日曜美術館「孤高の花鳥画家 渡辺省亭」(2021.5.9)

司会の小野正嗣さんも「知らないことばっかり」という渡辺省亭(わたなべ せいてい)。
実は日本人画家として初めてパリの土を踏み、印象派の巨匠とも交流があった人です。
そんな省亭は何故「孤高」の「知られざる」画家になったのでしょう?

2021年5月9日の日曜美術館
「孤高の花鳥画家 渡辺省亭」

放送日時 5月9日(日) 午前9時~9時45分
再放送  5月16日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

知られざる花鳥画の天才・渡辺省亭がついに登場!西洋的な写実と江戸の粋が融合した唯一無二の世界を展開した省亭。明治に初めてパリに渡った日本画家で、ドガら印象派の画家たちを魅了した。国内でも高い評価を得たが、画壇に属さず、弟子もとらず、市井の画家として孤高の生涯をつらぬいたため、いつしか忘れ去られた。生命感に満ちた傑作の数々を紹介しながら、渡辺省亭の高い観察眼と高度な技法の秘密、孤高の生き方に迫る。(日曜美術館ホームページより)

ゲスト
古田亮 (東京藝術大学大学美術館教授)

出演
山下裕二 (美術史家、明治学院大学教授)
髙橋雅雄 (岩手県立博物館生物部門専門学芸調査員)
向井大祐 (東京藝術大学大学院保存修復日本画研究室)


渡辺省亭について

明治から大正にかけて活躍した花鳥画家・渡邉省亭(1852-1918)。
山下裕二さんによると、明治時代の日本絵画の技法をしっかり身につけた上に
洋画的な表現も加えて自分の画風を作り上げた
「この時代の最高レベルの画技」を持っている人だったそうです。

《牡丹に蝶の図》1893 個人蔵

展覧会のポスターにも採用された《牡丹に蝶の図》は
中央にピンクと白の大輪の牡丹と黒揚羽を描いた華やかな作品。
立体感のある花弁のグラデーションなどは西洋の水彩画に似ているようにも思えます。

渡邉省亭(1852-1918)の生涯

渡邉省亭は、幕末の江戸神田佐久間町で、札差(金融業)の家に生まれました。
生家のすぐ近くに将軍の鷹の餌になるスズメやハトを飼育する「飼鳥屋敷」があり、
花鳥画家としての基礎はこの頃に育まれたものかもしれません。

五六歳ノ頃ヨリ 戯ニ画ヲ作ルヲ 何ヨリ快楽トス(「自筆履歴」より)

という省亭は、16歳の時に
歴史人物画で有名な画家の菊池容斎(1788-1878)に入門しました。
最初の3年くらいは徹底的に習字の稽古をさせられ、
さらに、観察し、記憶し、写生することの大切さを叩き込まれたそうです。
この師匠の下で

画学ニ勉励スルコト 昼夜寝食ヲ忘ルルクライ
枕辺ニ紙筆ヲ携タママ イツモ寝ルヲシラス…

という生活を送り、筆を自由自在にコントロールする技術や
写実的な描き方を身につけました。

1878年の第3回パリ万博への出品を機に、
日本画家として初めてパリへ行った28歳の省亭。
出品した《群鳩水盤ノ図》は銅牌を受賞しました。
1年ほどの滞在の後に帰国し、
しばらくの間は内外の博覧会や展覧会に積極的に出品しています。
ロンドンでも1893年と1894年に個展が開催されるほどの人気画家でした。

省亭は30代で己のスタイルを確立させ、これを終生貫いたそうです。
これがパリの影響だったらストーリーとしては満点なのですが、
古田亮さんは渡仏の前年に描かれた《群鳩水盤ノ図》とそれ以後の作品を比べても
「ヨーロッパで何かを引っくり返されたような形跡はない」と言います。

