日曜美術館「特別アンコール 語りかけるまなざし 彫刻家・舟越桂の世界」(2024.5.12)

神秘的なまなざしの人物彫刻で知られる彫刻家の舟越桂さんが、2024年3月29日に亡くなりました。
日曜美術館では、生前の舟越さんに取材した回を再放送。
代表作のひとつ《水に映る月蝕》を制作する現場を追いかけました。

2024年5月12日の日曜美術館
「特別アンコール 語りかけるまなざし 彫刻家・舟越桂の世界」(2003年5月25日の再放送)

放送日時 5月12日(日) 午前9時~9時45分
再放送  5月19日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 はな(モデル) 山根基世(NHKアナウンサー)

3月に72歳で亡くなった彫刻家・舟越桂さん。クスノキを素材に、従来の人物彫刻にはない独特の存在感を放つ作品で、具象彫刻の新しい可能性を広げました。私たちが、舟越さんのアトリエでの創作に密着したのは2003年。まだ見ぬ形を求めてクスノキと対峙する、静かな対話の記録です。(日曜美術館ホームページより)

ゲスト
天童荒太 (小説家)

出演
酒井忠康 (美術評論家)
小澤孝幸 (《夏のシャワー》モデル)
近内伸子 (《冬の本》モデル)
森村泰昌 (美術家・《野の印画紙》モデル)
高木正義 (トラピスト修道院大修院長)


舟越桂さんと日曜美術館

2024年5月12日に再放送された「語りかけるまなざし 彫刻家・舟越桂の世界」は、20年以上前の2023年5月25日の放送です。
(当時は「新日曜美術館」)
東京都美術館で開催された舟越さん(当時51歳)の回顧展「舟越 桂 Katsura Funakoshi Works: 1980-2003」(2003年4月12日~6月22日)にあわせて、舟越さんの創作の軌跡と最新作《水に移る月蝕》の制作現場が紹介されました。

ゲストは小説家の天童荒太さん。
天童さんの『永遠の仔』(幻冬舎、1999)の表紙を飾っているのは舟越さんの作品です。
(装幀の多田和博さんの提案でした)
天道さんはこの10年以上前から舟越さんの作品が好きだったそうで、決定して本当に嬉しかったそうです。
原稿の最終チェックという精神的に辛い時期は、表紙の刷り見本に励まされて乗り切ったといいます。


舟越桂さん(1951-2024)のこと

舟越桂さんの父親である舟越保武(1912-2002)は、大理石や砂岩を使った具象彫刻で有名な彫刻家でした。
そんな父親の姿を見るうちに、舟越さん自身もごく自然に彫刻家を目指し東京造形大学に進んだのですが、同級生たちと比べてターニングポイントとなる師や作品との出会いがない自分がなぜ彫刻家を目指すのか、という悩みがあったと言います。
大学院に進んでも、制作が手につかなくなるほどの迷いを抱えていた舟越さんのターニングポイントは、北の地からもたらされました。

舟越桂さんとクスノキの出会い ー トラピスト修道会の聖母子像

舟越さんの転機は、函館の北海道男子トラピスト修道院から新しい聖堂を飾る聖母子像の制作を依頼されたことでした。
現在も聖堂の天井近くから人々を見下ろす聖母子は、高さ2m30cmという大型のもの。
彩色のない素朴な雰囲気の木彫りです。
素材は修道院側の希望でしたが、この時に舟越さんは初めてクスノキという素材に出会い、自分に合っていると感じたそうです。
聖母子像の制作時、舟越さんは突然神の子の母になると告げられたマリア様が普通の人々と同じ「不安」を抱えていただろうことを考えて「聖母」であるマリア様と「いい加減な人間である自分の共通点を見つけたんだとか。
この仕事がきっかけになり、舟越さんはクスノキの木彫で人物像を作るようになります。

舟越桂さんの人物彫刻 ― 同時代人の彫刻

美術評論家の酒井忠康さんは、暮らしの中でたまたま出会うような同時代の人たちの中にあるものに注目した、現代の生活の中で捉えられる人体像が舟越さんの作品だと語りました。
舟越さんは実際に、同時代を生きる実在の人をモデルにした作品も多く作っています。
日曜美術館では、知り合いの男性がモデルの《夏のシャワー》(1985)、とある個展を訪れた女性がモデルの《冬の本》(1988)、様々な人になりきったセルフポートレートの美術家・森村泰昌さんがモデルの《野の印画紙》(1993)が紹介されました。
モデルさんたちは皆、作品の中に自分自身を超えたところにある何かを感じているようです。

舟越桂さんの人物彫刻 ― 具象を超えた不思議な彫刻

はなさんが「木とか山とかお水が人間の姿に生まれ変わったらこういう形してるのかな」というように、舟越さんの作品には人間を超越したような形の人物像もあります。
後頭部にもう一つの顔を持ち巌がそびえる山のような体をした《肩で眠る月》(1996)や、一つの胴体に2つの首がある《支えられた記憶》(2000)など、こういった作品が増えていくのは1990年代頃から。
ちなみに《支えられた記憶》は怪我をしたラグビー選手が別の選手に支えられる姿からインスピレーションを得たもの。
舟越さんは大学の3年時にラグビー部を立ち上げるほどのラグビーファンだったそうです。


舟越桂《水に映る月蝕》(2003)

《水に映る月蝕》は、それまでの舟越さんがほとんど作ってこなかった裸婦像。
大きく膨らんだ腹と背中から突き出した左右逆の手が特徴です。
舟越さん自身が「すごく大事な作品になるような予感」を感じたというこの作品、近年でも2020年末に松涛美術館(東京都渋谷区)で開催された「舟越 桂 私の中にある泉」でキーヴィジュアルに採用された代表作のひとつです。
日曜美術館は、2月のはじめから3月30日まで、およそ58日がかりの制作過程を追いかけました。

《水に映る月蝕》の形

舟越さんは作品を作る際「その人らしさ」を追究するためにまず徹底したデッサンをおこなっていました。
(時には数十枚に及ぶことも!)
《水に映る月蝕》の形も何種類もの候補を描いたうえで決まっていますが、お饅頭のような形(ドラゴンクエストのスライムにも似ている気がします)の腹部は最初から変わっていないようです。
形の面白さを突き詰めた結果この形に行きついたそうで、妊婦さんではないとのことでした。
逆に手の形と位置は候補がいくつもあり(自分を抱きしめるような形などもあったようです)実際の制作に入ってからも角度まで細かく調整されていました。
胸の前でクロスさせた手が胴体を突き抜けて背中に移ったような形は現実にはあり得ないポーズですが、小さな翼が羽ばたいているようにも見えます。

《水に映る月蝕》と大理石の目

舟越さんの彫刻の濡れたような目は、大理石に樹脂を塗り重ねることで作られるそうです。
また、正面に立ってもなかなか目が合わない気がする不思議なまなざしも特徴のひとつ。
どこを見ているのかわからない目つきの秘密は、片方の黒目が外側に向いている「外斜視」になっていること。
最初は遠くを見るような視線が綺麗に見えるという理由でしたが、段々自分という「一番遠く、分からない」存在の内側を見つめる視線なのではないかと思うようになったんだとか。
これは、舟越さん自身が自分を見つめ続けた実感かもしれません。

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