日曜美術館「永遠なるサグラダ・ファミリア 〜“神の建築家” アントニ・ガウディ〜」(2023.7.23)

東京国立近代美術館で開催中の「ガウディとサグラダ・ファミリア展」の会場から。
小野さんと柴田さん、そして近代建築が好きでサグラダ・ファミリアを見に行ったこともある常盤貴子さんと、展覧会の監修を担当したガウディ研究家の鳥居徳敏さんが出演しました。

2023年7月23日の日曜美術館
「永遠なるサグラダ・ファミリア 〜“神の建築家” アントニ・ガウディ〜」

放送日時 7月23日(日) 午前9時~9時45分
再放送  7月30日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

着工から140年が過ぎた今も建設作業が続く “未完の聖堂” サグラダ・ファミリア。スペイン・バルセロナで活躍したアントニ・ガウディ(1852-1926)の代表作だ。その独創的な姿はいかにして生まれたのか。東京国立近代美術館で開催中の展覧会をめぐり、“神の建築家” とも言われたガウディの建築思想に迫るとともに、今回特別な許可を得て撮影したドローン映像を通してサグラダ・ファミリアの永遠なる魅力を伝える。(日曜美術館ホームページより)

ゲスト
常盤貴子 (俳優)
鳥居徳敏 (建築家、神奈川大学名誉教授)

出演
ジョルディ・ファウリ (サグラダ・ファミリア聖堂主任建築家)
カサ・ビセンスの学芸員
ジョルディ・クソウ (1985年時点のサグラダ・ファミリア石こう模型室主任)
外尾悦郎 (サグラダ・ファミリア主任彫刻家)


サグラダ・ファミリア展の会場から

最初に紹介された聖堂身廊部(礼拝が行われるメインの場)の模型は、25分の1サイズでも3mの高さを持つ巨大なものでした。
圧倒的な広さと高さは、中に配置された人間の模型と比べれば一目瞭然。
スケールの大きさが伝わってきます。

屋根の上に切られた窓の多さも特徴で、広々とした空間に無数の光が降り注ぐ心地の良い空間になっているそうです。
作者のガウディが目指したものは樹木のような柱が立ち並ぶ森のような空間で、後に続く建築家たちもガウディの構想に基づいて作業を進めてきました。

ちなみにガウディはサグラダ・ファミリアの2代目の建築主任で、2023年現在の建築主任は9代目にあたります。
それなのに何故ガウディが「作者」とされているのかというと、初代がデザインした様式を改めて現在の独創的な聖堂を計画したのがガウディだからです。


アントニ・ガウディについて ― サグラダ・ファミリアに至るまで

ガウディの幼少期から建築学校まで

アントニ・ガウディが生まれたのは、サグラダ・ファミリアがあるバルセロナから南西110㎞ほどの距離にある都市レウス。
幼少期にリューマチを患い、小さな生き物や植物を観察しながら一人ですごすことが多かったと言います。
この時に培われた観察力力は、のちに建築家として成功する土台となったことでしょう。

成長したガウディは、バルセロナの建築学校に入学します。
当時のバルセロナは産業革命の導入で繁栄し、人口が急激に増加したために建築の需要が高まっていました。

学生時代のガウディは、教授の講義を聞くよりも建築に関する資料を見ることに熱心でした。
特にエジプトやペルシャ(現在のイラン)など異国の建築に興味があり、ガウディが読み込んだ資料にはナポレオンがおこなったエジプト遠征(1798)の学術成果をまとめた「エジプト誌」(1809-1822)などがあります。
ガウディが異国情緒のある建築に夢中になったのは、イスラム勢力が統治した時代の文化が残るスペインのお国柄もあったかもしれません。
(18世紀後半は、スペイン南部からヨーロッパにアルハンブラ・ブームが発信され、イスラム文化の再評価が進んだ時代でした)


ガウディ、建築家としての名声を得る

学校を卒業したガウディは建築事務所のアルバイトをしながら生活していましたが、バルセロナの有名皮手袋店の依頼で、第3回パリ万国博覧会(1878)出品用のショーケースをデザインしたことが転機となります。
木製の展示ケースが主流の時代に、ガウディがデザインしたメタルフレームに総ガラス張りのショーケースは話題となり、雑誌にも紹介されました。
展覧会では名刺の裏に印刷された《クメーリャ革手袋店ショーケース パリ万国博覧会のためのスケッチ》が展示されています。

