもちろん、失われた場所や形などにあわせてそれぞれ調整しなければならず、すべて他にない一点ものとして製作されます。
世界に2つとない存在に、ユーザーが愛着を持てるオリジナリティを加えたい。
臼井さんはアートの要素に着目しました。

現在義足ユーザーのおよそ8割は、リアルな足のように見えるカバーをかぶせた「リアルコスメチック義足」を使っています。
カバーを付けない場合も体に触れる部分などは肌色が多く、義足のデザインは目立たないことが重視されているようです。
そんな中、臼井さんは肌色の部分に好みの布をかぶせて樹脂加工した華やかな義足や、映画にインスパイアされたマシンガン形の義足など、遊び心を取り入れたデザインの義足を製作しています。
近年では義足ユーザーをモデルにした写真集の出版やファッションショーの開催もおこなわれました。
(日曜美術館では2020年にJR高輪ゲートウェイ駅でおこなわれたショーが紹介されました)
「目立たない・人に気づかれない」義足だけではなく「美しい・人に見せたくなる」義足が一般的になる日も近いのかもしれません。


山中俊治研究室が追求する「美しい義足」

スポーツ用義肢の開発で臼井さんたちと協力しているひとりが、東京大学生産技術研究所の山中俊治さん。
山中研究室は「生き物っぽさ」の表現を研究しているそうです。
駒場リサーチキャンパスの「未来の原画」展を訪れた小野さんは、大学の研究者たちが共同開発した《自在肢》(2022)を体験しました。
文字通り自在に動く4本の腕を背中装着するものですが、動きは離れた場所にある小さな模型に連動していて、今のところ装着者の思い通りに動いてくれるものではないようです。

山中研究室で2008年から続けられている「美しい義足」プロジェクトは、スポーツ用の義足を
2008年の北京オリンピックで義足のランナー(金メダリストのオスカー・ピストリウス)に注目した山中さんは、研究室で「義足を作ってみよう」と提案。
その後臼井さんとヘルスエンジェルスを訪ねて「スポーツ用義足のデザイン」という誰もデザインしていない分野の存在に気が付きます。
そして4か月後、美しい義足を目指した最初の試作品が完成しました。
人の筋肉や骨に見られる曲線を取り入れた義足は、走っている時だけでなく、立ち止まった姿や人の体から離された姿も格好よく見えます。

2011年の春、ヘルスヘンジェルスの一員で後のパラアスリート高桑早生選手が慶應義塾大学(当時山中先生がいた大学)に入学し、研究室の一員になりました。
高桑さんの意見を取り入れて完成したスポーツ用義足Rabbit(2010-2013)は、全体がシルバーでバネの裏側がピンク(差し色は高桑さんのリクエスト)というお洒落なカラーリングで、ボコボコしたところのない曲線的な形をしています。

高桑さんがこの義足を使って走るようになったところ、それまでなんとなく義足に触れないようにしていた周囲の人たちが、義足について質問をしたり話題にするようになったそうです。

「美しい義足」プロジェクト

山中研究室の「未来の原画」展は終了していますが、美しい義足プロジェクトは研究室のホームページで紹介されています。
Prototyping & Design Laboratory


須川まきこのイラストと「義足のビーナス」

イラストレーターの須川まきこさんは、18年前に病気で片足を失ったのがきっかけで、義足や義手をイラストのモチーフに加えるようになりました。
幼いころから幻想的な世界観を好んでいた須川さんは、欠損した身体を想像力の中で自由に遊ばせ、義肢の女性や逆にたくさんの足をはやした女性を描いています。

須川さんが描く女性たちは「普通」と違う体を嫌がったり悲しんだりすることなく、当たり前のもの、むしろ誇らしいものとして堂々としているように見えました。

須川さんと18年来の交友がある臼井さんは、そんな須川さんのイラストを実写化する企画を立てました。
日曜美術館で紹介されたのは、片足が義足の女性2人が健足を二人三脚のようにリボンで縛った《足のギフト》と、それぞれ違った表情を持つ複数の足を持つ女性がポーズをとる《踊る足》。
撮影は臼井さん、モデルは須川さんとミュージシャンの折茂昌美(オリモマサミ)さんです。

須川さんが得意とする繊細なレースの衣装を忠実に再現したところインパクトが強すぎて義足が負けそうになる予想外の事態もありましたが、撮影した写真はメルヘンの世界が現実にやってきたような素敵な作品です。
(イラストの可愛らしさとはまた違う、ちょっと辛口な印象がありました)

臼井さんが「義足のビーナス」と絶賛したのが《踊る足》。
スカートの下からのぞく7本の足には、須川さん自身の義足を使っています。
思い思いに動き出しそうな足はどれが実際の体についている足なのか見分けがつきません。
どれもが自分の足で、どの足を選んでもいいんだ、と須川さんが語りかけているように見えました。