日曜美術館「まなざしのヒント 特別展やまと絵」(2023.11.12)

メトロポリタン美術館展、ルーヴル美術館展につづく第3回「まなざしのヒント」は東京国立博物館で初の日本編。
「特別展 やまと絵」の会場を教室に、やまと絵って何?という基本的な疑問から歴史・鑑賞法まで見どころ盛りだくさんの45分です。

2023年11月12日の日曜美術館
「まなざしのヒント 特別展やまと絵」

放送日時 11月12日(日) 午前9時~9時45分
再放送  11月19日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

美術の楽しみ方を展覧会場で実践的に学ぶ好評シリーズ「まなざしのヒント」。3回目の今回は話題の特別展「やまと絵」(東京国立博物館)を取り上げる。国宝の平安絵巻、洗練さを極めた白描画、華麗な室町屏風(びょうぶ)の傑作をひも解きながら「日本美術の王道」と言われるやまと絵の鑑賞の仕方を伝授。講師は画家山口晃さん他。これから美術に親しみたい人ももっと深く知りたい人も必見!日本が生んだ美のすばらしさを堪能あれ。(日曜美術館ホームページより)

講師
土屋貴裕 (東京国立博物館絵画・彫刻室長)
山口晃 (画家)

生徒
市川紗椰 (モデル)
中村壱太郎 (歌舞伎俳優)


やまと絵とは何か

やまと絵とは、もともと平安時代初めから描かれるようになった絵画の種類のことでした。
それまで日本では、中国の唐から輸入された絵画や、それをそのまま写した唐絵(からえ)が観賞の対象でした。
それに対して日本の風景や人物を描いた絵が描かれるようになり、中国絵画の影響を受けながら少しずつ変化・発展することおよそ1000年。
そんな日本化された絵画およびそこから発展した絵画の総称が「やまと絵」です。
講師の土屋貴裕さんは、やまと絵を日本風にアレンジされたカレーライスに例えています。


やまと絵と絵巻(1時間目)

平安時代に最盛期を迎えた「絵巻」は、一枚の長い紙に絵と文字を連ねるやまと絵独自の形式です。
日曜美術館では展覧会に展示されている作品を例に、絵巻ならではの鑑賞ポイントを紹介しました。

国宝《信貴山縁起絵巻》平安時代(12世紀)

《信貴山縁起絵巻》は《源氏物語絵巻》《伴大納言絵巻》《鳥獣人物戯画絵巻》と並んで日本絵巻の最高傑作である「四大絵巻」に数えられています。
四大絵巻については、こちらの記事もどうぞ
国宝絵巻はすごい!―《源氏物語絵巻》《伴大納言絵巻》《信貴山縁起絵巻》《鳥獣戯画》の四大絵巻

ここに描かれているのは、現在の奈良県にある信貴山に朝護孫子寺を開いた命蓮上人の物語。
「飛倉巻(とびくらのまき)」「延喜加持巻(えんぎかじのまき)」「尼公巻(あまぎみのまき)」の3巻を合わせた長さは35m以上に及びます。

「飛倉巻」にみる場面転換の手法(絵巻がわかるポイント1)

生徒のお2人はまず、人々の驚いた顔や不思議そうに上空を見上げる鹿に注目した空を飛ぶコミカルな描写に注目しました。
登場人物(動物も)の視線の先では、倉や米俵が空を飛んでいます。

信貴山中で修業をしていた命蓮上人は托鉢のために毎日鉢を飛ばして麓の里の人たちに食料をもらっていたのですが、ある時里の長者が食物を出し渋って鉢を倉の中に閉じ込めます。
すると鉢がひとりでに倉から転がりでて、倉と中に入っていた米俵もろとも命蓮上人の所まで飛んでいってしまいました。
長者が蔵を返して欲しいと頼みに行ったところ、上人は米俵だけを飛ばして元の場所へ戻してあげた、というお話です。

絵巻の中で、米俵が飛ぶ山頂と麓にある長者の家は霞で区切られ、実際にあったはずの数10kmの距離をショートカットしています。
霞や山は「場面が変わります」の合図で、場所や時間が変わる記号としてこれ以降に作られた作品でも使われているそうです。

