「奇想の画家」として注目を集める長沢芦雪。
これまで「奇想」「変人」のイメージで語られてきた人物ですが、最近の研究では違った人物像が浮かび上がってきました。
2023年11月26日の日曜美術館
「シン・芦雪伝」
放送日時 11月26日(日) 午前9時~9時45分
再放送 12月3日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
江戸時代中期に京都で活躍した長沢芦雪。若冲や蕭白と共に、奇想の絵師の一人として人気が高まっている。奇抜で大胆な画風から、自分勝手で反抗的、恨みを買って毒殺されたなど、悪いうわさが伝えられてきた。しかし近年の研究から、師の教えを守り、高度な技と独自の発想で人を驚かせる絵を描き続けた、新しい人物像が見えてきた。今、大規模な展覧会が開かれている大阪中之島美術館を舞台に、傑作の数々が物語る真の芦雪像に迫る。(日曜美術館ホームページより)
出演
小野正嗣 (作家、早稲田大学教授)
岡田秀之 (福田美術館学芸課長)
長沢芦雪と『蘆雪物語(芦雪物語)』
長沢芦雪(1754-1799)の人生に関する資料はほとんどありません。
現在の兵庫県にあたる丹波国の生まれであること(父親は武士だったと言われています)、20代前半で円山応挙(1733-1795)の弟子になったことは確かなようです。
33歳の時に師匠の代理として南紀(現在の和歌山県)に滞在し、寺院の襖絵を描く仕事をしたことと、45歳で大阪で亡くなったことも分かっています。
大正時代、美術史家の相見香雨(あいみ こうう 1874-1970)は芦雪の子孫やゆかりの人々に聞き取り調査をおこない、伝記『蘆雪物語』(1918)を発表。
(「蘆」は人名用漢字である「芦」の正字なので『芦雪物語』でも良いのですが、ここではもとの表記に従います)
ここで語られる芦雪は、多芸多才の人である一方、天才肌の高慢な変人でした。
現在伝わる芦雪の人物像は『蘆雪物語』がもとになっています。
けれども、芦雪の死から75年も後に生まれた相見の聞き取り調査は正確な人物像を伝えているのか…怪しいと言わざるをえません。
日曜美術館では小野さんが芦雪臨終の地である大阪(大阪中之島美術館)で開催中の展覧会を訪れ、作品や最新の研究から見えてきた人物像に迫りました。
芦雪研究の第一人者である岡田秀之さんの解説も聞き逃せません。
《龍図襖》《虎図襖》に見る芦雪のイメージ
最初に紹介されたのは、和歌山県の錦江山無量寺が所蔵する《龍図襖》《虎図襖》。
遠くから見ても圧倒される存在感があり、近づけば稲妻が走る雲の中を自在に泳ぐ龍や風に見事な被毛をなびかせて飛び出してきそうな虎の動きが感じられます。
「墨の濃淡と線だけで不思議な現実を作り出している」と語る小野さん。
この作品から見た芦雪は、とにかく「絵を描くのが楽しい」人。
そして身につけた多くの技術を出し惜しみせず、いろんな組み合わせの妙で人を驚かせる人、と感じたそうです。
絵から感じられる奔放さが、伝承における奇人・芦雪の人物像形成に一役買っていることは間違いありません。
長沢芦雪は隻眼だった?
『蘆雪物語』には、独楽回しの名人だった芦雪が殿様の前で芸を披露した際、誤って片目に大怪我を負ったと書かれています。
芦雪が周囲が止めるのも聞かずに芸を続けて片目を失った、という記述から芦雪は隻眼だったと言われていたのですが、長らく行方不明だった作品から別の可能性が考えられるようになりました。
《大黒天像》の再発見でわかったこと
実に半世紀以上もの間行方知れずだった大黒天像。
クローズアップの構図が得意な芦雪らしく、縦164㎝×横99㎝の画面からはみ出しそうな大黒様です。
行方不明になる前に撮られた写真では小槌を抱えた手元が平面的に見えたので、芦雪隻眼説を裏付ける証拠と考えられてきましたが、再発見された実物には立体感のある描写が取り入れられていて、岡田さんたち研究者を驚かせました。
平べったく見えた手は胸の前にある空間を感じさせ、背中に背負った大きな袋もふっくらとして奥行きがあります。
岡田さんはこれを見て、芦雪は視界が制限されて奥行きがつかめなかったのではなく、あえてこの表現を選択したと考えました。
長沢芦雪は円山応挙に破門された?
20代で応挙に入門した芦雪は、対象を観察して写実的に描く応挙の表現を学び千人を超える弟子の中でも特に優れたひとりに数えられるまでになりました。
しかし『蘆雪物語』には、奔放な芦雪は師の教えを窮屈に感じるようになり、応挙と対立したあげく「三回破門せらる」とあります。
芦雪は33歳の時、宝永の大津波(1707)での全壊から再建された寺院をかざる襖絵の制作のため、応挙の代理として和歌山へ赴きます。
(無量寺の襖絵はこの時に描かれました)
師の束縛から自由になった芦雪は自らの画風を手に入れた…というのが従来の説。
けれども岡田さんは芦雪の破門に懐疑的で、応挙と芦雪の師弟関係は良好だったと考えています。
たしかに、何故自分の代役に芦雪を派遣したのかと考えると、代理を任せられるだけの信頼関係があったと考える方が自然かもしれません。
《西施浣紗図》でわかる芦雪の個性
芦雪は和歌山行きの前から、その個性を発揮した作品を描いています。
岡田さんは29歳の芦雪が描いた《西王母図》と、応挙の《西施浣紗図》を比較しました。
どちらも中国の美女を描いた作品ですが、応挙がメインの美女と背景をどちらも写実的にバランスよく描いているのに対し、芦雪は力を入れる部分とそうでない部分を分けて女性の色っぽさを強調しています。
『蘆雪物語』では厳格な師匠とされる応挙も、江戸時代の最大流派・狩野派を出て、写生を重視した独自の画風を確立した革新の人。
師の手本は大切だが手本を写すだけの教え方も良くない、という言葉を残していることからも、応挙がガチガチの保守派でなかったことがわかります。
応挙が新しいスタイルを取り入れるようになったのは30代の初め頃で、芦雪が和歌山に旅立ったのと同じ年代でした。
長沢芦雪は傲慢だった?
