日曜美術館「伊勢神宮 神の宝~いにしえの色をつなぐ手~」(2022.10.2)

2033年に予定されている伊勢の「式年遷宮」。
社殿の建て替えそのものは20年に一度ですが、
そのための準備は前回の遷宮直後から途切れることなく続いており、
内宮・外宮の新しい社殿に納めるための御装束御神宝調製の準備も進行中です。
日曜美術館では、御神宝の中でもひときわ豪華な「玉纏御太刀」の試作現場を撮影。
司会の小野さんは神宮に参拝し、神宮徴古館で過去の御神宝を鑑賞しました。

2022年10月2日の日曜美術館
「伊勢神宮 神の宝~いにしえの色をつなぐ手~」

放送日時 10月2日(日) 午前9時~9時45分
再放送  10月9日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

20年に1度、式年遷宮が行われる伊勢神宮。その度に神に捧げる1576点もの神宝を全て作り直す大プロジェクトが行われる。11年後の式年遷宮に備えて現在行われている試作の様子を特別取材。宝石やガラス玉がはめられた「御神宝の中の御神宝」と呼ばれる玉纏御太刀(たままきのおんたち)。いにしえの色をどうすれば受け継ぐことができるか。日本各地の植物や鉱物からいただく色を前に苦闘する匠たちの挑戦を紹介する。(日曜美術館ホームページより)

出演
小野正嗣 (作家、早稲田大学教授)
深田一郎 (神宮学芸員)
宮本史典 (神宝装束部 神宮技師)
小川倫太郎 (神宮宮掌)
日比敏明 (神宝装束部 神宝装束課長)
ほか、御装束神宝の制作に携わる方々


伊勢神宮の式年遷宮

式年遷宮とは

伊勢の神宮で20年に1度行われる式年遷宮は、
天照大御神をお祀りする皇大神宮(内宮)と
豊受大御神をお祀りする豊受大神宮(外宮)の
御正殿をはじめとする多くの社殿を新しい場所に建て替えて
(新しい社殿が建つ場所は、前の社殿が建っていた「古殿地」でもあります)
神様にもお移りいただく、いわばお引越し。
建物にあわせて衣装や服飾品(御装束)、調度品(御神宝)もすべて新調され、
準備から完了までに20年かかるのも納得の、とても大掛かりな神事になります。

1300年続くこの行事は持統天皇(在位690-697)の代にはじまり、
2013年に第62回の遷宮がおこなわれました。
式年遷宮に関する最古の記録『皇大神宮儀式帳』(804)によると、
平安時代の初めごろには御装束神宝を新しく調製する習わしが定着していたようです。

神宮の御装束神宝

新しい社殿に新しい御装束神宝が収められると、
古いものはすべて下げられることになります。
これらの古い御装束神宝(撤下品)は明治時代まで
「神に捧げたものを人が使うのは畏れ多い」という理由から
燃やす・埋めるなどして人の手に触れないようにしていましたが、
技術や伝統の継承のため、現在は神宮徴古館(1909年創設)で保存されています。

神宮徴古館で1929年の遷宮で奉納された御神宝を鑑賞した小野さんは、
「日本の伝統工芸のオールスター揃い踏み」と表現しました。
漆芸・金工・染色などの伝統的な技術が、
それも時代ごとの最高の職人たちによって惜しげもなく注ぎ込まれた御神宝は、
古式にのっとって同じ寸法・同じ素材・同じ技法で調製されるのが原則。
その数は714種類、1576点におよび、
人間国宝をはじめ伝統技術を継承する匠2000人が携わります。

御神宝と「古ぶり」

明治より前の時代の御装束神宝は残されていないのに
何故同じものが作れるのかといえば、
室町時代の『応永十七年絵巻 内宮』(1410)のように、
制作手控が残されているからです。

それでも1000年以上の時間が流れたことで、
現代では入手が難しい素材があったり
分からなくなっている技術もありますが、
それでもできる限り古代に忠実な「古(いにしえ)ぶり」を盛り込むことが
大切な取り組みであると、神宮技師の宮本史典さんは語っています。


玉纏御太刀(たままきのおんたち)の調製

御神宝の中の御神宝

日曜美術館で取り上げた玉纏御太刀は
御神宝の太刀の中でも特に豪華な一振りで、
「御神宝の中の御神宝」と言われることもあるそうです。
黒漆に金銀の蒔絵を施した鞘には色ガラスの玉をひし形に連ね、
飾り金具の上に天然石の玉を飾る、
まさに「玉を纏う」太刀の名前通りの姿をしています。

柄の部分を、鈴を飾った金具が環のように取り囲んでいる形も特徴的。
神宮学芸員の深田一郎さんによると、
この形は奈良~平安時代に作られたもので、
6世紀後半の藤ノ木古墳(奈良県生駒郡斑鳩町)からも
同様の形で玉を飾った太刀が出土しています。
また玉を施した透かし彫りの金具や蒔絵の装飾は
8世紀に唐から輸入された太刀との共通点があり、
玉纏御太刀は様々な宝物のエッセンスを取り入れて完成したことがわかります。

