日曜美術館「よみがえる 天平の息づかい〜第73回 正倉院展〜」(2021.11.07)

今年で73回を迎える奈良の正倉院展。
今回の出陳宝物は55件(北倉9件、中倉29件、南倉14件、聖語蔵3件)で、
うち8件は初公開となりました。
聖武天皇の遺品や東大寺への献納品をはじめ、
9,000点もの宝物を保管している正倉院ですから、
まだまだ公開されていない貴重な品々が隠されていることでしょう。

2021年11月7日の日曜美術館
「よみがえる 天平の息づかい〜第73回 正倉院展〜」

放送日時 11月7日(日) 午前9時~9時45分
再放送  11月14日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

今回公開されるのは、初出陳8件を含む55件の宝物。聖武天皇ゆかりの4弦楽器「螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんのげんかん)」、光明皇后が自ら筆をとって書き写した書「杜家立成(とかりっせい)」、ハスの花をかたどった香炉の台座「漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)」などの至宝が並ぶ。日々の暮らしを彩った道具や仏の世界へのあこがれを映す品々など、天平人たちのリアルな姿を伝える宝物を紹介。(日曜美術館ホームページより)

ゲスト
西川明彦 (宮内庁正倉院事務所所長)
澤田瞳子 (作家)

出演
日野楠雄 (文房四宝研究家)
藤野雲平 (筆師)
荒井利之 (書家)
仲裕次郎 (一世保存修復研究所代表)
入江 啓 (一世保存修復研究所)
杉本一樹 (宮内庁正倉院事務所宝物調査員)


正倉院が伝える聖武天皇遺愛の品

聖武天皇の愛用した楽器や調度品など、
趣味や私生活の場で使われたものが紹介されました。
贅を尽くした装飾がほどこされたものや
遠い外国とのつながりを感じさせるものなど、
天皇の権力がどれほど大きなものであったかを物語っているようです。

螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんのげんかん)

阮咸は琵琶を改造して生まれた4弦の弦楽器で、円い胴が特徴です。
奈良では25年ぶりの公開となる《螺鈿紫檀阮咸》は、
聖武天皇が実際に演奏したと言われるもの。
胴の背面(弦を張っていない方)には、中央の唐花を取り巻くように
宝石を連ねた飾りをくわえたインコが2羽描かれています。
文様には夜光貝の螺鈿、玳瑁(ウミガメの甲羅)、琥珀など
貴重な素材が使われています。
正倉院展では表裏の両方の面が見られるように展示されていました。

刻彫尺八(こくちょうのしゃくはち)

竹製の尺八は、天皇の身の回りのものをしまってある戸棚から見つかったそうです。
表面に彫刻がされており、彫り残された竹の皮が
鳥、草花、中国(唐)の貴婦人などの模様になっています。
音を出すために指で押さえる孔も、周囲に花弁を刻んで唐花文様に。
表面を覆いつくすような装飾ですが、
彩色のない竹そのままの色のせいか、落ち着いた印象を受けます。

花鳥背八角鏡(かちょうはいのはっかくきょう)

背面に描かれた鳥は螺鈿紫檀阮咸にも描かれたインコで、
こちらは葡萄の枝をくわえています。
宝石や花をくわえた鳥(花喰鳥)はササン朝ペルシアが起源の吉祥文様で、
鏡本体の8枚の花弁を持つ花の形は、中国の唐で流行したもの。
シルクロードのつながりを感じさせる宝物です。
花鳥背八角鏡は鎌倉時代盗難にあって破損しましたが、
明治時代(1984年)に45もの破片を繋ぎ合わせる修理を経て現在の姿になりました。

長斑錦御軾(ちょうはんきんのおんしょく)

真菰(イネ科の植物。まこも)を綿でくるみ、その上から
緑と紫の縞の中に複雑な文様を組み合わせた豪華な生地で巻いたクッションです。
長さ70cmの四角い棒のような形をしており、重さは2kgあるそうです。
(角材のような形を保っていることを考えると、かなり硬いのではないでしょうか?)
おそらく寝そべって使うもので、
天皇や皇族がプライベートルームで使ったもの。
表面には使用された痕跡が残っているそうです。


正倉院の文房具

2021年の正倉院展では、墨・硯・紙などの文房具がまとめて公開されています。
番組では、8世紀ごろに使われていた筆(有芯筆)に注目しました。

杜家立成(とかりっせい)

唐代の官僚一族(杜氏)に伝わる書簡のお手本集を、
聖武天皇の后である光明皇后が自ら書き写したもの。
シチュエーションごとに詩的な文例が示されています。
中には「友達を酒に誘う手紙」のような内容もありますが、
重要なのは文章の内容よりも文字だそうです。
当時は格式に則った美しい文字を書けることが教養の証でしたから、
皇后ともなれば人一倍の修練が必要だったことでしょう。
『杜家立成』の文字は、中国東晋の政治家で
能書家として名高い王義之(303-361)の書を真似たものですが、
最後の方になると筆に任せてサラサラと書いたような様子も見られます。
また、一つの字の中に極端に太い線と細い線が入り混じっており、
これは当時使われていた筆の特徴です。

有芯筆(ゆうしんひつ)

