美術を楽しむちょっとしたヒントを提案する日曜美術館「まなざしのヒント」。
前回のメトロポリタン美術館展(2022年5月8日放送)メトロポリタン美術館展(2022年5月8日放送)と同じく国立新美術館で、小沢一敬さん、深川麻衣さん、そしていつものお2人が愛の芸術を鑑賞します。
講師は三浦篤先生、特別講師に画家の大宮エリー先生と、漫画家の池田理代子先生です。三浦先生によれば愛は不変の存在でも、愛の表現は文化や時代によって変わると言います。
様々な時代の愛の表現から、不変の愛は見えてくるのでしょうか?
2023年4月9日の日曜美術館
「まなざしのヒント ルーヴル美術館展」
放送日時 4月9日(日) 午前9時~9時45分
再放送 4月16日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
まなざしのヒント ルーヴル美術館展
西洋美術を楽しむコツが満載の特別授業、開講!今回のテーマは「愛」。美の殿堂、ルーヴル美術館からやってきた「愛の名品」を鑑賞しながら、神話から貴族社会まで様々な愛の表現を読み解きます。講師には、美術史が専門の東京大学大学院の三浦篤さん、さらにお2人の特別講師もお迎えします。ちょっとしたコツを参考に、もっと自由な絵画の楽しみ方を見つけて下さい!
出演
小沢一敬 (スピードワゴン)
深川麻衣 (俳優)
講師
三浦篤 (東京大学大学院客員教授)
大宮エリー (画家)
池田理代子 (漫画家)
16世紀 神話画(1限)
神話画の中では、神々の姿を借りて大胆かつ奔放な愛の物語が展開します。
また愛の神話に欠かせない恋の神アモル(翼の生えた子供の姿で描かれることが多い)の存在にも注目しました。
《アドニスの死》1550-1555頃
作者は16世紀後半にヴェネツィアで活躍した画家だとわかっています。
アドニスは美の女神ヴィーナス(アフロディーテ)の愛人でしたが、狩に出かけた先でイノシシに襲われて命を落とします。
倒れたアドニスを中心に、ショックを受けて気絶するヴィーナス、それを介抱している3人の女性、無邪気に飛び回るアモルたちが、神話の森を背景に描かれています。
アドニスとヴィーナスはともに青い色の衣服で、同じような顔を横に向けたポーズで倒れ伏していますが、これは同じ運命を分かち合う「共同受難」を暗示し、「愛は共感である」というメッセージが込められているんだとか。
ギリシア神話を題材にした美術の2大テーマである愛(エロス)と死(タナトス)が同居するこの作品は、講義の始まりにふさわしい作品と言えるでしょう。
美しい愛が引き裂かれる悲劇の光景ですが、ヴィーナスには夫がいるのでアドニスとの関係はいわゆる不倫になります。
アドニスの死因になったイノシシをけしかけたのはヴィーナスのもう1人の愛人である戦いの神アレス、さらにアレスを焚き付けたのはヴィーナスとアドニスを取り合った冥界の女神ペルセポネだと言いますから、人間の道徳に当てはめるととんでもない状況です。
人間の世界では許されない愛の形も、人智を超越した神々の物語としてならばなんの問題もなく描くことができるのでした。
《アドニスの死》とアモルの役割
絵の中に何人も登場しているアモルは、一説によるとヴィーナスの息子で恋をつかさどる神。
弓と黄金の矢を持ち、この矢に刺されると恋に落ちるといいます。
(天使と似ていますが、キリスト教の神の使いではないため天使の輪はありません)
恋の場面であればアモルは必ずいなければならず、アモルを見れば神々の愛がわかる。
恋愛を主題にした絵では、とても重要な存在なんだそうです。
特別講師の大宮エリー先生は、全体が明るい色調で描かれて一見すると悲劇の現場だとは思えないような作品の中、いたいけで無邪気なアモルたちの振る舞いが悲劇性を盛り上げていると考えます。
