伊藤若冲《白象群獣図》《鳥獣花木図屛風》《樹花鳥獣図屛風》 そして? ー 升目描きの作品

「奇想の画家」として人気の高い伊藤若冲が編み出した描法に「升目描き」という技法があります。
墨線で引いた升目のひとつひとつに彩色をほどこすこのやり方で制作された作品は現在3点残っていますが、このほかに現在行方不明の1点があったことが確認されています。

伊藤若冲の「升目描き」とは?

「升目描き」は、画面を墨の線で方眼用紙のように分割し、その四角形(升目)ひとつひとつに色をつけて絵柄を表す技法。
およそ1cmの細かい四角で構成されているため、タイルを敷き詰めたような独特の雰囲気があります。
ドット絵を想像すると近いかもしれません。

ただし若冲の升目はただの単色の四角形ではなく、色を付けた升目の中に小さな濃い色の升目や点を描きこんでいます。
色と色の境目を升目の通りに塗り分けるだけでなく、升目を曲線に沿って塗り分けるやり方も多用され、ドット絵よりもさらに手の込んだ仕上がりです。

こんな面倒な技法を若冲がどこから思いついたのかは分かっていません。
西陣織の下図(模様を織り出すための設計図)が元だという説と、中国や朝鮮半島から伝わった紙織画(ししょくが。細く切った紙を織物のように編んで図柄を表現する技法)が元だという説が有力ですが、どちらも確証はないようです。

若冲と言えば細部まで緻密に描き込まれた極彩色の動植物が有名で、「升目描き」はやや趣が異なるような気もしますが、特徴的な色彩の細かいところまで描き込んだ作品、という点では実に若冲らしい作品かもしれません。


伊藤若冲《白象群獣図》《鳥獣花木図屛風》《樹花鳥獣図屛風》― 升目描きで表現された動物たちの世界

枡目描きの技法による作品は現在、個人蔵の 《白象群獣図》、現在は出光美術館が所蔵する旧プライスコレクションの《鳥獣花木図屏風》、静岡県立美術館が所蔵する《樹花鳥獣図屏風》の3点があります。
このような動物を中心とした作品は、熱心な仏教徒だった若冲が「すべての存在には仏性があり成仏できる」という「悉皆成仏(しっかいじょうぶつ)」の思想を形にしたものなんだとか。

 《白象群獣図》

紙本墨画淡彩 額装(元は屛風[2曲1隻]) 123cm×71.5cm
白、茶色、灰色、黒の4色で白い像とそれを囲む獣たちを描いています。
現在確認されている升目描きの作品の中ではもっとも地味な作品ですが、もとは裏側に若冲の署名があり、歴史的にも貴重な作品です。

《鳥獣花木図屛風》(プライス本)

紙本着色 屛風(6曲1双) 168.7cm×374.4cm
升目の大きさは均一で、一辺12mm四角形が左右あわせて87,000個近く並んでいるそうです。
向かって右の屛風(右隻)には白い象を中心に様々な動物たちが、左の屛風(左隻)には鳳凰を中心に鳥たちが集まっています。
若冲の魅力を世界に先駆けて再発見したジョー・プライスさん(1929-2023)の旧蔵品のひとつで、2019年から出光美術館に所属されています。

《樹花鳥獣図屛風》(静岡本)

紙本着色 屛風(6曲1双) 137.5cm×355.6cm(右)、137.5cm×366.2cm(左)
升目の大きさは9mm前後で、形や大きさにばらつきがあります。
左隻に鳳凰と鳥たち、右隻に白象と獣たちを配置する構図は《鳥獣花木図屛風》 とほぼ同じ。
もとは白象がいる右隻のみが伝わっていましたが、1993年に左隻が発見されて、現在は揃って静岡県立美術館に所蔵されています。
升のばらつきや背景の構成など様々な点で 2024年にデジタル復元された《釈迦十六羅漢図屛風》と共通点が多く、復元の参考にされたそうです。


