日曜美術館「孤高の “まなざし” エゴン・シーレ」(2023.3.5)

森山未來さんが、東京都美術館(東京都台東区)で開催中の
「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展」の会場を訪れました。
個性的で過激、そしてなぜか人を惹きつけるシーレの魅力に迫ります。

2023年3月5日の日曜美術館
「孤高の “まなざし” エゴン・シーレ」

放送日時 3月5日(日) 午前9時~9時45分
再放送  3月12日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

20世紀初頭、新しい芸術運動に沸いていたウィーンで、強烈な個性を放った画家エゴン・シーレ。クリムトに「才能があり過ぎる」と言わしめ、革新的な作品を生み出したが、過激さゆえに逮捕されるなど、時代に反逆しながら、自分自身、そして人間を見つめ続けた。自画像に描かれた“まなざし”は、いったい何を見つめ、何を問いかけているのか。森山未來が展覧会場を訪れ、人間の内面をむきだしにする傑作の数々と対峙する。(日曜美術館ホームページより)

出演
森山未來 (俳優、ダンサー)
ハンス=ペーター・ウィップリンガー (レオポルト美術館館長)
水沢勉 (神奈川県立近代美術館館長)
宮崎郁子 (ドールアーティスト)


シーレの自画像とヌード

ウィーン郊外の町トゥルンの駅長の息子として生まれたエゴン・シーレ(1890-1918)は、
名門ウィーン美術アカデミーに最年少の16歳で入学します。
アカデミーのカリキュラムは古典絵画の技法を習得するためのもので
歴史画・肖像画・写実的な人体デッサンなどが行われていましたが、
シーレは伝統的な美術教育に満足できなかったようです。

シーレの転機はグスタフ・クリムト(1862-1918)との出会いでした。
クリムトは「ウィーン分離派」の創立者のひとり。
このグループは伝統的な芸術からの分離を目的とし、
絵画に限らず多くの分野のアーティストが所属していました。
シーレはクリムトの影響を受けた作品を描くようになり、19歳で美術アカデミーを退学。
さらに独自の表現を探求していきます。

森山さんが最初に足を止めたのは、
アカデミーを退学した2年後に描かれた《抒情詩人(自画像)》(1911)。
頭がほとんど水平になるほど折り曲げられた首の角度や、
肘を曲げて喉元に延ばされた右手とその手首をつかむ左手など、
何かを訴えかけてくるようなポーズに注目しました。
上着のほかに何も身につけない半裸で複雑なポーズをとる自画像に
「強迫観念的なものを感じる」と言います。

シーレは何を思って性器まで露出した自画像を描いたのでしょうか。
レオポルト美術館館長のハンス=ペーター・ウィップリンガーさんは、
シーレにとって性器は「儚さ」「脆さ」の象徴であり、
裸になって自身の弱い一面をさらけ出すことで
「人間とは何なのかをシーレは探し始めたのです」と語ります。
シーレが14歳の時、父アドルフ・シーレが梅毒による精神錯乱の末に亡くなっており、
思春期だったシーレは性行為への罪悪感と死に対する恐れを持つようになりました。
シーレの作品に見られる生と死が交じり合った世界観の根源には
この出来事が影響していると言われています。

《抒情詩人》と同時期に描かれた《自分を見つめる人Ⅱ(死と男)》(1911)は
画面中央で自分を抱きしめるようなポーズで目を瞑るシーレの背後に
亡霊のような白い人影が立っていますが、
この人影もシーレ自身の姿をしているように見えます。
シーレ研究家の水沢勉さんによると、
生と死がひとつになった世界観はシーレの他の作品にも表れている特性のひとつ。
森山さんは自我を探求する中で錯綜しているような心の動きを感じ、
ただのグロテスクをこえて人類の大命題である「生と死」について
絵画から訴える力を感じました。

シーレは22歳のころ、ウィーン郊外の村ノイレングバッハでアトリエを借り、
近所の少女等をモデルに制作していましたが、
そこに13歳の家出少女が転がり込んだことがきっかけで逮捕され、
アトリエにあった少女たちのヌードの絵が「わいせつ」とされて
3日間の禁固刑に処されています。
解放直後に描かれた《ほおずきの実のある自画像》(1912)は
黒い服を着たバストアップの自画像で、見開いた目の動きが想像できるほど表情豊かです。

エゴン・シーレの生涯とノイレングバッハ事件は、こちらの記事でも紹介しています。
エゴン・シーレと女性像 ― 母・妹・恋人・妻


シーレのどこに惹かれるのか?