確かに、無邪気な表情のアモルたちを除く絵の中の人物たちは、例外なく俯いた姿勢や横顔で描かれていて表情が分かりにくいようです。
フランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》1798
青年の姿をしたアモルが美しい少女(プシュケ)を見つめてキスをしていますが、プシュケはアモルのことが見えず存在に気づいてもいません。
少女が恋に目覚める瞬間やその驚きをみずみずしく表現した作品です。
ちなみに元になった物語(アプレイウス『変身物語』内の挿話)では、プシュケがあまりにも美しかったためにアモルの母ヴィーナスに嫉妬され、アモルと結ばれた後も数々の試練を受けるという展開になっており「神話版嫁いびり」とも言われています。
先の展開を思いながら何も知らないプシュケを見ているとやるせない気持ちになってきますが…物語自体は(神話には珍しく)ハッピーエンドなので良しとしましょう。
フランソワ・ブーシェ《アモルの標的》1758
こちらは再び子供の姿のアモルがたくさん描かれています。
空の上ではハートが描かれた的に弓を放って見事に命中させる様子、一方の地上では矢を燃やしている様子が描かれ、深川さんは「天国と地獄」または愛の結実と破局のような対照的なメッセージを読み取りました。
なんだか不安になってきますが、三浦先生によるとこれは全体を通して「愛の成就」を表すと考えて良いそうです。
矢を燃やしているのは「真実の愛は1つだけ」なのでこれ以上の恋は必要ないから。
弓を射るアモルたちのすぐ下につがいの白い鳩が描かれていて、無事にカップルが成立したことがわかります。
17世紀 オランダ絵画(2限)
17世紀のオランダは聖書に忠実なプロテスタントの国で、偶像崇拝と見なされる神話画・宗教画は流行りませんでした。
代わって発達したのが、身の回りのものをリアルに描く静物画や現実の人間を描いた人物画です。
愛の表現も大らかな神々の愛から現実的な男女の愛にかわり、あけすけな表現を避けて暗示的に描かれるようになりました。
サミュエル・ファン・ホーホストラーテン《部屋履き》1655−1662頃
開いた扉からその先の部屋を覗き込むような構図になっており、見る人の視線は自然と奥に引き込まれて行きます。
家の中の家具や日用品を丁寧に描いた作品ですが、脱ぎ捨てられた部屋履きや開いた扉に挿しっぱなしの鍵、消えたローソク、立てかけられた箒など、ついさっきまでそこにいた誰かの存在が感じられます。
絵画に描かれるアイテムには象徴的な意味を込められることが多く、鍵なら「貞節」、箒は「魂の浄化」など、状況と組み合わせることで隠されたメッセージが現れます。
部屋履きを脱ぎ捨てた女性(ヒールがあることから女性と推測)は、鍵も箒も放り出してどこかに行ってしまったのか、それとも中に誰かを招き入れたのか、決定的な真実は分かりません。
室内の壁にかけられた絵が娼館の一場面を描いた作品(ヘラルト・テル・ボルフ(子)の《雅な会話》1654)であることから、世間をはばかるような関係だと推測できます。
画面を通して人の秘密を覗き込んでいるような錯覚を感じるこの作品には、深読みすればするほどより深いところまで踏み込んでみたくなる魅力があるようです。
ミハエル・スウェールツ《若者と取り持ち女》1658-1659頃
暗がりの中、老女に肩に手をかけられた若い男が振り返った瞬間を捉えた作品。
娼館の客引きと客と思われますが、男の表情が絶妙です。
深川さんは「(紹介されたのが)好みの女性だったのかな?」と期待の感情を読み取りますが、柴田さんは「困っているようにもニヤッとしているようにも見える」と言います。
見る人によって色々と違った表情に見える不思議な絵です。
ダフィット・テニールス(子)《内緒話の盗み聞き》1638-1640頃
光が当たっているのは左手前で「内緒話」に興じる男女ですが、その上の窓から覗く(盗み聞き中?)女性、右奥には火を囲む男性の一団。
