竹細工といえばカゴやザルなど実用的なものか
花かごのような床の間に飾るサイズの作品を想像します。
ところが4代目田辺竹雲斎は、竹ひごを組み合わせて
空間そのものを覆いつくすような巨大なインスタレーションを作りあげました。
小野正嗣さんが「竹細工の定義をぶっ壊された」という竹のアートを
完成から解体まで追いかけました。
2022年5月22日の日曜美術館
「竹の宇宙へ挑む」
放送日時 5月22日(日) 午前9時~9時45分
再放送 5月29日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
120年の歴史を持つ堺市の竹工芸家の4代目。田辺竹雲斎は、9500本の竹ひごを使い10メートルの巨大なインスタレーションを作り上げる。4代にわたり追い求めてきた匠の技。「亀甲編み」で竹ひごを自由自在に組み立てていく。出来上がるのは「ワームホール」という宇宙空間。二つの世界をトンネルのようにつないで、目に見えない世界を表現していく。作品の展示はわずか数日。終わると再び竹ひごに解体する。(日曜美術館ホームページより)
出演
4代目田辺竹雲斎 (竹工芸家/アーティスト)
田辺竹雲斎工房の方々
金﨑昭仁 (黒竹職人)
金﨑まゆみ (黒竹職人)
金﨑弘昭 (黒竹職人)
小野正嗣(作家、早稲田大学教授)
アートフェア東京2022の会場で
丸の内の東京国際フォーラムで3月10日から13日まで開催された
アートフェア東京2022の会場を訪ねた小野さん。
4代目田辺竹雲斎(1973- 。公式ウェブサイトはこちらです)の作品のスケールに圧倒されました。
《WORMHOLE》
竹製のトンネルが途中で幾つかに分岐して絡み合い、
再び一つの出口(入口?)に収束。
よく見ると、表面も細い竹ひごが複雑に絡み合っています。
小野さんは「不思議な生物の巣」に例えました。
たしかに架空の虫の巣、または巨大なモグラのトンネルのようにも見えます。
作品のイメージは、4代目が学生時代に知ったホワイトホールの理論。
すべてを飲み込むブラックホールと表裏一体の存在で、
破壊するものと生み出すものがつながってひとつになっているところに
面白さと不思議さを感じたと言います。
竹ひごと宇宙、意外な組み合わせですが、
4代目の竹工芸には数学の「オイラーの等式」から導いた曲線を再現した作品もあります。
明治に活躍した初代竹雲斎も、煎茶・水墨・漢詩など
中国の文人趣味(当時の文化的最先端)を身につけて作品に取り入れ、
「竹細工」から「竹工芸」への道を作りました。
《循環―RECIRCULATION》
小野さんいわく「竹でできた巨大な生き物」。
床から生えているようにも、壁に貼りついているようにも見えて、
外から見ると得体のしれないエネルギーを秘めた生命体のようです。
《WORMHOLE》もそうですが「竹のすばらしさを体全体で表現する」4代目の竹アートは
今にも動き出しそうな生き物っぽさがあります。
爆発したエネルギーが循環して出発点に戻っていく様子を形にした
《循環―RECIRCULATION》には、
生命の循環・母胎への回帰というイメージも含まれているそうで、
中に入ると竹のしなりが程よいクッションになり、
竹ごしに入ってくる会場の照明は木漏れ日のよう。
とても居心地の良い空間になっています。
4代目田辺竹雲斎の作品ができるまで
人が中に入れるような巨大インスタレーションは、
細い竹ひごの組み合わせで作られたものです。
この竹ひごは接着剤などは使わず「編み」の技だけで組み立てられ、
一本一本引き抜けばバラバラにすることもできます。
1本の竹ひごから
4代目の作品に使う竹には、虎竹・黒竹・白竹などの種類があります。
黒竹は、明治から続く黒竹職人の3代目・金﨑さんが
光や霜を当てて色よく育てた中から2年目の良い状態のものを選び加工して、
「渋い黒艶」のあるまっすぐな竹材にしたものです。
竹材のうち、竹工芸に使えるのは全体の1パーセントほど。
