日曜美術館「神はその手に宿る 復元師 繭山浩司」(2022.4.3)

4月最初の日曜美術館では、古い陶磁器を復元する専門家が紹介されました。
美術古陶磁復元師の繭山浩司さんと、息子の繭山悠さんです。
バラバラの破片になった古陶磁を、修復の跡も残さずもとの形に戻す技術がありながら、
将来「もっと直しの上手な人が出てきた時」に備えて
復元前の破片に戻せるようにしておくという繭山さんの復元は
まるで奇跡を見ているかのようでした。
研究者から「彼(浩司さん)の仕事は焼き物界のトップ」と言われるのも納得です。

2022年4月3日の日曜美術館
「神はその手に宿る 復元師 繭山浩司」

放送日時 4月3日(日) 午前9時~9時45分
再放送  4月3日(日) 午後8時~8時45分 / 4月10日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

“ゴッドハンド” の異名をとる男がいる。やきものの修復師・繭山浩司。その技を育てたのは戦後の口外できぬ仕事の数々。極秘に古美術商から預かった破損品を、どんなに目を凝らしても傷跡がわからないまでに修復してしまう。今回託されたのは、“無傷なら国宝級” とされる青磁の花入、そして割れてしまった脚本家・向田邦子愛用の蕎麦猪口など。モザイク必須の工房で、人類の宝を後世につなごうとゴッドハンドが躍動する!(日曜美術館ホームページより)

出演
繭山浩司 (美術古陶磁復元師)
繭山 悠 (美術古陶磁復元師)
藤田 清 (藤田美術館館長)
千 宗屋 (武者小路千家若宗匠)
太田 光 (爆笑問題)
荒川正明 (陶磁史研究者)


藤田美術館の《青磁鳳凰耳花入》(12~13世紀、南宋)

日本有数の古美術コレクションを持つ藤田美術館の蔵に眠っていたという
青磁の花瓶は、膨らんだ胴体と細長い頸のある「砧(きぬた)」形の花入れです。
朝顔の花のように開いた口の部分と、頸の両側に突き出した耳には、
金継ぎ(破片を漆などで接着し、割れ目に金をほどこす方法)の跡が残り、
普段は見えない底の部分にもかけたパーツを埋めた跡が残っていました。
この状態では展覧会での展示も難しく、ほとんど表に出たことがないそうです。

《青磁鳳凰耳花入》の箱書きには “京都毘沙門堂什器 同品なり” とあります。
「京都毘沙門堂什器」とは、
和泉市久保惣記念美術館が所蔵する《青磁 鳳凰耳花生 銘万声》(国宝)のこと。
傷跡がなければ、こちらの花入も国宝に指定されていたかもしれません。

元の形を取り戻す復元

復元は、作品から修復された部分を取りのぞいて
破片の状態に戻すところからはじまりました。
破損した部分に詰めた漆と石の粉を混ぜたものをカッターなどで剥がし、
取りきれなかった分は漆を溶かす薬剤に一週間漬け、
それでも割口に残った細かい漆の粒は2週間がかりで掻き出して、
《青磁鳳凰耳花入》の破片は修復前の状態を取り戻しました。

《青磁鳳凰耳花入》はその名前に反して
左右の「鳳凰耳」に鳳凰の顔がないという問題がありました。
(同品とされる「万声」の耳は、間違いなく鳳凰の形をしています)
今回の修復で破片同士を比べて見ると、
色味の違いや生地の形や釉薬の厚みが一致しないことなどから、
「呼び継ぎ」(失われた部分に別の器の破片を繋いで埋めること)で
もとの形が失われていたことがわかりました。

藤田さんたちとの話し合いで、
呼び継ぎの部分は外し、万声をイメージした鳳凰耳を作ることが決まりました。
この耳は焼き物ではなく、石膏で作った下地を貼り付けて
その上から岩絵の具を混ぜた樹脂を塗ったものです。
…というと、明らかに後付けとわかるようなものを想像しますが、
繭山さんの作った鳳凰耳は、他の部分と見分けがつきません。
複数の絵の具(赤い色も入っているようです)を混ぜ合わせ、
空気をふくんだ特殊な素材を混ぜることで釉薬の中の気泡まで再現した表面は
青磁の肌の透明感や、液体が流れるようなトロンとした光沢を完全に再現しています。

2022年1月の復元完成のお披露目では、武者小路千家の若宗匠である千宗屋さんが
《青磁鳳凰耳花入》に花を活け、お茶をたてました。
彫刻のある台に乗せられ、軸を背景にして床の間に飾られた《青磁鳳凰耳花入》は
「割れたことなんてありませんよ」といった様子に見えました。


太田光さんの《向田邦子さんの蕎麦猪口》(時代不明)

漫才コンビ・爆笑問題の太田光さんが復元を依頼したのは、
没後40年を超えた今でも多くの人に支持される
作家・向田邦子さん(1929-1981)遺愛の蕎麦猪口。
趣味の骨董は「ただ自分が好きかどうか」で選んでいたという向田さんですから
これも「そんなに高価なもんじゃないと思う」と太田さんは言います。

向田さんの妹の和子さんとお話をしていた時に貰った大事な蕎麦猪口なのですが、
どういう状況なのか「布団と一緒に乾燥機にかけて」まっぷたつになってしまいました。
(乾燥機で回してまっぷたつなら運の良い方かもしれませんね…)
太田さんは蕎麦猪口を金継ぎに出して修復したのですが、
敬愛する向田さんの遺品がまた割れるかもしれないと思うと
怖くて使えなくなってしまったそうです。

