2023年10月4日に正倉院の扉を開く「開封の儀」が行われ、今年も正倉院展が開催のはこびとなりました。
第75回となる今年は、聖武天皇の遺品の中でも第一に挙げられる袈裟をはじめ、謎の多い宝物、天平時代の役所の記録、大仏の造立に力を尽くした良弁僧正のサインがある書簡など、様々な由来を持つ宝物が揃っています。
2023年11月5日の日曜美術館
「華麗なる至宝 天平の祈り 〜第75回 正倉院展〜」
放送日時 11月5日(日) 午前9時~9時45分
再放送 11月12日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
年に一度、奈良・正倉院の貴重な宝物を公開する「正倉院展」。75回目となる今年は初出陳6件を含む、合計59件が出陳される。聖武天皇ゆかりの品で「国家珍宝帳」の筆頭に掲げられた「九条刺納樹皮色袈裟」をはじめ、豪華な螺鈿を施した「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶」や「平螺鈿背円鏡」。さらに今年没後1250年の御遠忌を迎えた東大寺初代別当・良弁僧正ゆかりの書にも注目!天平の時代に宝物に託した国家安寧への祈りをひもとく。(日曜美術館ホームページより)
ゲスト
田辺誠一 (俳優)
井上洋一 (奈良国立博物館館長)
出演
小池陽人 (須磨寺副住職)
野村渚 (冷泉家時雨亭文庫学芸課長)
服部征二 (服部中村養鼈場)
三本周作 (奈良国立博物館主任研究員)
飯田剛彦 (宮内庁正倉院事務所所長)
橋村公英 (華厳宗管長 第224世東大寺別当)
今年の見どころ ー 聖武天皇の遺愛の袈裟も
正倉院宝物の華といえば、やはり貴重な素材や高度な技術による豪華な品々でしょう。
今年も会場の視線を釘付けにする、華やかな宝物が登場しました。
平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)
唐時代の中国で作られたこの鏡は、直径約40cmの背面に夜光貝の螺鈿と赤い琥珀で花模様を描き、地の部分には細かく砕いたトルコ石を散らした豪華なものです。
螺鈿の表面には毛彫(ごく細い線で文様や文字を彫る技法)で葉の葉脈などを描き、琥珀には裏側から金で花弁を描いています。
素材の琥珀はミャンマー産、トルコ石はイラン産で、当時の国際交流を物語っているようです。
斑犀如意(はんさいのにょい)
僧侶が手にする仏具で、長さはおよそ77cm。
柄の端はラピスラズリで作られ、扇のように広がった部分も丸い宝石を花のように並べた装飾が施されています。
紫檀小架(したんのしょうか)
日本には生えていない貴重な木材を高さ46cm・幅30cmの鳥居形に組んで、2つずつ組みになった象牙の突起を上下2箇所につけています。
「小架」というからには何かを掛けたはずですが、それが何だったのかはわかりません。
ゲストの一人である井上洋一さんによれば、上下の突起が互い違いになっているところが手掛かりになるそうですが…?
九条刺納樹皮色袈裟(くじょうしのうじゅひしょくのけさ)
正倉院宝物は東大寺を建立した聖武天皇(701−756)の死後に献納された600点を超える遺品にはじまりますが、その目録「国家珍宝帳」の最初に挙げられている袈裟です。
聖武天皇が実際に着用した可能性が極めて高く、今回展示される宝物の中ではトップクラスに貴重な宝物でしょう。
さまざまな色・形の絹布を細かくほぐし、刺し子のように縫って繋ぎ合わせたもので、大きさは縦147cm×幅253cm。
「刺納」は刺し子縫いのこと、また「樹皮色」は表面の樹皮のような風合いを意味しています。
恐ろしく手間のかかる工芸品とでも言いたいところですが、お釈迦様の時代から存在した「糞掃衣(ふんぞうえ)」をお手本にしたものです。
糞掃衣は捨てられたボロ布を縫い合わせた袈裟で、これを着ることは修行の一環でもあります。
「三宝の奴」と称して自ら譲位・出家した聖武天皇も、この衣を纏って修行に励んだのかもしれません。
兵庫県神戸市の須磨寺では「令和の糞掃衣プロジェクト」と題して、聖徳太子が着用したとされる日本最古の糞掃衣の再現をおこなっています。
令和の糞掃衣プロジェクト~皆で作る祈りの袈裟~
謎のある宝物
正倉院宝物の中には、来歴や用途に謎があるものも少なくありません。
今後の研究で新しい事実が明らかになる日が来るのでしょうか?