誰が主役なのか分かりづらい絵です。
小沢さんは3組の人物を芸能人カップル(男女)・ゴシップに興味津々の人(覗き見る女)・他人のニュースに興味がない人(火を囲む人々)に見立て、同じ空間にいるそれぞれが全く別の世界に生きている状況を読み取っています。
18世紀 ロココ絵画(3限)
ロココ様式の美術は、恋愛や豊かな生活の楽しみを率直に描くのが特徴。
特別講師の池田理代子先生によると、前時代の17世紀には疫病などの影響で「貴族も貧民も同じくいつ死ぬかわからない・人生は儚い」という重苦しい真実を描いたバロック様式が流行し、次の時代にはその反動から生きる喜びを軽やかに謳いあげるロココ様式が流行したんだそうです。
ニコラ・ランクレ《水浴の楽しみ》18世紀第1四半期
郊外でピクニックを楽しむ貴族の一団を描いた作品。
華やかなドレスの女性に囲まれた男性の視線の先には、肌もあらわなシュミーズ姿で水浴を楽しむ女性たちの姿があります。
池田先生によれば、この時代の貴族は男も女も愛人を持つのが当たり前。
特に女性は結婚して「◯◯夫人」になって初めて恋愛の自由が得られたそうで…もしかすると画中の女性たち全員が誰かの奥さんだったりするのでしょうか?
女性たちの服飾にも、開放的で明るいロココ時代の特徴が表れています。
たとえば、着衣の女性たちが着ているドレスのカラフルさと生地の艶(この時代、絹の光沢を上手に描ける画家が重宝されたとか)。
体を締め上げるコルセットを外したシュミーズドレス(下着風ドレス)は、ルイ16世の王妃マリー・アントワネットが愛用したことで流行しました。
空が広くとられた開放的な屋外の世界を描くのもこの時代ならでは。
ルイ14世や15世の時代にはベルサイユ宮殿内の運河で豪華な舟を浮かべて楽しむことはあっても、野外でのレクリエーションはなかったそうです。
戸外の自然風景を軽やかに描く様式は、19世紀印象派にも引き継がれていきました。
ジャン=オノレ・フラゴナール《かんぬき》1777−1778頃
池田先生おすすめの1枚は、暗い寝室の中でスポットライトのような光を当てられた1組の男女を描いた作品。
女性の腰を抱き寄せる男性に対して、女性の方は顔を背けて抵抗しているようにも見えます。
とはいえ、乱れた寝台の脇に意味ありげに置かれたリンコ(誘惑の象徴)の意味を深読みすると、女性の心は男性の方に惹きつけられていると考えることもできるでしょう。
池田先生も男性の肩から首の辺りに置かれた女性の腕の形に注目して、これは本気で嫌がっているポーズではない、と断言しています。
おそらく貴族の女性と、平民の男性というこのカップル、池田先生は代表作『ベルサイユのばら』に登場するオスカルとアンドレに例えて、長らく想い合っていた2人なのでは…と想像を広げています。
「ルーヴル美術館展 愛を描く」
東京展 国立新美術館
東京都港区六本木7-22-2
2023年3月 1日(水) ~ 2023年6月12日(月)
10時〜18時
毎週金・土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
火曜休館 (5月2日は開館)
一般 2,100円
大学生 1,400円
高校生 1,000円
中学生以下(学生証または年齢のわかるものが必要) 入場無料
障害者手帳の提示で本人と付添1名まで入場無料
京都展 京都市京セラ美術館
京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124
2023年6月27日(火)〜9月24日(日)
10時〜18時
(入場は閉館の30分前まで)
月曜休館(祝日の場合は開館)
一般 2,100円
高大生 1,500円
小中学生 1,000円
未就学児 無料
障害者手帳の提示で本人と付添1名まで入場無料