日曜美術館「美による春日大社案内」(2022.12.25)

日付はクリスマスですが、日曜美術館は日本全国に分社を持つ春日神社の総本社へ。
奈良時代(768年)に創建されたこの神社は藤原氏の氏神であり、
都の守護と繁栄を願われた国家鎮護の神でもあります。
小野正嗣さんは、鎌倉時代の絵巻物「春日権現験記絵」を参照しながら
春日大社をめぐりました。

2022年12月25日の日曜美術館
「美による春日大社案内」

放送日時 2022年12月25日(日) 午前9時~9時45分
再放送  2023年1月8日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

聖なる御蓋山のふもと、原始林の緑に包まれた奈良・春日大社。若宮式年造替が終わったばかりのこの古社を、鎌倉時代に描かれた国宝の絵巻物をガイドに探検。するとほとんど変わらない風景が次々に現れる!自然と響き合う社殿の曲線美。「平安の正倉院」と呼ばれる神宝の美。そして春日の信仰の根底に流れる水や木や岩の美。そんな珠玉の美に導かれて、春日大社を案内する。神秘の儀式・遷座祭(神さまのお引っ越し)の映像も。(日曜美術館ホームページより)

出演
小野正嗣 (作家、早稲田大学教授)
松村和歌子 (春日大社国宝殿主任学芸員)
横田敏行 (小西美術工芸社副社長)
八代目前田平八 (有職翠簾師 京都みす平)
前田平宗 (京都みす平)
前田平志郎 (京都みす平)
桂盛仁 (彫金家・人間国宝)


春日権現験記絵でめぐる春日大社

奈良県にある春日大社を訪れた小野正嗣さんに渡されたのは、
鎌倉時代の春日大社の有様を描いた春日権現験記絵(のコピー)。
本格的な大和絵(平安時代に成立した日本独自の絵画様式)の美術的価値はもちろん、
鎌倉時代の春日大社の姿や当時の風俗を伝える資料としても一級品です。
風景と絵巻を見比べた小野さんは「まったくそのままだ」と
絵の正確さと絵巻が描かれた鎌倉時代から変わらない境内の様子に驚いたようです。

春日権現験記絵とは

「春日権現験記絵」は「春日権現験記絵巻」「春日権現霊験記絵巻」とも呼ばれています。
1309年頃、時の左大臣だった西園寺公衡(藤原氏北家)が
一門の繁栄に対する感謝をこめて、さらに一層の繁栄を祈願して奉納したもので、
宮廷絵師の長であった高階隆兼によって描かれ、
歌人として活躍した公卿の鷹司基忠(藤原氏北家)と3人の息子が詞書を書きました。

貴重な絹に金泥と顔料を贅沢に使い(絹本着色)
最高峰の絵師が腕をふるったこの絵巻は、
全20巻(加えて目録1巻)の中に
春日大社の神々の霊験あらたかなエピソードが描かれています。
かつては絵巻自体が神聖なものとされ、僧侶や神官であっても
40歳以上になり精進潔斎をして初めて見ることが許されたそうです。

春日大社に奉納されていましたが、江戸時代後期に流出。
その後勧修寺経逸(藤原氏北家。任孝天皇の外祖父)が収集し、
鷹司家を通じて皇室に献上され、
現在は宮内庁三の丸尚蔵館の所蔵になっています。
2021年9月30日に国宝に指定されました。

絵巻の中にはお坊さんがたくさん登場しますが、
これは神と仏を一体に祀った古い信仰「神仏習合」を伝えるもの。
春日大社の大宮には春日権現(仏としての春日神の姿)に
僧侶が読経をささげる施設「御廊」が設けられており、
重要文化財《春日宮曼荼羅》(鎌倉時代)には仏としての神々の姿が描かれています。


春日大社の大宮

小野さんが最初にたどりついたのは、春日大社の本殿にあたる大宮。
一般の参拝者が入れる一番奥の中門(重要文化財)前で参拝します。

大宮の神々

参拝者が立ち入ることができない本殿は4棟(すべて国宝)が並んで建っており、
第一殿に武甕槌命(たけみかづちのみこと)
第二殿に経津主命(ふつぬしのみこと)
第三殿に天児屋根命(あめのこやねのみこと)
第四殿に比売神(ひめがみ)をお祀りしています。

ちなみに春日大社の比売神(神道の女神一般をさす名前)は
正式なお名前を天美津玉照比売命(あめのみつたまてるひめのみこと)といい、
第三殿の天児屋根命とご夫婦で、ともに中臣氏(藤原氏)の祖先神にあたります。

春日権現験記絵の大宮

絵巻(巻7)で見る春日大社の大宮は、
4柱の神がおすまいの建物があちこち霞んではっきり見えなくなっています。

これは時間の経過で傷んだわけではなく、
(春日権現験記絵は、現存する鎌倉時代の絵巻の中でも特に状態が良いものです)
主任学芸員の松村和歌子さんによれば
神聖な存在を明確な形で表さない、という伝統的な約束事なんだとか。
神託を下す際に仲立ちになって神のお言葉を伝える人の顔が
絶妙な位置に生えている松の枝で隠れていたりと、
尊いものの姿をあからさまにしない配慮は他の部分にもみられます。