このショーケースがきっかけで、ガウディは後のパトロンとなる富豪とのつながりを得ました。
代表的なパトロンであるグエル伯爵も、ショーケースを見てガウディを訪ねてきた一人だったそうです。

ガウディが最初に手掛けたカサ・ビセンス(1883-85)は、株の仲買人だったビセンス氏の邸宅。
多くの人々に知られたいという野心に満ちたガウディが「自分の才能をアピールする所信表明のような作品」だと学芸員の方は語っていました。
カサ・ビセンスには東洋建築の影響や自然のモチーフなど、後のガウディに通じる要素があちこちに見られます。

ガウディがサグラダ・ファミリアの2代目主任建築家に就任してからもパトロンたちの依頼は途切れず、ガウディは新しい試みを取り入れた華やかな建築を作り上げることでキャリアを積み、建築家としての名声を獲得しました。


サグラダ・ファミリアの歴史 ― ガウディは2代目建築家

ガウディ以前 ― 聖ヨセフ信心会の活動

サグラダ・ファミリアの建築は1882年3月19日から始まっていますが、実際には建築が始められるまでさらに16年の準備期間がありました。

19世紀後半のバルセロナでは、ガウディのパトロンになるような富豪が生まれる一方で貧富の差が拡大し、労働者の貧困が社会的な問題となっていました。
貧しい人々の信仰のよりどころとなる民間の宗教組織「聖ヨセフ信心会」が生まれたのが1866年のこと。
そして1870年代に会員たちが資金を出し合って聖家族(サグラダ・ファミリア)に捧げる聖堂を建てることを計画しました。
サグラダ・ファミリア建設計画の始まりです。

ところが、初代の主任建築家フランシスコ・デ・パウラ・ビリャールが2年足らずで辞任。
ビリャールの後を引き継いだのがガウディでした。
ビリャ―ルはガウディがアルバイトをしていた事務所の所長で、建築学校の教授でもあったそうです。

ガウディは1883年11月にサグラダ・ファミリアの2代目建築家になり、以後事故で亡くなるまでこの仕事に打ち込むことになります。


ガウディの就任 ― 赤字続き・中断の連続

ガウディは最初10年で完成することを約束していましたが、それから140年経った現在でも完成していないのはご存じの通り。
サグラダ・ファミリアが完成しない理由のひとつは、資金が集まらず赤字が続いて、工事がたびたび中断したことにあります。
(ガウディの10年の約束も「一定以上の金額が毎月集まれば」という但し書きつきだったようで、彼の存命中に必要な額が集まったことは一度もありませんでした!)

またビリャールが計画したネオ・ゴシック様式の聖堂は、大聖堂に18の塔を備えたガウディのサグラダ・ファミリアよりも大分小規模で、ガウディによる計画変更がより完成までの道のりを長くしたことは間違いありません。
ただし、ガウディによる壮大な聖堂の計画があったからこそサグラダ・ファミリアが世界中の注目を集める存在になっていることも確かです。

ガウディは1914年にほかの仕事から手を引いてサグラダ・ファミリアに専念。
そして1926年、路面電車にはねられて73歳の生涯を閉じます。
東側の塔がひとつ完成した7か月後のことでした。
色鮮やかな鐘塔頂華(塔の先端を飾る象徴的な装飾)を備えたこの塔は現在でも一番目に付く部分で、バルセロナを訪れる人々を歓迎するシンボルなんだそうです。


ガウディ没後 ― スペイン内乱と現在に至る取り組み

ガウディの没後にスペイン内戦(1936-1939)が勃発し、図面や模型のほとんどが戦火に巻き込まれて失われました。
サグラダ・ファミリアを受け継いだ職人たちは、ガウディが遺した模型の破片を集めて修復し、ガウディの図面を再現。
これらの努力の上に、現在の建築計画が進められています。
(ITの導入により、工期が大幅短縮される見込みも立ちました)

ガウディはサグラダ・ファミリアの設計図を描かず、大量の模型を制作して設計の検討をしていたそうです。
ガウディが描いたのは聖堂の全体像のスケッチだけで、ぞれ以外の図面は助手たちが完成を予想して製作したものなんだとか。