省亭は1898年に創設された日本美術院のメンバーにも誘われますが、
これを断って市井の画家として暮らしたそうです。
美術団体に属さず、展覧会や博覧会にもほとんど出品せず、
地域の旦那衆から注文を受けて絵(おもに掛け軸)を描いていました。
公の場に出品しなくなった理由は、1893年のシカゴ万博に出品した
《雪中群鶏図》の審査結果が不満だったからとも言われています。

それでも省亭は注文が絶えない人気画家でしたが、
弟子をとらなかったために技術を受け継ぐ人も、業績を語り継ぐ人もなく、
後の関東大震災や戦争で多くの作品が失われたこともあって
「忘れられた画家」になってしまったようです。

藝大の展覧会を企画した古田さんによると、
企画が動き出した3年前の時点では
知られている作品も100点から150点あまりだったのを、
人づてに聞いたり個人コレクターを紹介してもらうなどして、
500点以上に増やすことができたんだとか。
終生写生を続け作品を描いたという省亭ですから、
実際にはもっとたくさんの名作があったのかも知れません。


渡邉省亭と鳥 「カサカサの筆」が生み出す質感

藝大の展覧会に行った小野さんが
「花も素晴らしいんですが、鳥の描写に驚きました」とコメントしているように、
省亭の鳥は鳥類学者の髙橋雅雄さんにも
「鳥の体の構造をよく分かってたと思うんです」と
感心されるほどの正確さで描かれています。

《鳥図(枝にとまる鳥)》1878 クラーク美術館所蔵

渡仏中の省亭が
日本美術愛好家の集まりで席画を披露した時のエピソードを、
浮世絵の研究家でもあった
作家のエドモン・ド・ゴンクール(1822-1896)が書き残しています。

大体の輪郭線もないデッサンにもかかわらず
明暗で光が描かれ、見事というしかない。
毛先が潰れたカサカサの筆で
本当にふわっとした羽毛の質感を表す
驚嘆するほどの技法を持つ
(『ゴンクールの日記』)

この時描かれた《鳥図》または《枝にとまる鳥》は
「為 ドガース君 省亭 席画(印)」と署名され、
印象派の画家エドガー・ドガ(1834-1917)に贈られました。
ドガは省亭に筆を借りて墨絵にチャレンジしたこともあったそうです。

《九月 杉にみみつく》(「十二ヶ月 花鳥図」のひとつ)

髙橋さんは、フクロウの仲間のトラフズクの剥製を例にして
省亭の観察力を解説しています。

フクロウの仲間は獲物までの距離を正確に測るために
両目が正面にある(立体視ができる)平べったい顔をしています。
そのせいで横から見ると描きにくく、
フクロウを描く時は真正面から描くのが普通なんだとか。
ところが省亭は細かな特徴や質感をとらえて
横や斜めから見たフクロウを描き分けることができました。

12の月にあわせて四季の花と鳥を描いた連作「十二ヶ月花鳥図」のうち
《九月 杉にみみつく》も、横向きのミミズクを描いた作品です。
番組の中では、日本画家で研究者でもある向井大祐さんが模写しました。

向井さんは模写の作業を通して、
さまざまな線を使い分けること、非常に薄い絵の具を塗り重ねることによって、
対象の質感を描き分けていると感じました。

特に線については、筆で描く線から筆先の毛羽から生まれる細かい線まで
「線の質の幅が広い」ことに注目しています。
省亭が描く作品の立体感は、西洋画のように陰影ではなく
「線の最終的な強弱」で表現されたものでした。

省亭の描く鳥をリアルに見せているのは、正確な観察と質感の再現のようです。
ゴンクールを驚かせた「毛先が潰れたカサカサの筆」も、
羽毛の質感を出すためにあえて選んだのかもしれません。


渡辺省亭と超絶技巧 濤川惣助とのコラボレーション
(迎賓館赤坂離宮「花鳥の間」)

七宝焼きは地の上に釉薬の仕切りとなる金属線を乗せて焼き上げるのが一般的ですが、
金属線を取り除いて釉薬の境目をぼかすことで
筆で描いたような質感とグラデーションを表現する「無線七宝」という技法があります。