楓蘇芳染螺鈿槽琵琶(かえですおうぞめらでんのそうのびわ)
正倉院には複数の四絃琵琶が伝わっていますが、こちらの琵琶は作られた場所が分かっていません。
背面に花・鳥・雲などの文様を描く白い螺鈿は夜光貝のほかに鮑貝が使われ、日本製である可能性も指摘されています。
胴中央の撥を受ける部分には革が貼られ、奥深い山を背景に白象に乗って舞や音楽を演ずる胡人(ペルシア人)の姿が描かれています。
このモチーフは盛唐に流行したもので、リアリティのある表現は実物を見て知っている人でなければ難しいというのが正倉院宝物の復元模造にも携わった野村渚さんの意見です。
日本で作られたとしたらとても詳しい手本があったのではないかと、野村さんは考えています。
布作面(ふさくめん)
四角い布に顔を描き、目と口の部分に穴をあけたシンプルな面です。
描かれているのは豊かな髭を蓄えた胡人で、楓蘇芳染螺鈿槽琵琶に描かれている人によく似ています。
法要の際に大陸の音楽を演奏する楽団員が着けたもので、口の穴は笛を吹くためと考えられています。
刻彫梧桐金銀絵花形合子(こくちょうごとうきんぎんえのはながたごうす)
中国の金属器をモデルに作られた木製の合子(蓋付きの容器)です。
一本の木をくりぬいて立体的な花の形を彫り出し、金銀の泥で細かい部分を描きました。
東大寺の戒壇院に伝わったもので、戒壇院を開いた鑑真和上に近しい関係だった職人が手掛けたのかもしれません。
青斑石鼈合子(せいはんせきのべつごうす)
深緑色の蛇紋岩で作られたリアルなスッポン。
つぶらな瞳は琥珀でできています。
大正時代創業の鼈養殖場を営む服部征二さんも「上手くできてるな」「ただただ感心」と語るほどよくできたスッポンの彫刻ですが、実は動物彫刻ではなく容れ物。
スッポンのお腹の下に収納されている八稜形(花弁が8枚の花のような形)のお皿には、仙薬(不老長寿の仙人になるための薬)が入っていたと考えられています。
奈良国立博物館の三木周作さんによると、この合子は古代中国の「天は円形(ドーム形)、地は方形(水平の四角い台)」という思想に基づいてスッポンの甲羅と腹を天地に見立てているんだそうです。
甲羅に刻まれた丸い印は、内側(天地の間…つまり世界)から見るとこの世のあらゆる動きを統制するとされる北斗七星の形になっています。
正倉院文書 ー 天平の記録
正倉院文書の多くは役所の事務帳簿で、元々は倉庫で保管されていました。
それがいつしか正倉院に移されて1300年もの間手をつけられずに保存されたことから、当時の実態に即した貴重な記録として評価されています。
来場者の中には、現代とも共通する文字を通じて古の人との一体感を感じたと語る人もいました。
紅赤布(べにあかのぬの)
上総国(現在の千葉県)から税として納付された赤い麻布で、全て広げた時の長さは12m以上になります。
端に「大仏殿上敷紅赤布」の文字と大仏開眼会がおこなわれた天平勝宝4(752)年4月9日の日付が記されていることから、大仏の目を入れる重要な法要の席を飾った敷物だったことがわかっています。
下総国葛飾郡大嶋郷戸籍(正倉院古文書正集)
律令制のもと、人と物の管理が文書によって行われるようになった時代の史料です。
戸籍は6年ごとに更新されていました。
日曜美術館で紹介されたのは、現在の東京都葛飾区あたりに住んでいた孔王部(あなほべ)さん一家の戸籍。
戸主である孔王部小山(あなほべのこやま)を筆頭に、2人の妻・子どもたち・従兄弟や姪なども含めた14人の名前と年齢が記録されています。
甲斐国司解(正倉院古文書正集)
現在の山梨県にあたる地域の役所から中央の役所への申し送りです。
三年間働く労働者として、漢人部千代(からひとべのちよ)という人を送るという内容で、年齢と身体的特徴も書いてあります。
この千代さんは逃亡した親族の代わりに送られることになったそうで、別の記録によれば自分も数か月後に逃亡したとのこと。
正倉院事務所の所長・飯田剛彦さんは、労働環境が悪かったのではないかと推測を述べ「職場関係は難しいですよ」と実感のこもったコメントをしています。
良弁僧正ゆかりの文書
2023年の10月、東大寺では良弁僧正(689−773)の1250年忌の法要が営まれました。
良弁僧正は、大仏建立に尽力した功績で756年に東大寺の初代別当に任ぜられた人物です。
少僧都良弁牒(正倉院古文書正集)
良弁僧正の直筆はほとんど残っていませんが、こちらは直筆のサインがある貴重な史料。
経典の借用をお願いする手紙に、寺を代表して署名しています。
良弁僧正はさまざまな経典を借りて勉強会を開いていたんだとか。
当代の別当(224世)である橋村公英さんは、良弁相乗の人柄を「とても好奇心の強い方」と想像し、日本の大乗仏教の基礎はその好奇心によって築かれたと語りました。
造石山寺所解移牒符案(続々修正倉院古文書)
良弁僧正の晩年、滋賀県大津市にある石山寺の建設に関わった際の資料です。
東大寺の別当として石山寺の建設を統括した良弁僧正(文書の中では「大僧都」と記されています)は、鏡4面を作る命を受けて奈良から4人の職人を呼ぼうとしますが、返事が芳しくなかったため見積書の作成を理由として2人を優先して派遣してもらうことにしたそうです。
組織同士の機微を把握して柔軟な対応ができた良弁僧正を、飯田さんは「実務的な方」と評価しています。
「第75回 正倉院展」(奈良国立博物館 東・西新館)
ゲストの田辺誠一さんは、正倉院については中学の教科書でちょっと学んだくらいだそうですが、その時代や文化を物語る宝物から、時空を繋げてくれるタイムマシーンのようなイメージを受けたそうです。
会場の宝物たちは、どのようなイメージを与えてくれるでしょうか?
奈良県奈良市登大路町50
会期:2023年10月28日(土)~11月13日(月)
※会期中無休
開館時間:8時~18時 (金・土・日曜および祝日は20時まで)
※入館は閉館の60分前まで
一般 2,000円
高校・大学生 1,500円
小・中学生 500円
※事前予約制の日時指定券が必要
公式オンラインチケットはこちら
またはローソンチケット[Lコード 59995]から
(奈良国立博物館チケット売場での販売はありません)