日曜美術館「萩焼 三輪休雪の世界」/ アートシーン「影絵作家・藤城清治」(2020.05.10)

吉田松陰の松下村塾があったことでも知られる山口県萩市に、
第13代美和休雪(2019年5月襲名)を訪ねました。
「休雪」は萩焼の古窯「三輪窯」の当主が代々襲名する名前で、
10代目から13代目は特に革新的な作陶で知られています。
アートシーン特別編は、影絵作家・藤城清治でした。

2020年5月10日の日曜美術館
「萩焼 三輪休雪の世界」

放送日時 5月10日(日) 午前9時~9時45分
再放送  5月17日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

350年にわたり陶芸界をけん引してきた萩焼の “三輪休雪” の名が十三代へ受け継がれた。新しいものへの挑戦を文字通り続けてきた歴代の当主たち。兄弟で人間国宝となった十代、十一代。ひつぎに横たわる黄金の骸骨「古代の人」など陶芸の枠を越えた独創性を貫いた十二代。そして十三代は土のインスタレーションや茶わん「エル・キャピタン」が名高い。これまでカメラがほとんど入らなかった三輪家を訪ね、その伝統のあり方を聞く(日曜美術館ホームページより)

出演
三輪 休雪 (第13代休雪 本名和彦)
三輪龍氣生 (第12代休雪 本名龍作)


10代休雪から12代休雪まで

三輪窯は江戸の寛文年間に起こり、萩藩(長州藩)の御用窯を務めてきました。
昭和に入って休雪を継いだ10代目以降、
従来の茶陶器からより自由で革新的な作陶が行われています。

10代(休和 1895-1981)

10代休雪は細工物の名人として知られ、
また萩焼に欠かせない白い藁灰釉をさらに改良して
「春野雪のよう」といわれる柔らかな白色の「休雪白」を編み出しました。
1970年に重要無形文化財萩焼保持者として人間国宝に認定されています。

11代(壽雪 1910-2012)

11代休雪は10代の弟にあたり、
小石を混ぜた荒い土をつかう「鬼萩」を研究して
独自の技法に昇華させたことが有名です。
1983年に人間国宝に認定されました。
兄弟で人間国宝認定を受けたのは、陶芸界では初の快挙だったそうです。

12代(龍氣生 1940-)

12代休雪は11代の長男で、13代の兄にあたります。
12代の作品は陶芸による前衛的なオブジェがとくに有名で、
隠居後も龍氣生の名で活動を続けています。
番組で紹介された《古代の人・王墓/王妃墓》は
それぞれ高さ73cm・幅163cm・長さ360cmの棺で、
中には黄金の骸骨と副葬品が納められています。
勾玉や銅鏡と一緒にカメラなど現代の物が入っているのは、
この作品が12代とその夫人を表しているからだとか。


13代三輪休雪(1951-)の作陶

11代休雪の三男である13代目三輪休雪の作陶は、
粘土のかたまりを薪にたたきつける、錆びた日本刀で削ぐなど
ダイナミックな方法で進められます。
土の側にもなりたい形があり、
作り手が一方的に作用するのではなく、土と人が互いに作用と反作用を繰り返す、
その繰り返しで形が作られていくのだそうです。

番組内では、雪を頂く山をイメージした花器「雪嶺」の制作過程が紹介されました。
形を作って中をくり抜き、素焼きした段階の重さは20㎏以上。
10代休雪が開発した「休雪白」の釉薬の中に浸けて釉掛けしますが、
休雪白は通常の釉薬よりも粘りがあるため、さらに重くなるようです。
釉薬をたっぷりつけた器を数人がかりで持ち上げると、
釉薬が流れてほしい方向に流れるように角度を調整しながら、
表面が乾くまで支えます。

状態の悪い刀で削いだ表面の荒れ・釉の流れた跡も造形のひとつとして
形作っていく手順は、陶芸というよりも彫刻のようでした。

13代は1975年から約5年間アメリカに留学し、
サンフランシスコ・アート・インスティチュートで現代美術を学びました。
留学中にヨセミテ国立公園で見た、高さ1kmにおよぶ花崗岩の一枚岩
エル・キャピタン(意味は「岩の族長」)から
インスピレーションを得て作られたシリーズ「エル・キャピタン」も
やはり薪でたたいたり刀で削いだりといった手順で形を作っていきます。
茶碗ひとつに使う粘土の重さは、約4kgだそうです。

この「エル・キャピタン」でお茶をいただくことになった小野さんと柴田さんは、
くり抜いた流木のようなお茶碗のどこに口をつけたらよいのかわからず、
戸惑う場面がありました。
実際に口をつけてしまえば飲みづらくはないそうですが…
「飲むという行為も決して自然なことではないと意識させられます」という
小野さんの言葉は名言でした。


アートシーン 特別編アーティストのアトリエより―影絵作家・藤城清治

アートシーンは過去の放送から厳選した特別編。
今回は影絵作家・藤城清治(1924)の制作風景でした。

アートシーンは特別編。「アーティストのアトリエより」と題してお届けする。2013年8月に放送した「日曜美術館」から、影絵作家・藤城清治が89歳で挑んだ「風の又三郎」の制作を追った。スタジオでは、今年4月に96歳となった藤城が番組に寄せてくれた「ウィルス撃退」のイラストも、紹介する!

半透明のシートを重ねたり削ったりしながら
まるで本物のような質感を作っていく様子は、
藤城清治の影絵で育ったわたしはもちろん、
藤城作品を知らない人(いるんでしょうか?)にも興味深い風景だと思います。
この『風の又三郎』(全18作品)を1冊にまとめた『画本 風の又三郎』は、
2014年に花巻市が主催する「第24回宮沢賢治賞」を受賞しました。

「僕の影絵は 賢治童話の中で 触発され 進化していった」と語る藤城は、
これ以前にも宮沢賢治の童話から数多くの影絵作品をつくっています。
初めての賢治童話の挿絵が藤城清治だったという人も多いことでしょう。

童話やメルヘンの世界だけではなく、重いテーマの作品もあります。
原爆ドームの上を色とりどりの折鶴たちが飛んで行く
《悲しくも美しい平和への遺産》(2005)や
原発事故後の福島の川に魚たちが泳ぐ《福島 原発ススキの里》(2012)は
厳粛な気持ちと同時に明るい気持ちが湧いてくる不思議な絵でした。

番組に送られたイラスト
《ケロヨンパンチはウイルスを倒す》
《僕の心の勇者は世界中のコロナウイルスと戦う》(どちらも2020)は
新型コロナウイルスと戦うケロヨンや小人たち(マスク着用済み)を描いたものです。