『蘆雪物語』によると、芦雪は丹波亀岡藩の藩主に依頼されて大作を描いたことがありました。
しかし納品の段階で家来から代金を値切られ、腹を立てた芦雪はその絵を他所に売ってしまいます。
面目を潰された城主の怒りを買い、家来は切腹させられてしまったんだとか…
芦雪の気位の高さを示すエピソードですが、実際の芦雪はもう少し融通の利く人だったようです。
《鶴亀図》と注文主への書簡
松江藩主の弟で俳人の雪川に依頼された《鶴亀図》は、上空に向かって鳴く鶴が中央に描かれています。
足元には亀、画面の奥にはまだ白い羽が揃っていない子供の鶴がいるのですが、元々子供は描かれていなかったそうです。
岡田さんによると依頼主は雄雌の鶴が希望だったようで、描き直して欲しいと送り返されてきたのではないか、とのこと。
芦雪が残した雪川当ての書簡では、この絵が雄が画面の外にいる雌に呼びかける「呼び鶴」であることを説明しつつ「しかしご依頼という事なので」もう1羽描いたこと、ついでに海苔を貰ったお礼を述べています。
注文主とアーティストのすれ違いはよくある事ですが、伝承通りの傲慢な天才であれば激怒しそうなものです。
丁寧なお礼状と注文通り鶴を2羽にして見せた(雌ではなく子供ですけど)対応からは、変人奇人のイメージは読み取れない、と岡田さんは語ります。
長沢芦雪はどんな人?
紀州での経験を経て活躍の場を広げた芦雪は、自らの画風により磨きをかけます。
当時の京都では伊藤若冲(1716-1800)と曽我蕭白(1730-1781)という圧倒的な個性派の先輩が大人気で、芦雪はこの2人とは違った境地を目指して研鑽を積みました。
《蹲る虎図》と《蕗図》を見て…?
小野さんが「一見すると上手いのか下手なのかよくわからない」と評価した大きな虎は、宴席で即興で描いてみせる「席画」だったようです。
丸まった体に輪郭がない所から、この絵はまず中心の顔を描き、そこから筆の勢いに任せて放射状に広げるようにして描いていったと考えられます。
岡田さんは絵の完成を見守る人たちの「猫かな?」「大きくなった」「虎だ!」という反応を想像しています。
画面からはみ出す巨大な蕗の葉を描いた《蕗図》にも、見る人を驚かせる仕掛けがありました。
離れて見るとダイナミックな植物画ですが、近づいてみると触覚までリアルに表現されたアリの行列が見えてきます。
掛け軸は床の間に飾るので、見る人は少し離れた所から眺めるのが普通です。
あえて近づくことで「アリがいる!」という発見と驚きをもたらす、芦雪の悪戯心を感じさせる作品でした。
展覧会を見て、芦雪に対する小野さんの印象は「インテリジェント」で「面白いことにチャレンジしていく人」となりました。
芦雪が実際にはどんな人だったのかは想像するしかありませんが、作品を見ると他人の驚く顔が好きで、そのために手間暇を惜しまない人だったような気がします。
長沢芦雪がわかる? 展覧会
「特別展 生誕270年 長沢芦雪 ー 奇想の旅、天才絵師の全貌」
番組で紹介された作品のうち《那智滝図》と《山姥図》はNHKプラスでは配信されません。
大阪の後は福岡に巡回します。
大阪展
現在後期のため、紹介された作品は展示されません。
大阪府大阪市北区中之島4-3-1
大阪中之島美術館 4階展示室
2023年10月7日(土)~12月3日(日)
10時~17時 (入場は閉館の30分前まで)
月曜休館
一般 1,800円
高大生 1,100円
小中生 500円
九州展(九州国立博物館)
福岡県太宰府市石坂4−7−2
2024年2月6日〜3月31日(日)
9時30分〜17時 (入場は閉館の30分前まで)
※ 金曜・土曜は9時30分〜20時まで
月曜休館(祝日・振替休日の場合は翌日休館)
一般 2,000円
高校・大学生 1,300円
小・中学生 900円
ゼロからわかる江戸絵画 ー あ!若冲、お!北斎、わぁ!芦雪
福田美術館、嵯峨嵐山文華館が合同で開催する江戸絵画の展覧会。
江戸絵画の優品118点が集合します。
もちろん芦雪も!
第1会場(福田美術館)
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町3-16
第2会場(嵯峨嵐山文華館)
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町11
2023年10月18日(水)~2024年1月8日(月)
10時〜17時 (入場は閉館の30分前まで)
12月5日(火)は展示替えのため休館。
年末年始(12月30日~1月1日)休館
二館共通券
一般・大学生 2,300円
高校生 1,300円
小中学生 750円
障がい者手帳の提示で本人と介添人1名まで 各1,300円