伊藤若冲《釈迦十六羅漢図屛風》― 失われた升目描きの傑作

若冲の升目描き作品は、上の3点以外にもう1点存在が確認されています。
お釈迦様と16人の羅漢を描いた8曲1隻の屛風で、他とは違い人物中心の構成。
現存すれば若冲研究の貴重な手がかりになったことでしょうが、その行方は知れず、1945年の大阪大空襲で消失したと考えられています。
現在残っているのは1933年に大阪でおこなわれた展覧会の図録『臨幸記念名家秘蔵品展覧会図録』収録の白黒図版(288mm×88mm)のみ。
そこで2023年、デジタル復元のエキスパートであるTOPPANの木下悠さんを中心に、《釈迦十六羅漢図屛風》をデジタル技術で復元するプロジェクトがスタートしました。
明治学院大学の山下裕二教授・東京藝術大学の荒井経教授の監修のもと、2024年に推定復元が完了し、10月5日からデジタル文化財ミュージアム KOISHIKAWA XROSS で一般公開される予定です。

日曜美術館「若冲 よみがえる幻の傑作〜12万の升目に込めた祈り〜」(2024年7月14日)

2024年7月14日の日曜美術館(NHK)で、《釈迦十六羅漢図屛風》のデジタル推定復元プロジェクトが紹介されました。

別の若冲作品を参考に印刷ではつぶれてしまった細部を補完したり、白黒の色の明るさから元の色味を推定したり、共通点が多い《樹花鳥獣図屛風》の調査結果を反映したり。
失われた実物に限りなく近い(と考えられる)構図や色が決まった後も、《樹花鳥獣図屛風》に近い升目を再現(絵の具の滲んだニュアンスまで再現!)し、さらにデータに落とし込んで全体を復元していく作業が続きます。
東京藝術大学保存修復日本画研究室の方々、画像を加工するレタッチャーの方々の協力のもと、《釈迦十六羅漢図屛風》(デジタル推定復元)のデータが完成したのは2024年3月。
作業にはのべ1万時間を要しました。

《釈迦十六羅漢図屏風》と《樹花鳥獣図屛風》は共通点が多いだけでなく、若冲が晩年を過ごした石峰寺(京都市伏見区)で同時期に制作された可能性があり、本来は《釈迦十六羅漢図屏風》を中心に置き、その左右に《樹花鳥獣図屛風》を配置して宗教的な空間を演出する構想があったのではないか、とも考えられているそうです。


番組概要

放送日時 7月14日(日) 午前9時~9時45分
再放送  7月21日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 坂本美雨(ミュージシャン) 守本奈美(NHKアナウンサー)

圧倒的な人気を誇る、18世紀京都の絵師・伊藤若冲には、幻の傑作がある。昭和8年にある図録に白黒写真が掲載されて以来行方不明となった「釈迦十六羅漢図」だ。12万もの升目により画面を構成する若冲ならではの描法による大作。昨年専門家チームが結成され、このほどデジタル復元が完成した。写真1枚から極彩色世界をどうよみがえらせたのか。そもそも若冲はなぜ困難な技法に挑み、作品にどんな思いを込めたのか、謎を探る。(日曜美術館ホームページより)

デジタル文化財ミュージアム KOISHIKAWA XROSS (伊藤若冲《釈迦十六羅漢図屛風》の一般公開は10月5日から)

東京都文京区水道1-3-3 TOPPAN小石川本社ビル内
印刷博物館地下1階

2024年10月5日(土)より、土曜日、日曜日、および土日に続く祝日のみ開館

事前申込制 (予約受付は、2024年9月20日より)

入場料500円
*別に印刷博物館入場料が必要

KOISHIKAWA XROSS 限定先行公開

2024年8月24日(土)、25日(日)

13:30~ / 15:00~ / 16:30~
*所要時間 約50分 各回入れ替え制 (各回12名)

予約受付は、2024年8月8日(木)より

印刷博物館ホームページ

KOISHIKAWA XROSS公式ホームページ

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