当時の筆は中心となる毛(獣毛)の周りを紙で巻き、
さらにその周りに毛と紙を交互に巻き付ける「有芯筆」と呼ばれるものです。
正倉院展には、光明皇后が『杜家立成』を書写する時に使ったものと
同時代の有芯筆が出陳されており、
そのひとつは長さ19.6cmに対して太さは2.3cmとかなり太め。
レントゲンで内部構造を調べてみると、
紙は3層にわたって巻き付けられているそうです。
現代の筆師の手で再現された天平の有芯筆は、
筆先に弾力があってかなり書きやすいものでした。
現代の筆が穂先全体を使うのに対して、先端の毛の部分のみを使うために、
連続して字を書いても穂先が曲がらないそうです。
描き心地のほかにも、紙と毛の間の溝に墨がしっかり入るため、
墨のつけ足しが少なくて済むという長所があるようです。


正倉院と仏教世界

奈良時代は、日本仏教が盛んになった時代でもあります。
当時の仏教に関わる大きなイベントといえば、
何と言っても東大寺の大仏の造立(745-752)、
そして大仏の開眼法要(かいげんほうよう、魂入れの儀式)でした。
黄金に輝く巨大な大仏(当時は表面に金を塗られていた)の前で
宝物が捧げられ、音楽や舞踊が披露され、
一万人の僧侶が読経するという盛大な儀式が行われたそうです。
この儀式やそれに伴う飾りは、経典にある極楽の世界を可視化して
人びとに仏の世界を疑似体験させ、
仏教に対する「畏れ」や「憧れ」を持たせる役割もありました。

曝布彩絵半臂(ばくふさいえのはんぴ)

仏様に音楽や踊りを奉納する楽団員の衣装と言われています。
身頃は麻、襟と袖は錦、さらに綾や羅の飾りを縫い付けたもので、
もともとは赤・青・緑・黄・金の顔料を使い
花をくわえた獅子や蝶や鳥などの絵が描かれていたことがわかっています。

白瑠璃高坏(はくるりのたかつき)

高坏は、丸みのある容器(坏)に脚をつけた食器。
白瑠璃高坏は、名前のとおり透明なガラスで作られています。
イラク~シリアの辺りで作られ、その後シルクロードを渡って渡来しました。
容器と脚は別々に作って組み合わせたようで、
付け根部分をよく見ると接着した時の跡らしきものがあります。
東大寺の大仏開眼法要が行われた際は、大仏の正面に供えられました。

漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)

32枚の花弁を持つ蓮の花をかたどった、香炉を乗せるための台です。
本来は2つで一組になっており、2013年には対になるもう一方が出陳されました。
こちらの公開は28年ぶりになります。
楠で作られた花弁は一枚一枚に極彩色で鳳凰、迦陵頻伽などが描かれています。
花弁の内側の模様には白い部分が大きくとられており、
これは下地の色をそのまま活かして光を内包する効果を狙ったものだそうです。
光り輝き香気を放つ蓮の花は、極楽の様子を写しだすものだったかもしれません。


五月一日経(ごがつついたちきょう)と「正倉院文書」

天平12年(740)の5月1日、
光明皇后は仏教に関わる経典の全集を作ることを発願し、
これが国家事業となって、748年に東大寺に写経所が開設されました。
全部で7000余りというとんでもない数の経典を書き写すために、
写経所はきわめて組織的に運営されていたようです。
正倉院展ではこの時写された経典の中から
「般若波羅蜜光讃経」(正倉院展初公開)が出陳されるほか、
写経所に勤務していた人びと(各部署から字の上手な役人が集められました)
に関する記録などが公開されています。

白絁腕貫(しろあしぎぬのうでぬき)

筒状に仕立てた袖カバーを紐でつないだもの。
使う時は紐を首にかけて、袖が下がってこないようにしていました。
使い込んだものらしく、手首の辺りはこすれて白くなっています。
所有者は高市老人(たけちのおゆひと)といい、
写経所に26年勤務しました。

正倉院文書(しょうそういんもんじょ)

袖カバーの所有者と勤務年数がなぜ分かるのかといえば、
写経所に関する膨大な記録が
「正倉院文書」として正倉院に保管されているからです。
その内容は、文房具の在庫管理、勤務記録、金銭出納帳など多岐にわたり、
今回出陳されるのは写経所に出向した役人の勤務記録。
名前・年間の勤務日数・写経枚数・手がけた経典の内訳など、
一目でわかるようになっています。

中には「腹痛による欠勤を詫びる文書」や
「就職に便宜を期待したプレゼントの送り状」
(内容は「生鰯60匹」で、受け取った方は「用不(用いず)」としたそうです)
など、書いた当事者もまさか1300年後まで伝わるとは思っていなかっただろう文書も。
聖武天皇の遺品が最初から「遺す」ことを目的として
正倉院に納められた宝物の代表だとすれば、
こちらは正倉院に納まった結果
「たまたま遺ってしまった」宝物と言えるかもしれません。


「第73回 正倉院展」奈良国立博物館 東新館・西新館

奈良県奈良市登大路町50

2021年10月30日(土)~11月15日(月)

9時~18時
※金曜日、土曜日、日曜日、祝日は20時まで
※入館は閉館の60分前まで

会期中無休

前売日時指定券(当日券なし)
一般 2,000円
高校・大学生 1,500円
小・中学生 500円
キャンパスメンバーズ学生券 400円

公式サイト

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