人の「履歴」を残す復元

向田さんの蕎麦猪口も
もとの修復を取りのぞいてから復元作業に入るのですが、
この修復はあまり上手なものではなかったようです。
まず、そこについた汚れ(おそらく茶渋)が金継の線に沿って取れてしまっている所。
骨董品は傷や汚れも味のうちだと言いますし、この蕎麦猪口に限っていえば
向田さんが「味」として楽しんでいたかもしれない部分でもあります。

つぎに、割れ目の部分が谷状にへこんでいること。
これは「擦る」といって、
オリジナルの釉薬を割れ目に沿って斜めに削り落としてしまった状態。
浩司さんいわく「最もやってはいけない」ことなんだそうです。

太田さんと話し合った結果、割れ目は直し
底の茶渋は改めて付け直すことになりました。
漆をはがす薬剤は、これ以上茶渋を落とさないように筆で塗って
直接触らないようにするなど、注意深い扱いが必要になります。
茶渋付けには、70年以上前の抹茶の粉を使いました。

太田さんのラジオで向田さんを知り、
それ以来向田さんのファンになったという悠さんは
「これは俺がやりたいやつだから」というくらいこの復元に熱心ですが、
それだけに以前の修復に対する苛立ちも隠しきれないようです。
これはファン心理ではなく(少しはあるのかも?)、
「大事にしてきたものにこういう事をするっていうのは理解不能」という
復元師としての考えがありました。

繭山さんたちが焼き物を復元する時は、
何十年、何百年の跡にもっと直しの上手な人が出て来た時、
その人に「割れたままの状態で渡せる」よう
「できないことはしない」「余計なことはしない」ことをとても気にしています。

仕上がった蕎麦猪口は、太田さんも
「本当にもらった当初の感じです」と認める元通りの姿に。
向田さんとの作品の出会いからご縁がつながって手元にやってきた蕎麦猪口が
さらに多くの人の手を経て生き返ったことで、
太田さんにとってより思い出深く貴重なものになりました。


復元師の基礎を築いた繭山萬次さんと受け継がれる仕事

復元師としての仕事は、浩司さんの父親である
繭山萬次さん(1924-2013)が始めたものです。
もともと漆の職人だった萬次さんは金継ぎの依頼を受けることもあって、
直しの跡が分からなくなるくらい直れば良い、と思ったことから
復元という仕事を(技術・材料も含めて)開拓してきたんだとか。

当時は美術品を直したことを秘密にして売買するようなことも多く、
浩司さんのお話では、萬次さんの仕事は「かなり影の部分が多くて」
人に知られすぎてはいけない存在だった時期もあるそうです。
さいわい、浩司さんが仕事を始めたくらいから世の中に知られるようになり、
萬次さんは1994年に日本伝統文化振興賞を受賞。
1998年には黄綬褒章(自分の仕事で他者の模範となるような人に与えられる賞)を
受章しました。

その父親の仕事を超えようかという浩司さんの復元は、
いかにも割れ目が目立ちそうな白一色の香炉や
少しのズレが致命的になるだろう細かい柄の飾り箱を
割れ目が分からないほど完璧に直してしまうというもの。
将来もっと上手な直し手が現れた時、
直した場所が分からなくて苦労するのでは…と、心配になるほどです。
「上手く直せば直すほど、次のハードルがどんどん高くなっていく」と
現状に満足せず技術を磨く浩司さんは、
これからもトップの復元師として活躍をつづけることでしょう。

浩司さんは息子に自分の仕事を継がせたいタイプではなかったそうですが、
息子の悠さんも同じ復元の道に入って10年になります。
「あと10年たっても弟子だと思うんですけど」という悠さんは
「いずれ父も年齢的に仕事ができなくなったりする時が必ず来るんで、その時に少なくとも今の父のレベルまで行ってないと」
という目標を定めています。


展覧会(藤田美術館・和泉市久保惣記念美術館・ロースドルフ城の古伊万里再生プロジェクト)

「《青磁鳳凰耳花入》特別展示」

2022年4月1日にリニューアルオープンした藤田美術館では、
《青磁鳳凰耳花入》が特別展示されています。

藤田美術館(大阪府大阪市都島区網島町10-32)

2022年4月1日(金)~5月31日(日)
10時~18時 ※入場は閉館の30分前まで

不定休

一般 1,000円
19歳以下 無料

公式サイト

「所蔵名品撰 ―和泉市久保惣記念美術館の国宝・重文―」

2022年の秋の開館40周年を記念して、
日本・中国をはじめとする東洋古美術のコレクションを
1年に分けて紹介する「コレクションのあゆみ」展の第一部です。
藤田美術館の《青磁鳳凰耳花入》の “連れ” である「花入の王様」
国宝《青磁 鳳凰耳花生 銘万声》は此方で展示されます。

和泉市久保惣記念美術館(大阪府和泉市内田町3-6-12)

2022年4月10日(日)~6月5日(日)

10時~17時 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館(祝日の場合は開館し、翌平日休館)
陳列替期間・年末年始休館

一般 600円
高校・大学生 400円
中学生以下無料

公式サイト

オーストリア・ロースドルフ城 古伊万里再生プロジェクト

繭山浩司さんは
第2次世界大戦後の混乱期に東洋陶磁(主に日本・中国)をはじめとする
陶磁器コレクションの殆どが破壊されたロースドルフ城の陶磁器
(現在は平和を訴えるインスタレーションとして公開)を一部修復しています。

2020年11月から2021年11月にかけて
東京(大倉集古館)・愛知(愛知県陶磁美術館)・山口(山口県立萩美術館)
を巡回した
「海を渡った古伊万里 ~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~」展は
2022年5月から佐賀県立九州陶磁文化館で開催される予定です。

オーストリア・ロースドルフ城 古伊万里再生プロジェクト
(日墺友好150周年記念事業)

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