日曜美術館「よみがえる伝説の画聖・明兆」(2023.4.16)

東京国立博物館で開催中の「特別展 東福寺」へ。
1236年から1255年まで、およそ19年をかけて完成した東福寺の伽藍は、日本に現存する中で最大級のスケールを誇ります。
東福寺に伝わる宝物には、トーハクの展示室にも収まりきらず展示を断念したものもあったそうですが…?
ゲストは美術史家の山下裕二さんと、この展覧会の企画者である高橋真作さんです。

2023年4月16日の日曜美術館
「よみがえる伝説の画聖・明兆(みんちょう) 」

放送日時 4月16日(日) 午前9時~9時45分
再放送  4月23 日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

室町時代に、京都・東福寺の絵仏師として活躍した明兆(みんちょう)は、江戸時代まで雪舟と並び称せられた伝説の絵師だ。巨大伽藍にふさわしい大作を、冴えわたる水墨の技と極彩色で次々と描いた。それらは後の仏画の規範となり、時代を先取りしたような大胆な描線は雪舟にも大きな影響を与えた。代表作「五百羅漢図」が長きに渡る修復を経て公開されるのを機に、最新知見とともに、半ば忘れられた明兆の画業を再評価する。(日曜美術館ホームページより)

出演
山下裕二 (明治学院大学教授)
高橋真作 (東京国立博物館研究員)
石川登志雄 (東福寺資料研究所所長)
島尾新 (学習院大学教授)
岡岩太郎 (文化財修理工房代表者)


明兆(1351-1431)について

南北朝~室町時代初期の画僧・明兆(道号は吉山)は現在の淡路島の生まれで、幼いころに淡路安国寺の大道一以に入門して禅の修行をはじめました。
のち師匠にしたがって東福寺に入り、絵仏師(仏教絵画の制作・仏像の彩色・伽藍の装飾などを行う専門家)として活躍するようになります。
絵を描くかたわら、生涯にわたって殿司(お堂の清掃などを行う管理人)の職を務めたため「兆殿司(ちょうでんす)」とも呼ばれたそうです。
最晩年は南明院(東福寺の塔頭のひとつ)の住持となり、80歳で生涯を閉じました。

狩野派の絵師で古画の研究者でもあった狩野永納(1631-1697)に『本朝画史』(1679、江戸前期)の中で「本朝第一」の画家と称えられていた明兆ですが、現代ではあまり知られていません。
ゲストのお2人によると、明兆の業績が忘れられていった背景には、少し後に生まれた雪舟(1420-1506)の存在に隠れてしまったこと、近代は室町時代の仏画があまり高く評価されていなかったことなどがあるようです。


明兆と《大涅槃図》

《大涅槃図》の特別公開

東京国立博物館の展示室内にも収まりきらないという明兆作の《大涅槃図》(1408)。
お釈迦様が亡くなった時の様子を大画面に描いた作品で、毎年3月14~16日の涅槃会(釈迦入滅の法要)に本尊として掛けられます。
2020年9月から2023年2月まで修理を受けていたため、2023年の涅槃会では5年ぶりのお出ましとなりました。
2023年4月現在、特別公開中です。

東福寺「大涅槃図」特別公開

京都市東山区本町15丁目778 東福寺法堂(仏殿)

春季 2023年4月15日(土)~5月7日(日)
秋季 2023年11月11日(土)〜12月3日(日)

9時30分~16時30分 ※入場は閉館の30分前まで
(4月22日は催事のため16時終了)

東福寺公式ホームページ


《大涅槃図》の特徴。そして猫

明兆57歳の作。
およそタテ11m×ヨコ6mの圧倒的なスケールは、高さ26mの伽藍を飾るのにふさわしいサイズです。
元になったと言われる中国・南宋時代の《仏涅槃図》(元は東福寺にあったと言われています)がタテ1m72㎝なので、全長だけでおよそ7倍。
壮大な伽藍の中心に納めるには、それに見合ったサイズが必要なのでしょう。
(たとえば明治時代に焼失した旧御本尊も、現存する左手だけで2mを超えています)
満月や沙羅双樹の森、横たわるお釈迦さまを取り巻いて嘆き悲しむ人々・御仏・動物たちと、構図や登場するモチーフはだいたい共通していますが、配置などに変更が見られます。

大きさや構図の変化について、山下さんは「お釈迦さまを等身大にしたかったんでしょうね」と語りました。
室町の水墨画を研究する島尾新さんも、涅槃会の参加者が等身(およそ180cm)のお釈迦さまを下から見上げることで、実際に入滅の場に立ちあっているような臨場感を狙っていると考えています。

また涅槃図にしては珍しく、動物の中に猫がいるのも特徴。
そのこともあって《大涅槃図》は人々の話題になり親しまれたと言います。
《大涅槃図》を制作中の明兆の側に寄ってきた野良猫を描き入れてやった…という伝説を描いた久保田米僊の《吉山禅師描大涅槃変相図》(1884)は、絵葉書として東福寺展のショップにも置かれています。


明兆と《五百羅漢図》

中国仏画をこえるビビッドな世界

さて、《大涅槃図》は残念ながらトーハクに来られませんでしたが、東福寺展の目玉として明兆のもうひとつの傑作である《五百羅漢図》(1386)50幅が登場します。
(うち45幅は東福寺、2幅は根津美術館所蔵。3幅は後世の制作・模写)
こちらは2008〜2021年度に修理され、2022年11月15日に東福寺の方丈で行われた修理完了を報告する法要の様子が日曜美術館でも紹介されました。
掛け軸を長押にずらりと掛け並べるのは、床の間が流行する以前の飾り方です。