サグラダ・ファミリアはどこまで「ガウディの作品」と言えるのかについては、疑問視する声もあるようですが、ガウディ自身が元々の計画を大幅変更していますから、自分の死後を引き継ぐ人たちによるアレンジは織り込み済みだったかもしれません。

1978年からサグラダ・ファミリアの建設に参加し、現在彫刻主任を務める外尾悦郎さんが制作した「降誕の正面」(東側)を飾る天使像はガウディの計画に忠実に作られたものですが、表情にはなんとなく東洋の仏像と似通った雰囲気があるかも…?という話題も出ていました。
ちなみに西側の外壁「受難の正面」の彫刻群はまったく違った雰囲気で、担当した彫刻家ジュゼップ・マリア・スビラックスのオリジナリティが発揮されています。

ガウディの計画をできる限り忠実に踏襲するのか、それとも現代の解釈に落とし込んでいくのか、そもそもどこまでが「ガウディの計画通り」なのか、この問題の正解が出る日は来るのでしょうか?


マリアの塔・ルカの塔・マルコの塔 ― ガウディのメッセージ

完成までは数百年かかると言われていたサグラダ・ファミリアですが、一度は「2026年に完成の見込み」との発表がありました。
新型コロナウイルスの影響による工事の中断で再び「完成未定」になってしまいましたが、2021年のはじめに再開し、完成に向けて着実に歩みを進めています。

世界中がコロナ下の緊張を強いられた2021年の12月には、塔頂に星を戴くマリアの塔が完成。
新しい塔が完成するのは45年ぶりのことでした。
さらにウクライナに対する軍事侵攻がはじまった2022年の12月には、新約聖書に収録されている4篇の「福音書」の作者に捧げられた搭のうち、ルカの塔とマルコの塔が完成しています。
塔頂には翼のある牡牛(ルカのシンボル)と翼のあるライオン(マルコのシンボル)がそれぞれの書物を持ってキリストによる犠牲と救済を呼び掛けています。

ガウディがサグラダ・ファミリアのの美しさを通じて伝えようとしたことは
「他者と平和に暮らすこと」
いまこそ必要な永遠のメッセージです

現主任建築家のジョルディ・ファウリさんは、このように語っています。

サグラダ・ファミリア完成までの長い道のりについては、こちらの記事もどうぞ。
「サグラダ・ファミリアの完成はいつ? 完成しない理由とは?」


ガウディとサグラダ・ファミリアに関する展覧会・イベント

ガウディとサグラダ・ファミリア展(東京国立近代美術館)

ガウディとサグラダ・ファミリア展 公式ホームページ

東京会場

千代田区北の丸公園3-1

2023年6月13日(火)~9月10日(日)

10時~17時 (金・土曜日は10時~20時)
※入場は閉館の30分前まで

月曜休館

一般 2,200円
大学生 1,200円
高校生 700円
中学生以下 無料
※障害者手帳の提示で本人と付添者1名無料

滋賀会場(佐川美術館)

滋賀県守山市水保町北川2891

2023年9月30日(土)~12月3日(日)

9時30分~17時
※入場は閉館の30分前まで

月曜休館(祝日に当たる場合は翌日休館)

公式ホームページ

愛知会場(名古屋市美術館)

愛知県名古屋市中区栄二丁目17番25号(芸術と科学の杜・白川公園内)

2023年12月19日(火)~2024年3月10日(日)

9時30分~17時(祝休日を除く金曜日は9時30分~20時)
※入場は閉館の30分前まで

月曜休館(祝日に当たる場合は翌日休館)

公式ホームページ

VRでよみがえるガウディ ~サグラダ・ファミリアの秘密~(NHK放送博物館)

NHKとフランスの制作会社が共同制作した4K画質のVR(バーチャル・リアリティー)を体験。
資料からガウディが晩年を過ごした工房を再現しています。

東京都港区愛宕2-1-1
NHK放送博物館2階 4K体感シアター(愛宕山8Kシアター)

月曜休館(祝日除く)

2023年6月13日(火)~9月10日(日)

10時~16時30分
※入場は閉館の30分前まで

毎日計12回実施(1回の上映につき6名まで参加可能。整理券配布は10時から)
10時10分、10時40分、
11時10分、11時45分、
12時15分、12時45分、
13時25分、13時55分、
14時25分、
15時00分、15時30分、
16時00分

月曜休館

入場無料

公式ホームページ