森山さんは、《ほおずきの実のある自画像》を前に
「文脈とか全部ぬきにしてこれが何が良いのかって語りたいけど難しいですね」
とコメントしています。
「28歳で亡くなった天才が描いた」という情報をぬきにして、
自分はこの絵を良いと思うのか、どう感じるのか。
シーレに限らずあらゆる作品に言えることかもしれません。
ただ、自我と向き合い、色遣い・形など絵を構成する全てで表現したエネルギーに
共感を覚えるのは確かなようです。

シーレの作品に込めたエネルギーに惹きつけられる人がいる一方で、
作品に現れた精神に共感を覚える人もいます。
シーレの絵をモチーフにした人形を170近く制作している
ドールアーティストの宮崎郁子さんは、
阪神淡路大震災が発生した1995年にシーレの絵と出会い、
その中にある「身につまされる思い」が自分自身と重なって
気持ちを奮い立たせられたといいます。

宮崎さんが特に惹かれるシーレの絵は、
シーレがアカデミーをやめて貧困層の多い地域に安アトリエを借りていたころに
近所の子供たちを描いたドローイングです。
当時のウィーンは都市改造で近代的な市街地が整備される一方、
発展から取り残された地域が生まれていました。
ここに描かれているのも貧しい労働者の子どもたちや家のない孤児たちで、
無邪気な様子に描かれてはいるのですが、
その一方で荒れて節くれだった手や痩せた体もありのままに描写されています。

シーレは後に描く女性のヌード作品も痩せて骨の浮いた体を美化することなく描き、
社会の現実から目を背けてはいません。
シーレ自身は中流階級の出身で経済的な困窮は縁遠かったようですが、
それでも思うように生きられない窮屈さや孤独感から
弱い存在への共感を感じていたのではないかと宮崎さんは考えています。


シーレと戦争の影響

シーレが24歳の時に第1次世界大戦が始まり、
その翌年にはシーレも戦争に行くことになりました。
前線に送られることはなく、捕虜収容所などで働いていましたが、
それでも脱走しようとした兵士が銃で撃たれるところを目撃するなど
悲惨な光景を目にすることがあったようです。
すでに芸術家として認知されていたシーレは戦争の間も絵を描くことを許され、
捕虜、同僚、当時結婚したばかりだった妻エーディトといった身近な人物や
風景を描いています。

水沢さんによると、この戦争を境にシーレの絵画の技法に変化が見られ、
実物に寄せたリアルな描き方がメインになっていくようです。
たとえば開戦の年に描かれた《モルダウ河畔のクルマウ(小さな街Ⅳ)》(1914)は
奥行きのない平面的なスタイルで建物が並ぶ様子が描かれているのに対して、
同じ風景を2年後に描いた作品では奥行きと立体感のある風景が描かれています。
戦争中の作品は画面を升目に区切って構図を決めた下書きが残っており、
これはルネサンス時代から使われている古典的な技のひとつ。
アカデミーで身につけた技法が、ここにきて解禁されたのでしょうか。

水沢さんは、シーレが非常事態の限られた条件の中で
自分ができる絵を完成させるためにこの手段をとったと考えています。
シーレの最高傑作ともいわれる《死と乙女》(1915)も、
死と生を象徴する男と女を描くためにしっかりと構図を決めた下絵が残っています。

写実的で穏やかな表現は人物画でも発揮され、
戦地で絵を描けるように配慮してくれた恩人でもある同僚がモデルの
《カール・グリュンヴァルトの肖像》(1917)や、
新婚の奥さんを描いた《縞模様の服を着たエディット・シーレ》(1915-1916)などは、
モデルの性格や画家との親密さまで伝わってくるように思えます。

戦争の中でそれまでのスタイルとは異なる新しい表現を模索していたシーレですが、
1917年にウィーンに転属し、芸術活動に打ち込めるようになった翌年、
スペイン風邪で命を落としてしまいます。
第一次世界大戦が終わる11日前、1918年10月31日のことでした。


シーレが「刺さる」理由

森山さんは、最後に未完の大作《しゃがむ二人の女》(1918)の前にやって来ました。
タイトルどおり裸の女性が並んでしゃがんでいるシンプルな絵ですが、どことなく不穏な雰囲気を感じてしまうのは何故でしょう。

シーレが生きた時代は、社会全体が変化して大きな戦争も起きた、非常に不安定な時代でした。
そんな中で「世界と自分の関係の危うさ」を見つめ、絵を通じて自身の立ち位置を探ろうとしたシーレのあり方は「いつの時代も刺さる」のではないかと森山さんは考えています。


「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ― ウィーンが生んだ若き天才」(東京都美術館)

シーレの作品50点のほかに
クリムトなど同時代を代表する画家たちの作品約120点を展示して、
シーレと世紀末ウィーンのアートを振り返る大規模回顧展です。
残る展示期間はおよそ1か月、巡回展はありません。お急ぎください!

東京都台東区上野公園8-36

2023年1月26日(木)~4月9日(日)

9時30分~17時30分 (入場は閉館の30分前まで)
※特別展開催中の金曜日は20時まで開館

特別展は月曜休室(祝日・振替休日の場合は開室し、翌平日休室)

一般 2,200円
大学生・専門学校生 1,300円
65歳以上 1,500円
平日限定ペア割 3,600円()
小学生・中学生・高校生・18歳以下 無料(日時指定予約が必要)
※大学生・専門学校生は、1月26日~2月9日に限り入場無料(日時指定予約が必要)

公式ホームページ