「尼公巻」にみる異時同図法(絵巻がわかるポイント2)

次のポイントを解説するために、番組収録の時点ではまだ展示されていない「尼公巻」のパネルが登場しました。
(「尼公巻」は2023年11月21日から展示されます)

信濃国(現在の長野県)から弟を探しにきた上人の姉(尼公)が、奈良の大仏殿にお籠りして弟の行方を教えてくれるよう祈願したところ、夢のお告げで信貴山にいることを知ったくだりが語られています。

お堂の中には、大仏殿に到着した尼公、祈りを捧げる尼公、疲れて眠る尼公、お告げを受けて立ち上がる尼公…と、同一人物が複数描かれています。
土屋先生によれば、これは絵画の中でどうにか時間の流れを表現しようとした平安の人たちの工夫なんだとか。
カメラの多重露出のように時間と共に動く対象をとらえた、文字通り「異なる時」を「同じ図」に盛り込む手法です。

学生時代は油絵を専攻していた山口晃さんは、今から30年前の1993年に東京国立博物館で開催された「特別展 やまと絵 雅の系譜」でやまと絵と出会い、油絵の世界ではやってはいけないとされること(陰影をつけない・輪郭線は残す・遠近法は使わない…などなど)を全部やっているやまとえにショックを受け「現代人の頭で考えちゃいけない」と考えたそうです。
体で慣れていこうとやまと絵の技法を学んだ山口さん。
阿弥陀仏が臨終の人(山口さん本人)を迎えにくる場面を描いた《来迎圖》(2015)の中には、人生のさまざまなシーンを同時に描いた異時同図ならぬ「easy dose」が入っています。

重要文化財《紫式部日記絵巻断簡》(鎌倉時代・13世紀)にみる吹抜屋台(絵巻がわかるポイント3)

源氏物語の作者である紫式部の日記を絵巻物語にしたもの。
鎌倉時代に作られ、現在は一部が断簡として残っています。
東京国立博物館が所蔵するこちら断簡は、藤原道長の娘である中宮彰子が皇子を出産した際の一場面を描いています。
皇子を抱く道長の妻の他に道長・彰子・女房の姿が見えます。

鑑賞者の視点は屋内の人々を見下ろすようになっていて、市川紗椰さんは上から盗み見るイメージを持ったようです。
確かに絵の中には天井の長押に当たる灰色のラインが描かれていて、本来ならその上に屋根があり画中の人々はその下に隠れているはずなのですが、ここでは屋根だけが省略された「吹抜屋台」の技法が使われています。

特殊な描き方は「やんごとなき人だから?」という中村壱太郎さんの疑問は大正解で、吹抜屋台は主に貴族や天皇の周辺などを描いた王朝絵巻に用いられるもの。
僧や武士が主役の物語では見られないんだそうです。
(貴族の特に女性は滅多に外出しないせいかも?)

山口さんによれば、人の記憶の中の映像はちょっと上から見た俯瞰の視点になるもので、現代でも建物を写生する学生は2階くらいの視点で描くことが多いんだとか。
ちょっと不思議な描き方は、描いた人が認識した空間をリアルに再現しようとした結果なのかもしれません。


やまと絵と白描画(2時間目)

白描画は白い紙に墨の黒一色で描かれた絵画作品のこと。
「途中ってわけじゃないですよね」(中村)
「完成はしてますよね?」(市川)
と心配の声も上がっていましたが、間違いなく完成品です。
国宝の《鳥獣戯画》が有名ですが、今回の日曜美術館では国立歴史民俗博物館が所蔵する《隆房卿艶詞》が取り上げられました。

重要文化財《隆房卿艶詞》鎌倉時代(13世紀)

藤原隆房の歌集「隆房集」を絵巻にしたもので、隆房卿と琴の名手である美女・小督悲恋物語が墨一色で描かれています。
この絵巻が作られた鎌倉時代には、白描画のスタイルで王朝物語を描くことが好まれました。

