日曜美術館「だるまさんの魔法 絵本作家かがくいひろし」(2023.7.9)

2008年の『だるまさん が』出版から重版に重版をかさね、赤ちゃんが最初に読む絵本の定番となった「だるまさん」シリーズの作者・かがくいひろしさんの展覧会が開かれています。
リズムと動きが楽しいだるまさんの絵本を描いたかがくいさんとは、どんな人だったのでしょう?

2023年7月9日の日曜美術館
「だるまさんの魔法 絵本作家かがくいひろし」

放送日時 7月9日(日) 午前9時~9時45分
再放送  7月16日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り  柴田祐規子(NHKアナウンサー)
朗読  藤井隆(お笑いタレント)

累計900万部の超人気絵本「だるまさん」シリーズ。生まれて初めて読むファーストブックとして愛され、泣く子を笑わせる不思議な魔法をもつ絵本として知られる。作者のかがくいひろしは50歳でデビューし、わずか4年で16作を描き上げ、54歳でこの世を去った。かがくいは魔法をどうして手に入れたのか?残された膨大なアイデア帳や貴重な証言をもとに、障がい児教育に取り組み、子供を笑顔にすることに捧げた生涯をたどる。(日曜美術館ホームページより)

出演
小野正嗣 (作家、早稲田大学教授)
水島尚喜 (聖心女子大学教授、絵本学会理事)
松本拓万 (教え子)
松本佳子 (拓万さんの母)
小川淳子 (編集者。講談社)
櫻井友貴 (編集者。佼成出版社)
阿部聡子 (編集者。PHP研究所)
徳永真紀 (編集者。元教育画劇)
沖本敦子 (編集者。元ブロンズ新社)
矢作春奈 (編集者。偕成社)
直子 (かがくいひろしの長女)


かがくいひろし以前 ― 特別支援学校の先生で人形劇団員の加岳井広さん

小野さんが2023年6月から、かがくいひろしさん(1955-2009)の展覧会が開かれているイルフ童画館をたずねました。
案内してくれるのは、美術教育の専門家でかがくいさんの大学時代の友人だった水島尚喜さんです。
50歳で絵本作家デビューしたかがくいさんについて、水島さんは「最終的な一つの手段として絵本作家になっちゃった」と語ります。
かがくいさんは絵本作家であると同時に、28年にわたって特別支援学校の先生を務めたベテランの先生でした。

かがくいひろし先生と人形劇団(絵本以前)

加岳井広さんは、1955年東京で4人兄弟の末っ子に生まれました。
物を作ることが好きだった加岳井少年は、彫刻家を目指して東京藝術大学を受験しますが、3回の不合格を経て進路を変更します。
21歳で東京学芸大学教育学部に入学し、美術教員養成コースへ。
小野さんを唸らせた丁寧なスケッチや完成した絵のリアリティのある物質感は、この時に身につけた美術の基礎が支えているようです。

障がい児教育に関心を持った時期は早く、クラスの男子では唯一の特別支援学校教諭免許取得者だったそうです。
学生時代のかがくいさんは、ベッドサイドに授業で聞いたベテル施設の修道女の言葉を写した自筆メモを貼っていました。
ベテル(ベーテルとも)はドイツにあるキリスト教系福祉共同体で、障がいを持つ人・てんかんの患者・社会生活が困難な人などを支援しています。
(障がい児教育に進むきっかけには、早く亡くなったお姉さんが障がいを持っていたこともあるかもしれない、と水島さんは考えています)

26歳で千葉県にある養護学校の教師になったかがくいさんは、生徒それぞれの特性にあわせた学習プランをつくり、さまざまな教材や活動を工夫しています。
31歳の時には同僚と人形劇団を結成し、学校行事などで発表するようになりました。
牛乳パックのような身近な存在を主人公に、ストーリーを追いかけるのが難しい子どもたちも楽しめる「音・動き」をメインにした舞台は、のちの絵本制作にもつながっています。
展覧会には当時の舞台を再現したコーナーも設けられていますが、水島さんによると「もうちょっと汚かったらしいですけど(笑)」とのこと。


かがくいひろしの誕生

転勤などで人形劇団を続けることが難しくなったかがくいさんは、手元にある絵コンテを絵本にすることを考えました。
40歳から54歳までの間に書き溜めたアイデアノート(なんと81冊!)には、47歳の時から絵本の具体的なアイデアが登場します。

かがくいひろしの絵本作家デビュー

かがくいさんが絵本のコンクールに出品するようになったのは48歳から。
2度の「佳作」を経て、50歳で『おもちのきもち』(講談社、2005)が第27回講談社絵本新人賞を受賞しました。
(批評を受けて落ち込むのを、奥さんの久美子さんが励ましていたそうです)
プロの絵本作家としてデビューしたかがくいさんは、教師の仕事を続けながら次々と絵本を発表します。

絵本の主人公は鏡餅・ヤカン・野菜など、身近にあるものたち。
かがくいさんは
「身のまわりの ささいなものにも いのちがやどり いとおしく思える そんな絵本を おもしろおかしく 作っていけたらと思います」
と語っていたそうです。
ありふれた存在を主役にする姿勢は、人形劇から引き継がれています。

