日曜美術館「選 東北に届け 生命の美 〜アメリカ人コレクター 復興への願い〜」(2023.5.28 再放送)

2013年4月21日の再放送。
2011年の東日本大震災で被災した地域にある3つの美術館を巡回する展覧会「若冲が来てくれました」の仙台会場で、展覧会を企画した江戸絵画コレクターのジョー・プライスさんのお話を伺いました。

2023年5月28日の日曜美術館「選 東北に届け 生命の美 〜アメリカ人コレクター 復興への願い〜」

放送日時 5月28日(日) 午前9時~9時45分
再放送  6月4日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 井浦新(俳優、デザイナー) 伊東敏恵(NHKアナウンサー)

4月に93歳で亡くなった江戸絵画コレクター、ジョー・プライスさん。今や日本美術の中で随一の人気を誇る伊藤若冲を発掘。独自の審美眼で、江戸時代の絵画に光を当てた。東日本大震災の時、アメリカのテレビニュースで被害の様子を目の当たりにし、東北に美の力を届けたいと、2013年、仙台、盛岡、福島をめぐる展覧会を開催。プライスさんが語った、江戸絵画の魅力、被災地への思いをアンコールでお届けする。(日曜美術館ホームページより)

ゲスト
ジョー・プライス (江戸絵画コレクター)

出演
悦子・プライス (江戸絵画コレクター)
山下裕二 (美術史家、明治学院大学教授)


プライスコレクションと伊藤若冲

プライスコレクションは、伊藤若冲から始まったといっても過言ではありません。
ジョー・プライスさん(1929-2023)は、アメリカのオクラホマ州生まれ。
父親が起こした会社のエンジニアになるべくオクラホマ大学で機械工学を専攻していたプライスさんは、在学中に建築家で浮世絵コレクターのフランク・ロイド・ライトと知り合いました。

1953年、ライトに連れられて行ったニューヨークの古美術殿で出会ったのが、コレクションの第1号となる伊藤若冲の《葡萄図》です。
重く垂れさがる葡萄の実や力強く伸びようとする蔓を描き、本来あるべき葡萄棚などを省略する、決して写実ではないのに自然の本質をとらえた「これほど葡萄らしい絵はない」と思わせる一枚に、プライスさんは強く惹きつけられました。

そこからコレクションを増やし、若冲の他に狩野元信や鈴木其一などが加わりましたが、この時点では作者の名前も時代も知らずに、ただ自分が好きな絵を集めていたといいます。
プライスさんが伊藤若冲という名前を知ったのは数年たってからのことでした。

美術史家の山下裕二さんによると、従来の日本美術史は平安時代と安土・桃山時代を一つの頂点として、江戸時代の美術を一段低く見る傾向があったそうです。
プライスコレクションは、日本絵画の世界で忘れられていた若冲を発掘し、江戸の絵画に光を当てました。


プライスコレクションを鑑賞する ―「若冲が来てくれました ― プライスコレクション 江戸絵画の美と生命」

プライスさんが2013年の展覧会を企画したきっかけは、2011年3月の東日本大震災でした。
仙台市博物館・岩手県立美術館・福島県立美術館の3館を巡回した特別展は、あらゆる年齢の人が楽しめるように子ども向け鑑賞会などのプログラムも組まれました。

「作品を見て自由に語り合ってもらうのがコレクションを展示する理由です」と語るプライスさん。
司会の井浦さんと伊東さんもプライスさんとお話ししながら、江戸絵画の世界に遊ぶように絵を鑑賞します。
(この展覧会における井浦さんのイチ押しは葛蛇玉の《雪中松に兎・梅に鴉図屏風》だそうです)

読み解く・想像する

絵の中に登場する動物の心情を推し量ったり、様々なストーリーを想像したり…
絵を見るときは「不要な筆づかいが無いかは最初に確認する」というプライスさんのお眼鏡にかなった「本質のみを描く」絵は、見る者に想像の余地を与えてくれます。

長沢芦雪《白象黒牛図屏風》

プライスさんが初めて見た時は触ると崩れそうなほど状態が悪く、京都の修復業者のもとで半年の修理を経て公開できる状態になった作品です。

向かって右の屛風には白い象、左の屛風には黒い牛が画面いっぱいに描かれ、象の背中には2羽のカラス、牛のお腹のあたりには白い子犬が添えられています。
大きいものと小さいもの・白いものと黒いものと、対比が面白いこの作品、プライスさんには「子犬は牛と仲良くなって喜んでいる」「カラスは象の大きさに驚いている」ように見えました。