1幅につき10人の羅漢(お釈迦さまの弟子)を配置して、羅漢が起こす奇蹟や禅寺の日常生活などを極彩色で描いています。
中間色がメインで優美な印象を与える日本の仏画に対して、ビビッドな色使いは当時の最先端である中国技法を取り入れているんだとか。
この作品の元絵は南宋時代の中国で描かれ鎌倉の建長寺旧蔵(現在は大徳寺などが所蔵)の《五百羅漢図》を手本に制作されたことが分かっています。
元絵が1幅に5人の羅漢を描いた全100幅構成になっているのに対して、人口密度が2倍になったことでより華やかで賑々しい様子になっており、その視覚効果を狙ったのではないかと高橋さんは推測しています。

《五百羅漢図》の制作を開始したとき明兆は30歳を過ぎたばかりだったそうですが、体力的に余裕がある年代とは言っても羅漢一人ひとりの表情・着物の色や文様も描き分け、中国の元絵を超える鮮やかな色彩の世界を(しかも50幅も)描くのは並大抵では無かったことでしょう。
明兆は《五百羅漢図》を制作中に故郷のお母さんが病に倒れた時も帰郷することができず、自画像を描いて送ったそうです。


明兆の線とその影響 ― 雪舟も参考に?《達磨・蝦蟇鉄拐図》と《白衣観音図》

《達磨・蝦蟇鉄拐図》と中国仏画からの脱却

《五百羅漢図》《大涅槃図》といった大作を次々に手掛けた明兆の名声は高まり、宗派を超えて仏画や頂相(禅僧の肖像画。ちんそう)などの注文を受けるようになりました。
後年の明兆は筆の勢いも増し、大胆かつ自由奔放な線でグラフィカルな作品を制作するようになります。

島尾さんは明兆67歳ごろの作で禅宗の祖・達磨と仙人の蝦蟇と鉄拐をそれぞれ描いた3幅対の掛け軸《達磨・蝦蟇鉄拐図》(15世紀)を例に、衣の線に注目して「線そのものが面白い」と評価しています。
仏画・水墨画のお手本である中国では、人物の衣装はもちろん草木や岩石など対象ごとに決まった種類の線を用いることで写実性の高い精緻な絵を描くのが理想。
《達磨・蝦蟇鉄拐図》のお手本と思われる元時代の画家・顔輝の《蝦蟇鉄拐図》(14世紀)では、使うべきシーンを意識した線の使い分けを見ることができます。
ところが《達磨・蝦蟇鉄拐図》では、衣も松の木も岩も同じように太くうねるような線で描かれ、それがかえって画面に統一感をもたらしているのです。

明兆が中国の絵画を本歌取りしながら独自の絵を追究できた背景には、中国と日本における禅宗の立ち位置の変遷がありました。
明兆の時代は、中国では王朝が元から明に変わって禅が衰退した時期にあたります。
一方日本では足利将軍の庇護を受けて禅の地位が高まった時期。
日本の禅宗は「中国をお手本にする時代は終わった」とばかりに独自の展開を見せるようになり、その文化的転換点の仏画部門で頭角を現したのが明兆だったのです。


《白衣観音図》と雪舟への影響?

70代の作品である《白衣観音図》になると、明朝の筆さばきはもっと自由になっていきます。
岩窟の中で瞑想する観音菩薩を頂点に、左下に善財童子、右下に龍を配置したこの作品は、二等辺三角形の計算された構成になっています。
そのせいか非常に端正な印象を受けるのですが、背景の岩は荒々しい(山下さんいわく「やぶれかぶれ」な)線、周囲から浮き上がって見える菩薩の白衣は《達磨・蝦蟇鉄拐図》でもおなじみのうねる曲線が踊っています。
《白衣観音図》と雪舟が77歳で描いた国宝の《慧可断臂図》(1496)の共通点を指摘する山下さんは、雪舟はこの絵を見て影響を受けたと確信しているようです。

雪舟に限らず室町時代に新たな仏画の境地を切り開いたパイオニアである明兆は、多くの後進に影響を与えました。
その筆頭は東福寺で明兆の下にいた画僧たちですが、弟子や後輩に限らず明兆に倣った人々がいたことは想像できます。
高橋さんによれば世の中に「明兆の作と伝わる」絵画は山ほどあって、江戸時代には室町時代の作というだけで鑑定人が「明兆筆」「兆殿司筆」と箱書きすることが頻繁にあったそうです。
(中には様式が全く違うものもあったとか!)
これほどインパクトのある明兆の名前が忘れられてしまったのは、偽物が横行しすぎて胡散臭いイメージがついたせいもあるのでは…なんて、つい考えてしまいます。


特別展「東福寺」

《五百羅漢図》は3期に分けて展示されています。高橋さんおすすめの第20号(獅子・虎・象などの動物に騎乗する羅漢たち)は東京では3月26日から4月16日までの展示でしたが、それ以外も見るだけで楽しい羅漢たちの世界が広がっています。
(京都展でも展示あり)
公式ホームページ★ https://tofukuji2023.jp/

東京展(東京国立博物館)

東京都台東区上野公園13-9 東京国立博物館平成館

2023年3月7日(火)~5月7日(日)

9時30分~17時00分 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館 (5月1日は開館)

一般 2,100円
大学生 1,300円
高校生 900円

京都展(京都国立博物館)

京都府京都市東山区茶屋町527 京都国立博物館平成知新館

2023(令和5)年10月7日(土)~12月3日(日)

9時30分~17時00分 ※入場は閉館の30分前まで

月曜休館(祝日・休日の場合は開館、翌大本山東福寺日休館)

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