専業絵本作家になる前、最後の教え子になった松本拓万さんと、絵本『雲野さん一家はどこへ行く?』(まつもとたくま絵・かがくいひろし文)を作ったことも。


かがくいひろし『だるまさん が』がベストセラーに

大人気の「だるまさん」シリーズは、かがくいさんがまだ学校の先生と二足の草鞋を履いていた時期に生まれた絵本です。
2007年の夏、当時かけ出しの編集者だった沖本敦子さんが、人気作家だったかがくいさんを口説き落として(1度は断られたそうです)最初の打ち合わせが実現した日に、いきなりほぼ完成形の『だるまさん が』を見せられ、同席した編集長ともども「出しましょう!」と即決したといいます。
沖本さんが「宝物を持ち帰るような気持ちで」持ち帰っただるまさんの絵本が、後の人気絵本の原型となりました。

最初の打ち合わせからわずか5カ月後に出版された『だるまさん が』は、言葉のリズムや赤いだるまさんの動きが人を惹きつけるのか、赤ちゃんやハンディのある子どもたちにも大喜びされました。
重版がかかるペースの速さに、かがくいさん本人は「そんなに刷って大丈夫?」「余らない?」「困らない?」と、ハラハラしていたとか。

かがくいさんの心配をよそに、赤ちゃんが反応する魔法の絵本として保育施設や家庭で評判になった『だるまさん が』は、初版第1刷(2008年1月1日)から15年で第316刷(2023年5月5日)が登場する大ベストセラーに。
2005年8月8日には『だるまさん の』、そして2009年1月1日には『だるまさん と』が発表され、3冊セットになりました。

『だるまさん が』と同じ2008年には一人娘の直子さんに長男が生まれ、だるまさんたちは直子さんの育児にも貢献したそうです。


専業絵本作家に。そして突然の死

2009年4月、かがくいさんは教師を辞めて絵本に専念することになりました。
その頃、かがくいさんの体の中では膵臓癌が進行していたそうで、体力的に限界だったのかもしれません。
かがくいひろしさんは2009年の9月、最初で最後となった読み聞かせの会を開催した2週間後に、54歳で亡くなりました。

編集者の方々のもとには、かがくいさんの未完成原稿が大量に残されています。
日曜美術館ではその中から、偕成社の『ぞうきんがけとぞうさんがけ』(担当は矢作春奈さん)と、沖本さんと出すはずだったぼた餅の絵本の原画を紹介。
かがくいさんの「普段日の目を見ることのない雑巾みたいな存在を主人公にしてあげたいんだよね」という思いを込めた作品が未完成で終わってしまったことを、矢作さんは「(この本に)励まされる人が凄くいっぱいいただろうな」と残念に思っています。

かがくいさんが絵本作家としての4年間の活動で発表した絵本は16冊(没後出版を含む)。
かがくいさんは「あと3年はネタがあるよ」と話していて、病気さえなければ「だるまさん」や「まくらのせんにん」の続きも作られるはずでした。

かがくいひろしの絵本

『おもちのきもち』講談社、2005
『もくもくやかん』講談社、2007
『ふしぎなでまえ』講談社、2008
『はっきよい畑場所』講談社、2008
『みみかきめいじん』講談社、2009
『うめじいのたんじょうび』講談社、2016

『だるまさん が』ブロンズ新社、2008
『だるまさん の』ブロンズ新社、2008
『だるまさん と』ブロンズ新社、2009
『おしくら・まんじゅう』ブロンズ新社、2009
『おふとんかけたら』ブロンズ新社、2009

『おむすびさんちのたうえのひ』PHP研究所、2007
『なつのおとずれ』PHP研究所、2008

『がまんのケーキ』教育画劇、2009

『まくらのせんにん さんぽみちの巻』佼成社、2009
『まくらのせんにん そこのあなたの巻』佼成社、2010


展覧会「かがくいひろしの世界展」(2023~2024 巡回展)

かがくいひろし没後初の巡回展です。
小野さんが訪れた長野県岡谷氏のイルフ童画館での展示は9月16日まで。
その後は岩手県に巡回します。
2024年には高知・兵庫に巡回予定です。

詳しくはこちらへどうぞ(公式ホームページ)

長野展(イルフ童画館)

長野県岡谷市中央町2-2-1

2023年6月15日(木)~9月16日(土)

9時~18時 ※入場は閉館の30分前まで

水曜休館・8月1~4日は展示替え休館

一般 510円
中学・高校生 310円
小学生 160円

公式ホームページ

岩手展(花巻市博物館)

岩手県花巻市高松第26地割8-1

2023年9月30日(土)~12月24日(日)

8時30分~16時30分

公式ホームページ

コメント

  1. 山根陽子 より:

    かがくいひろし展神戸会場を拝見しました。日曜美術館で紹介されていたことを知り、見逃したので、ぜひ再放送をしてください。
    かがくいさんと同じく特別支援学校で子供たちの笑顔を引き出そうと頑張っていた者です。展覧会を拝見して当時の温かい気持ちを思い出しました。すべての子供たちを笑顔にする絵本がつくられた背景がよく分かりました。
    巡回展がまだ続くようですので、多くの方が足を運び、かがくいさんを知っていただければと思います。
    再放送をどうかよろしくお願いいたします。

    • サミー渡邉 より:

      こんにちは。かがくいさんの絵本は子供も大人も笑顔になれてとても楽しいですよね。
      沢山の人にかがくいさんの事を知っていただきたいというお気持ち、大賛成です。
      こちらは個人のブログなのですが、NHKへのリクエストはメール・電話・手紙・ファックスで受け付けているようです。
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