表皮の中でももっとも繊維が細かい部分を使うことで、
100年前に作られた初代竹雲斎の作品が現在の使用にも耐えるほど
丈夫な作品になるんだそうです。
1925年のパリ万博(現代産業装飾芸術国際博覧会)で銅賞を受賞した
初代の《柳里恭式福壺形花藍(りゅうりきょうしきふくつぼがたはなかご)》は
中国の伝統的な装飾を竹で表現した作品で、
目の詰まった端正な姿は金属や焼き物のような重量感がありました。
田辺竹雲斎の工房では
入門した弟子が一人前の職人として弟子をとるようになるまで
初伝(3年)、中伝(5年)、奥伝(7年)、皆伝(10年)
のカリキュラムが設定されていて、
初伝のうちは、竹を細く割って竹ひごを作る作業の中で
工夫のこらし方や職人としての姿勢を学ぶそうです。
巨大インスタレーションを編み上げる
日曜美術館で紹介された4代目のインスタレーションは、
六角形の格子(籠目)を作る「亀甲編み」でつくった骨組みの上から
新たな竹ひごを差し込んで自在に形を作る「荒編み」をほどこしたもの。
ひとつ目の亀甲編みから《WORMHOLE》の全体の形ができるまで、
かかった時間は4日間でした。
それをパーツに分割し、滋賀県の倉庫から東京の会場へ移送します。
再び組み立てて、会場ではどう見えるのか確認しながらの最終調整は
ヘルメットを着けて足場を組んでの高所作業。
工芸というより建築のような雰囲気ですが、
作業そのものは1本の竹ひごを引っ張り出したり押し込んだりという細やかなものでした。
ヒゴの1本1本で緊張感が変わる一方で、あまり理想的にまとまりすぎても
荒々しさや偶然性といった要素が失われてしまう。
作り手の力量が問われる場面です。
4代目は小学生のころ、自分が苦戦していた作りかけのカゴが
祖父(2代目竹雲斎)が手を加えたとたん「素敵なカゴ」になってしまったのを見て
技術と感性を兼ね備えた「熟練の美しさ」を知ったそうです。
繊細な透かし編みと豪快な荒編みをどちらも得意とした2代目は、
60代で「竹の特性についてゆけばええだけなんです」と語ったそうですが、
その特性をつかむまでの修業はどれ程のものだったのでしょう。
作品をほどく
展示が終わると、作品は元の竹ひごに分解されます。
9千500本の竹ひごを抜き取るのは、これまた大人数での大掛かりな作業です。
作品に使われた竹ひごのうち10パーセントくらいは傷んで使えなくなりますが、
残る90パーセントは新しい竹ひごとあわせて次の作品で再利用され、
少しずつ入れ替わっていきます。
失われていくものと新しく生まれていくものが混じりあいながら
10年後も同じ状態を保つことができる持続可能性は、
この展示のもう一つのテーマです。
人の体の細胞が循環していくように入れ替わっていく竹ひごは、
自然のものなので1本たりとも同じ色はありません。
すべてが編み込まれてひとつの作品を形作るところは
人間と社会の姿に通じるものがあると語る4代目は、
これからも竹を使って壮大な世界を創造していくことでしょう。
グッチ(GUCCI)と4代目田辺竹雲斎のコラボレーション(グッチ並木)
東京・銀座のグッチ並木では、オープン1周年を記念して、
4代田辺竹雲斎によるインスタレーションを
創作過程もふくめて公開しています。
黒竹と白竹を組み合わせた作品は、建物の1階から2階に及ぶ大きさ。
(製作は終了しましたが、インスタレーションの展示は8月末までです)
1947年、日本の竹をハンドルに使った「バンブーバッグ」が登場して以来、
グッチと切り離せない素材になった竹を惜しみなく使った空間演出が楽しめます。
(竹が使われたのは戦後の素材不足のせいですが、現在はアイコンとして定着しています)
グッチ並木(東京都中央区銀座6-6-12)
不定休
インスタレーション公開期間:
2022年4月27日(水)– 8月31日(水)
11時~20時
創作過程の一般公開期間:
2022年4月20日(水)~26日(火)
11時~12時、13時~19時