玉纏御太刀制作プロジェクト

玉纏御太刀は、前述の『応永十七年絵巻 内宮』に
「玉纏太刀一腰」と記録され、
図とともにパーツごとの寸法や素材の指定が細かく書き込まれています。
これらの部位はそれぞれの専門家によってつくられ、
最終的に組み上げて完成するのです。

玉纏御太刀制作プロジェクトの中心となるのは、
刀剣装飾の専門家が大勢所属する宝飾品会社の方。
この会社では空花唐草文様の透かし金具などの金工を担当し、
4年がかりで試作に取り組んでいるそうです。


唐組平緒 ― 技術の伝承と植物素材の危機

平緒(ひらお)は刀を身につけるための帯です。
玉纏御太刀の平緒は幅の広い縹色の唐組紐に刺繍をほどこしたもので、
11色に染め分けた絹糸を432本も使用して組み上げるもの。
糸の数が増えればそれだけ高い技術が必要になり、
現在では唐組平緒をつくれる「有職組物師」は日本にひとりしかいません。
試作を担当している組紐工房では4年前から
工房の職人たちに技を伝える試みをおこなっています。

一日に組める長さおよそ1㎝に対して、唐組平緒の全体の長さは4m。
一年以上の時間をかけて、
しかも最初から最後まで均一の仕上がりにならなければなりません。
同じリズムと力加減であることも大切ですが特に大切なのは染色の工程で、
色だけでなく糸の滑り具合も染料や染める時間で変わってくるために
全体の良し悪しは糸を染める段階で決まってしまうんだそうです。

戦争による古ぶりの危機

神宝に使われる染織品をすべて集めると、その長さは14kmになるそうです。
古式そのままの染色技法でこれだけの量を染めるには、
東北から沖縄まで全国から集められた様々な植物染料約1トンが必要になります。
1929年の御遷宮まではすべての染織品に植物染料が使われていました。

ところがその後、太平洋戦争(1941-1945)が勃発し、
4年遅れて1953年におこなわれた戦後1回目の御遷宮では
植物染料が集められなかったためにやむを得ず一部に化学染料を使用。
この傾向はその後も続きましたが、
前回にあたる2013年の御遷宮ではほぼすべての染織品に
植物染料が使われる84年ぶりの快挙となりました。
なお玉纏御太刀につけられる唐組平緒は
現在にいたるまで植物染料のみが使われているそうです。

戦争で危機に瀕したのは植物染料だけではありません。
柄の下地に使われる木材は沖縄で御神木として祀られる赤木を用いていましたが、
沖縄戦の影響で赤木がほぼ失われてしまい、戦後以降は桜で代用されていました。
今回の御遷宮では貴重な赤木の木材が手に入り、
古ぶりの復活に大きく近づきました。


玉纏御太刀が「纏う」玉 ― 古代の技法の復活

赤瑪瑙の「焼き入れ」

玉纏御太刀に飾られる玉は、天然石の玉144個と色ガラスの玉300個。
天然石の玉は古代以来海外からの輸入に頼ってきた
瑠璃(今回はアフガニスタン産)を除いて、
水晶は山梨県、琥珀は岩手県というように、国内の素材を使ってきました。

その中でも赤瑪瑙は、たった6粒ながら全体の色を引き締める重要なポイント。
前回も玉纏御太刀の制作に協力した天然石細工の工房では、
今回は前回使用した北海道産の赤瑪瑙のほかに
島根県出雲の花仙山で採れた赤瑪瑙に「焼き入れ」をほどこしたものを試作しました。
(出雲産の瑪瑙を使った勾玉は、奈良にある4世紀後半の古墳からも出土しています)
鉱石を加熱することで色が鮮やかになり、
さらに軟らかくなるために加工がしやすくなります。

2022年7月におこなわれた全体の調和を検討するミーティングでは、
焼き入れ加工した出雲の瑪瑙を使うことが決定しました。

平安ガラスの再現

鞘を彩る5色(青・黄・赤・白・紫)のガラス吹き玉でも、
新たな挑戦がおこなわれています。
1929年に奉納された玉纏御太刀のガラス玉は、
近代のガラス製法で作られているために不純物のない透明な玉です。
今回の試作にあたっては平安時代のガラスを研究し、
あえて少し気泡を含んだ古代ガラスを再現しました。

古代の製法に近づけたガラスは他の部品ともよく馴染む
ほど良い仕上がりになりました。


特別展「生きる正倉院-伊勢神宮と正倉院が紡ぐもの-」

2022年9月13日(火)~11月9日(水)

神宮徴古館・神宮美術館・せんぐう館の複数間にわたって
過去の御装束神宝や御遷宮に関する資料を展示し、
技術と文化を未来に伝える展覧会です。

神宮徴古館 / 神宮美術館

三重県伊勢市神田久志本町1754-1

9時~16時 ※入場は閉館の30分前まで

木曜休館(祝日の場合はその翌平日)
12月29日~31日休館

一般 700円
小・中学生 200円
※徴古館・農業館・神宮美術館共通券

公式サイト

せんぐう館

三重県伊勢市豊川町前野126-1(外宮まがたま池)

9時~16時 ※入場は閉館の30分前まで

毎月第2・第4火曜日休館(祝日の場合はその翌日)

一般 300円
小・中学生 100円

公式サイト