森狙仙《猿図》

プライスさんが「火事になったらこれだけは持って逃げる」と言うのは、絵師自身がサルだった、という伝説があるほどサルの絵を得意とした森狙仙の作品。
座っいるサルの視線の先には、一匹のハチが飛んでいます。

プライスさんは、全身でハチに集中しているこのサルは「ハチを捕まえたいけれど、触ったら刺されるのもわかっている」でも目は離せずウズウズしていると考えていました。
ところが別の人の「ハチを掴もうとして飛び上がり、失敗して落ちているところ」という言葉を聞いてから、何だかそちらが正しいように思えてきたそうです。

なお井浦さんは、握りしめた右手に注目して「ハチに手を出して刺された後」という新解釈を提唱しています。


絵師のねらいを探る

江戸と現代では絵を鑑賞する環境に大分違いがあります。
それは飾り方であったり、場所の明るさだったり。
プライスさんはできるだけ江戸時代の環境に近づけたいと考えていますが、なかなか難しいようです。

鈴木其一《群鶴図屏風》

金地に並ぶ鶴の群は、皆中央に向かって行儀よく整列しているようです。
背景には抽象画のように様式化した流水が描かれ、モダンな雰囲気。

実はこの鶴たち、屏風を立てた状態で正面から見るのと横から見るのとでは、数が違って見えます。
ちょうど折り目のところにいる鶴の高さが揃っているから、別々の鶴が重なって一羽の鶴に見えるんだとか。
絵画のように平たく置くと分からない、絵師の仕掛けです。

作者不明《簗図屏風》

竹で作った簗(やな。魚を捕る仕掛け)にアユとカニがかかっているこの屏風は、金色を多用した画面を横切る川の流れがダイナミックな作品です。
雲、竹、地面など九種類の金箔を使い分けていて装飾的に見えますが、この作品の真価は暗闇の中で発揮されます。

美術館の許可を得て照明を切り、江戸時代の明かりに近い環境を再現したところ、金の部分が光を反射して同じ金でも少しずつ違った表情が生まれ、奥深い立体感が演出されました。
黒っぽい部分も暗く沈んでよりくっきりと見え、コントラストも鮮やかです。

プライスさんはロサンゼルスの美術館(プライスコレクションのうち190点を所蔵するロサンゼルス・カウンティ美術館のことでしょうか?)でも、絵師が見せたかったものを再現するべく照明をつけない展示を計画しましたが、美術館側の反対で断念するしかなかったそうです。


伊藤若冲《鳥獣花木図屏風》― 東北の展覧会はこの絵から始まった

約1㎝四方のマス目を8万6千個も並べて一つひとつに彩色を施す「枡目描き」の技法で、独特の形をした色鮮やかな動植物を描いています。
(よく見ると、枡の中にさらに模様をつけたものも)

向かって右の屛風には白い像を中心とした動物たち、左には鳳凰を中心とした鳥たちが並び、本来なら捕食者と獲物の関係になるもの同士も仲良く共存している様子。
プライスさんはこの絵を「若冲が考えた生きとし生けるものの楽園」だと語っています。

《鳥獣花木図屏風》は、テレビで津波の被害を見たプライスさんの頭に真っ先に浮かんだ作品でした。
ニュースの後、この絵をずっと見ていたプライスさんは、日本ならではの自然の美を描いたコレクションを日本に贈り、自分が美術から得た喜びを東北にも届けようと決めたそうです。


プライスコレクションの一部(約190点)は、2019年に出光美術館に売却

ジョー・プライスとエツコ(悦子)・プライス夫妻の好意によって2013年の東北巡回展が実現し、プライスコレクションが再び日本に来ることはあるのだろうか…と心配されていたのですが、2019年に全コレクション600点のうち190点がクリスティーズジャパンを通して出光美術館に売却され、ニュースになりました。

出光美術館に入った中には、2013年の「若冲が来てくれました ― プライスコレクション 江戸絵画の美と生命」のきっかけになった伊藤若冲の《鳥獣花木図屏風》も含まれています。
売却にあたっては「全てを一括購入すること」「一般に公開すること」「江戸絵画の研究に役立てること」などの条件がありました。

出光美術館では2020年の9月から12月にかけて、この旧プライスコレクションから80点を厳選した展覧会を開催する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大のため中止。
延期された「江戸絵画の華」展は、2023年1月7日から3月26日に開催されました。

出光美術館

東京都千代田区丸の内3-1-1 帝劇ビル9階(出光美術館専用エレベーターあり)

10時~17時 (入場は閉館の30分前まで)

月曜休館 (祝日・振替休日は開館し、翌日休館)

一般 1,200円
高・大生 800円
中学生以下無料(ただし保護者の同伴が必要)
※障害者手帳の提示で200円引、その介護者1名は無料

公式ホームページ