また背景が金色で明るく見えるために分かりにくいのですが、
絵巻の中の時間帯が夜だから見えない、という理由もあるそうです。
夜は神々の力が最も増す時間なのだそうで、
そう言えば神道の重要な儀式は夜におこなわれることが多い気がします。


春日大社の若宮

春日若宮神

1003年に比売神を祀る第四殿の脇に3升ほどの水の塊が現れ、
その中から出現したのが
若宮の神である天押雲命(あめのおしくものみこと)でした。
1135年に別社に鎮座され、春日大社の重要なご祭神の1柱として祀られています。
絵巻(巻16)では周囲の植物までかなり正確に描かれるのにたいして
本殿はやはり直接描かない配慮がされているため、小野さんはすぐにわかったようです。

若宮の式年造替

若宮は、2022年の10月に社を修繕し調度や神宝を新調する
20年に一度の式年造替(しきねんぞうたい)を終えたばかりです。
2022年10月2日の日曜美術館でとりあげた伊勢神宮の式年遷宮
20年ごとにお社を移動して新しく立て替えますが、
こちらは神様を仮の住まいにお移ししている間に社を修復します。

若宮神社本殿(重要文化財)の流れるような曲線を描く屋根は、
ヒノキの皮2万3000枚を竹釘を打って重ねたもの。
壁や柱の鮮やかな深い朱色は貴重な水銀朱(本朱)100%が使われています。
全国でも春日大社の本社と若宮の本殿にしか使われていないんだとか。
(なお水銀朱は無機水銀の一種で、強毒性の有機水銀とは別のものです)
屋根の吹き替え、朱の塗り替え、どちらも職人の方々が昔ながらのやり方でおこない、
絵巻にある社殿と全く変わらない若宮の姿が取り戻されました。

若宮に収められる調度・神宝も、古から変わらないデザインで新調されます。
光源を入れる部分にガラスの瑠璃玉を連ねたものを張り青い光を放つ《瑠璃燈籠》、
歴代皇后の寄進で1本1本に緑青で彩色した竹ひご720本を色糸で編んだ《御翠簾》、
そして1930年の式年造替で下ろされ、
1955年に一括で国宝に指定された「若宮御料古神宝類」49点のうち
純金の鶴が純銀の枝にとまる飾り物《金鶴及銀樹枝》の材質や技法を調査して
復元新調された《金鶴洲浜台》など、
現代の匠が腕をふるった品々は、10月25日の「神宝検知之儀」で検分され、
神々のもとに納められました。

10月28日には綺麗になった本殿に若宮をお戻しする
「若宮本殿遷座祭」がおこなわれました。
若宮はやはり夜にほとんどの明かりを消した中、
菅笠の周りに正絹を垂らした「御差几帳」に入って、新しいお宮に入られました。


春日大社と人々をつなぐ美

小野さんは今回春日大社にお参りして、
自然と融合した建物の美しさに驚いたそうです。
現在の春日大社でも、
樹木の成長を妨げないように穴をあけられた瑞垣や屋根、
社殿の下に収まった磐座(御神体である岩)などの形で
樹木や岩石に対する古い信仰を見ることができます。

ふもとに春日大社を抱える御蓋山は、
神社ができる以前から人々の信仰を集める聖なる山でした。
神社の創建よりおよそ10年前の地図
《東大寺山堺四至図》(奈良時代。正倉院宝物)には
現在の大宮がある場所が「神地」と記録されており、
そこに建てられた春日大社は
聖なる山の力を人々に伝える役割をもっているようです。

色と形を持った社の建物は、
見えないものである神と私たち人間を媒介する存在。
だからこそ建物と自然が調和して、双方の美しさを感じさせる必要があると
小野さんは考えます。


春日大社の式年造替を記念する展覧会

「式年造替記念特別展 春日大社 若宮国宝展―祈りの王朝文化―」(奈良国立博物館)

藤原摂関家など平安貴族が若宮に奉納した太刀や弓・飾り物など
当時最高峰の技術を集めた工芸品が展示され、
さらに古来の祭礼・神事・芸能などが紹介されます。

奈良市登大路町50(奈良公園内)

2022年12月10日(土)~2023年1月22日(日)

9時30分~17時 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館
年末年始(12月28日~1月1日)休館
1月9日(月・祝)は開館し、翌10日(火)休館

一般 1,600円
高大生 1,400円
小中生 700円

公式ホームページ

「特別展 春日若宮式年造替奉祝 杉本博司―春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山そして江之浦」(春日大社国宝殿)

日本の仏教美術、神道美術のコレクターであり、
2022年3月には自ら手掛けた芸術空間「江之浦測候所」に春日社を創建した
美術家の杉本博司さんがプロデュースする展覧会。
杉本さんの新作も展示されます。
江之浦測候所については2022年7月10日の日曜美術館でも取り上げられました

奈良県奈良市春日野町160(春日大社境内)

前期 2022年12月23日(金)~2023年1月29日(日)
後期 2023年1月31日(火)~2023年3月13日(月)
10時~17時 ※入場は閉館の30分前まで

1月30日(月)休館

一般 1000円
大学・高校生 600円
中・小学生 400円

公式ホームページ

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