無線七宝を開発した濤川惣助(1847-1910)と省亭は交流があり、
省亭の下絵をもとに濤川が制作した七宝作品がいくつも残っています。

中でも1909年に東宮御所(赤坂離宮)として建設された西洋宮殿の
「花鳥の間」を飾る「七宝額絵」30点は、
植物の花弁や葉脈・鳥の羽毛などの質感まで、
省亭の筆を見事に再現した七宝作品の傑作です。

東宮御所は第二次世界大戦後に国に移管され、
1974年「迎賓館赤坂離宮」として開館。
2009年に国宝指定され、一般公開もされています。


江戸っ子気質の絵師? 渡辺省亭

赤坂離宮の建設に当たっては、当時の国の威信をかけて
日本の建築・美術・工芸界の総力が結集されました。
これは省亭たちも気合が入ったことだろう…と思いきや、
山下さんは「国家プロジェクトだから」ということは
なかっただろう、と推測しています。

省亭にとっては御上であろうとも、
掛け軸を頼んでくる下町の旦那衆と変わらない注文主のひとり。
「ただ、画料の高いか安いかで多少力こめたり手抜いたりはした人だと思うけどね?」
……だそうです。

頼まれた仕事をこなし、料金に見合った作品を仕上げる姿勢は
近代的な「画家」というよりも江戸の「職人」のよう。
渡辺省亭という人は、絵の職人・絵師としての生きた人かもしれません。

画家として成功するなら美術学校を卒業して、展覧会などで評価を得て…
という現在のシステムは、明治期に欧米から輸入されたものでした。
欧米で高い評価を受けた省亭が、その欧米由来のシステムに乗ることなく
「忘れられた画家」になったのは、なんだか皮肉な話です。

再び《牡丹に蝶の図》

省亭の《牡丹に蝶の図》をよく見ると、中央で目を引く2輪の牡丹とは別に、
左側に枯れた牡丹が置かれて、そこから抜け落ちた雄蕊が
はらはらと散っていく様子が描き込まれていることに気づきます。
また上に伸びていく牡丹の支柱を目で追っていくと、だいぶ上の方に小さな白い蝶が。

この絵を自宅に飾って毎日のように眺める注文主が
ある日ふと目を止めて「あ、こんな所に…」と驚く姿を、
省亭は期待していたのではないかと、つい想像してしまいます。


展覧会情報(藝大美術館・齋田記念館)

「渡辺省亭 欧米を魅了した花鳥画」東京藝術大学大学美術館

4月25日(日)から、コロナウイルス感染拡大防止のため臨時休館中
展示室内の様子(前期)は、
東京新聞が公開している動画
で少しだけ見ることができます

東京都台東区上野公園12-8

2021年3月27日(土)~5月23日(日)

10時~17時 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館

一般 1,700円
大学・高校生 1,200円
中学生以下 無料
※ 障がい者手帳をお持ちの方および介護者1名は無料

公式サイト

「古き良き日本の美 渡邊省亭と谷文晁摸写《佐竹本三十六歌仙絵巻》」(齋田記念館)

5月12日より再開

5月22日までですが、
こちらでも省亭の作品10点あまり(初公開の作品を含む)が展示されます。

齋田記念館では省亭の没後100年にあたる2018年にも
「花鳥礼讃―渡邊省亭・水巴 父と子、絵画と俳句の共演」を開催しています。
省亭の息子である渡辺水巴(1882-1946)は高浜虚子に師事した俳人で、
大正初期の「ホトトギス」を支えたひとりでした。

東京都世田谷区代田3-23-35

2021年4月1日(木)~5月22日(土)

午前10時〜午後4時30分 ※入場は閉館の30分前まで

土曜・日曜・祝日休館(5月22日の土曜日は開館)

入館料 300円

齋田記念館ホームページ

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