《吉備大臣入唐絵巻》(ボストン美術館所蔵)― 文化財保護法のきっかけとなった絵巻が2022年に久々の里帰り

1932年にボストン美術館に購入されてアメリカへ渡った《吉備大臣入唐絵巻》。
2022年の「ボストン美術館展 芸術×力」でも
同時期に制作された《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》とともに
展示の目玉として紹介されているこの作品は、
1964年に補修のため一時帰国したのをはじめ、
これまでにも何度か日本で公開されています。

《吉備大臣入唐絵巻》(ボストン美術館所蔵)とは ― 内容は? 注文主は誰?

《吉備大臣入唐絵巻》は
12世紀(平安後期~鎌倉初期)に制作された絵巻です。
(絵巻…紙や絹をつなげた長い画面に、情景や物語を連続して描いたもの)

《吉備大臣入唐絵巻》の内容

遣唐使として唐に入った吉備大臣(吉備真備)が
超能力(何故か会得しているのです)を駆使して、
唐で客死し鬼となった阿倍仲麻呂と共に
(史実の仲麻呂は真備と同期ですが、ここでは先輩の設定になっています)
無理難題を仕掛けてくる唐の人々をやりこめる…というハチャメチャなもの。
中国から朝貢国(格下)扱いされていた当時の日本人のコンプレックスが
今でいうなら異世界トリップ(チートあり)的な痛快冒険活劇を生み出したようです。
詳しいあらすじはこちらをどうぞ。

日本の絵師が想像で描いた「400年前の異国」の風景、
一人一人が個性的に描き分けられた登場人物のコミカルなしぐさや表情、
そして800年以上を経て未だに鮮やかな色や筆づかいなど、見所の多い絵巻です。

《吉備大臣入唐絵巻》を作らせたのは後白河院?

この絵巻の注文主は、後白河院(1127-1192)と考えられています。
多くの趣味をもっていた後白河院は絵巻の愛好家でもあり、
これ以外にも出光美術館が所蔵する国宝《伴大納言絵巻》など
優れた作品を作らせています。

《吉備大臣入唐絵巻》は元々1巻の巻物でしたが、
それでは取り扱いが不便だということになり、
1964年の補修の際に分割されて、4巻にわかれました。
紙幅はおよそ32㎝。
長さは4巻すべて合わせた全長は24mもあるのですが、
元はあったはずの後半が失われ、第1巻の詞書も欠けている状態です。
作られた当初は、もっと長かったかもしれません。


《吉備大臣入唐絵巻》がボストン美術館にある理由 ― 文化財保護法のきっかけに

よく「日本にあれば間違いなく国宝」と言われる《吉備大臣入唐絵巻》ですが、
そんな貴重な品物がなぜ外国に売られていったのでしょう?

《吉備大臣入唐絵巻》がアメリカに渡った経緯

《吉備大臣入唐絵巻》は後白河院のコレクションをおさめる
蓮華王院(三十三間堂)の宝蔵で保管されていましたが、
その後寺社・豪商・大名など持ち主を転々とします。
1923年に当時の持ち主だった若州酒井家(もと若狭国小浜藩主)によって
東京美術俱楽部のの売り立て(競売)に出され、
古美術を扱う戸田商店に落札されます。

ところが、関東大震災による不景気などが影響して
(当時の文化人の間では茶道具が人気で、絵巻の需要が低かったのもあって)
その後9年にわたり買い手がつかず、
1932年にたまたま日本にいた
ボストン美術館の東洋部長・富田幸次郎に話が行ったことで、
《吉備大臣入唐絵巻》はボストン美術館の所蔵になりました。

「文化財保護法」につながる「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」

《吉備大臣入唐絵巻》に対する評価は国内でも当時から高く、
海外流出は大きな問題として受け止められたようです。
(だったら誰かが買えばよかったのにと思うのですが…後知恵ですね)
このことがきっかけとなって
国宝や重要文化財(当時から国外への持ち出しが禁止されていた)以外の
日本の古美術についても海外流出を防止する法整備が求められるようになりました。

翌1933年に「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」が公布・施行され、
古美術品の海外流出に規制が設けられ、
1950年の「文化財保護法」成立にもつながっていきます。


《吉備大臣入唐絵巻》、2022年「ボストン美術館展 芸術×力」では全巻展示

《吉備大臣入唐絵巻》がボストン美術館の所蔵になってから
初めて日本に里帰りしたのは1964年のこと。
この時に1巻だった絵巻が4巻に分割され、さらに補修がおこなわれています。
その後1983年、2000年、2010年、2012-13年にも日本にやってきていますので、
(2000年は3巻、2010年は1巻と4巻のみ)
これまで何度か見に行っている方も多いことでしょう。

2022年の「ボストン美術館展 芸術×力」は6度目の里帰りです。
本当なら2020年だったはずが、新型コロナウイルスの影響で
作品輸送のめどがつかずに中止となり、
およそ2年と4か月の期間を置いて、ようやく開催されることになりました。

2020年には東京展の後で神戸市美術館と福岡市美術館に巡回の予定でしたが、
東京都美術館のみの開催となります。
その代わりと言ってはなんですが、展示される期間が短くなったために、
4巻すべてが1つの会場で、展示替えなしの公開となりました。

「ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)」2022の概要

東京都美術館 (東京都台東区上野公園8-36)

2022年7月23日(土)~10月2日(日)

月曜休館・9月20日(火)休館
9月12日(月)、 9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室

9時30分~17時30分 (金曜日は20:00まで)
※入場は閉館の30分前まで

一般 2,000円
大学生・専門学校生 1,300円
65歳以上 1,400円
高校生以下 無料

公式ホームページ