白描画と同時代に流行した水墨画の違いは、白描画が「線」で描くのに対して、水墨画は墨の濃淡の「面」で表現すること。
《隆房卿艶詞》も建物の硬い直線や登場人物の衣装の柔らかい曲線が見事に描き分けられ、白黒の境目がはっきりしているイメージです。
淡い色調の中、所々に登場する漆黒の塊(男性の烏帽子や女性の長い髪など)が全体を引き締めています。

《隆房卿艶詞》にみる白描画の魅力

山口さんは、やはり吹抜屋台で描かれている舞台の建具にも注目しました。
簾の目や装飾、舞良戸(細い桟を等間隔に取り付けた板戸)の細かいところまで緻密に描き込まれていますが不思議と主張せず、線だけで描かれた登場人物を引き立たせています。
山口さんによると「脇役の手を抜くと主役が生きない」。
背景の部分はきちんと描くことで、後方に引いてくれるんだそうです。
逆に、背景を面倒くさがって白一色にすると重たい感じになるんだとか…


やまと絵と屛風(3時間目)

やまと絵の始まりは、屏風や襖などの障壁画(しょうへきが)で、ここから1枚の紙に描くような小ぶりな絵が生まれ、それを横に繋いだ絵巻となり…と発展して行ったそうです。
生活に使う家具だからか初期のやまと絵屏風などはあまり残っていないのですが、日曜美術館では室町時代の煌びやかな屏風を紹介しました。

重要文化財《浜松図屏風》室町時代(15〜16世紀)

6曲1双(6枚の面からなる屏風が左右1対)の屏風は高さ1mとやや小ぶりですが、金地に浜辺と松、さらに四季の花鳥・人物・建物などさまざまなモチーフを描いた豪華な一品。
金や銀の画面に極彩色の絵を描くのは、室町時代の流行です。

手前に描かれた植物は、一番右に配置された新芽の柳(春)に始まって、中央には左右の屏風を跨いで桔梗の花の群生(夏から秋)、左端まで行くと雪の散る槙の木(冬)などなど、四季を一度で鑑賞できる仕組みになっています。
四季が混在する画面はやまと絵の重要な要素である「四季絵」であると同時に、現実に存在しない桃源郷でもあります。

空想上の美しい自然が描かれている画面は金色で、雲母(きら)を引いた上に金を置いたもの。
光沢が柔らかくなり、燻したような品の良い印象を与えます。
この技法も、室町時代に特有のものなんだそうです。

《浜松図屏風》で学ぶ屏風鑑賞法

山口さんはまず、6曲の屏風を横から見ることを提案しました。
ジグザグに折り畳まれた屏風を横から見ると3面だけが繋がって見える角度があるのですが、この場所から屏風を眺めると上空の雲が切れぎれにならず自然につながって見えます。
どこから見ても不自然に感じるようにという画家の遊び心でしょうか。

絵の中の世界を感じる工夫は、絵の構図そのものにも凝らされています。
手前の草花、高くそびえる樹木、たなびく雲、その向こうに見える松、さらに奥には人々の営みが見えてくる、という奥行きのある配置は画中の世界を立体的に見せ、小さな自分が異世界を旅するような錯覚を起こさせます。

この展覧会を企画した土屋さんは、最後を飾る作品にこの屏風を選びました。
来場者は「地味でおとなしい」というやまと絵のイメージを裏切る「華やかで目に眩しい」世界を体験し、桃源郷から現実に戻っていくのです。


特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」(東京国立博物館)

会期中展示替えがおこなわれるため、紹介された作品のほとんどは展示が終了しています。
(浜松図屏風のみ全期間展示)
出品目録と展示期間は、展覧会公式サイトでダウンロードできます

東京都台東区上野公園13-9 (東京国立博物館 平成館)

2023年10月11日(水)~12月3日(日)

9時30分~17時 ※入場は閉館の60分前まで
(11月3日より、金・土曜は19時閉館)

月曜休館(ただし11月27日は開館)

土・日・祝日のみ日時指定予約制
一般 2,100円
大学生 1,300円
高校生 900円
中学生以下 無料
障害者手帳の提示で本人と介護者1名は無料

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