人工の霧を大量に作り出し、場所との相互作用を体験する「霧の彫刻」。
場所・風土・気候条件などを細かく計算したうえで発生させた霧をかけることで、よく知っているはずの風景もまったく違ったものになります。
日曜美術館は、1970年以来霧の彫刻を作り続けている中谷芙二子さんの仕事に密着しました。
2023年8月3日の日曜美術館
「天にささげる “霧” 霧の彫刻家・中谷芙二子」
放送日時 9月3日(日) 午前9時~9時45分
再放送 9月10日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)
“霧” が、まるで命を宿したかのように舞い、言葉にならない言葉を語りかける。アーティストの中谷芙二子さん(90)は、これまで半世紀にわたり「霧の彫刻」を制作。フランスの芸術文化勲章を受章するなど国内外で高い評価を得てきた。今回、初めて密着取材が許され、創作の舞台裏に迫る。自然と対話し、自然に礼儀を尽くすことから生まれる唯一無二の世界とは。ダンサーの田中泯さんとの共演にも密着し、その秘密を探る。(日曜美術館ホームページより)
出演
中谷芙二子 (アーティスト)
三輪建仁 (東京国立近代美術館 美術課長)
山本史朗 (霧の彫刻 制作スタッフ)
高谷史郎 (アーティスト)
髙橋悟 (京都芸術大学教授)
中谷三代子・ロトー (中谷芙二子の妹)
北川フラム (「大地の芸術祭」総合ディレクター)
田中泯 (ダンサー)
中谷芙二子「霧の彫刻家」
中谷芙二子さん(1933-)は北海道札幌市の生まれです。
1952年に父親の仕事のために家族で渡米し、アメリカの大学で美術を学びました。
1960年の帰国以来、絵画・彫刻・舞台と幅広く活動していた中谷さんが「霧の彫刻家」になったのは、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会でした。
アートとテクノロジーの協働を目指す非営利団体E.A.T.によるパビリオン「ペプシ館」を霧で包むインスタレーションを制作したのが、霧の彫刻第1号です。
以来中谷さんは、国内外で100点にも及ぶ作品を発表してきました。
(2024年のパリオリンピックにも霧の彫刻が登場するかもしれないとか!)
霧を作る水
霧の彫刻のために開発した霧を作る装置「噴霧ノズル」は、目に見えないほど小さな水の吹き出し口の前にカギ状に曲がった針を取り付け、高圧の水を針の先端にぶつけて砕くことで自然の霧と同じくらい細かな水滴(直径0.02〜0.03mm)を発生させるもの。
人工の霧はドライアイスなどを使うのが普通でしたが、中谷さんは真水の霧にこだわっています。
人体に害のない真水の霧は、直接中に入って体験することもできます。
自然を直接感じられること、そして「対象の変容」を見るだけでなく、霧の中で身体感覚・認識が変わる「自分の変容」を感じられるのが霧の彫刻の大きな魅力だと、国立近代美術館の三輪健仁さんが語っています。
霧に向き合う
国内外から霧の依頼がやってくれるという中谷さんですが、設置場所の風土や気候条件を細かく計算しなければならない霧の彫刻は一回ごとに試行錯誤の連続になります。
京都で制作した《霧の街のクロノトープ》(2020)は変わりゆく街と自由に移ろう雲のイメージを重ねた作品ですが、風で霧が流れてしまい厚く固まってくれませんでした。
最終的に噴霧ノズルの位置を10cm下げることでイメージ通りの厚さを出すことができましたが、中谷さんも当日まで中止を悩んだそうです。
最後まで真摯に現地の環境に向き合って作品を完成させたことを、中谷さんは「礼儀を尽くしたから、霧が応えてくれた」と語っています。
中谷芙二子・田中泯による「大地の芸術祭」(2022)のコラボレーション
中谷さんと舞踏家の田中泯さんは、20年来の交流があります。
その日の天気や風向きで変化する霧と、その場の空気に合わせて即興で生み出される田中さんの踊りは通じ合うものがあるのかもしれません。
これまでにロンドンやオスロなどで共演してきたお二人は、2022年に新潟で開催された「越後妻有 大地の芸術祭」で壮大な霧の神楽(神に歌・踊り・音楽などを捧げる祭事)を演じることになりました。
「霧神楽」中谷芙二子+「場踊り」田中泯
舞台となったのは、越後妻有里山現代美術館の中庭に造られた巨大な水盤。
レアンドロ・エルリッヒ(アルゼンチン)の《Palimpsest : 空の池》です。
建物で囲まれた四角い空間の床一面を「池」にした作本を見て、中谷さんは「これは御神楽しかないな」と考えました。
中谷さんはこの作品に、池の縁から中心にむかって流れる霧と、池の中央にある台から空に噴き上げる霧を設置し、2種類の霧がぶつかり合って踊るように動くように演出。
霧の立ちこめる中で、田中さんが踊り、即興の動きに合わせて中谷さんも即興で霧を動かします。
即興と即興を重ねて生み出される舞台を、中谷さんはジャズのセッションに例えました。
中谷芙二子の父・中谷宇吉郎
中谷芙二子さんの父である中谷宇吉郎(1900-1962)は世界で初めて人工的な雪の結晶を作ることに成功(1936年3月12日)し、気象条件と結晶の生成過程の関係を解明した物理学者です。
寺田寅彦(物理学者で、文学者としても有名)の弟子にあたり、ご本人も優れた随筆を遺しています。
家族によると「科学は芸術の一部として、人がエンジョイする文化として、生活に取り入れられるのが一番いい」という考えの持ち主でした。
霧の彫刻《グリーンランド氷河の原》
宇吉郎氏の業績を記念して、宇吉郎氏の故郷・石川県加賀市に作られた「中谷宇吉郎 雪の科学館」には、霧の彫刻《グリーンランド氷河の原》(1994)が常設されています。
晩年の宇吉郎氏が氷の研究で滞在したグリーンランドの石を敷き詰めた上に白い霧が流れ、グリーンランドの氷河を思わせます。
中谷さんと妹の中谷三代子・ロトーさんは、グリーンランドの石を日本に運ぶため直接交渉に赴いたそうです。
当時のの環境大臣に必要な石の量を尋ねられて「(15センチの厚さで敷き詰めるために)60トン」と答えて大臣を驚かせたんだとか。
「雪は天から送られた手紙である」(『雪』岩波新書、1938)という名言で有名な宇吉郎氏は、また「自然を見る眼が親愛の情を失へば、相手も決してその本性を明かさないものである」(『樹氷の世界』甲鳥書店、1943)という言葉も遺しています。
自然に対する「親愛の情」は、中谷さんにも大きな影響を与えているようです。
「中谷宇吉郎 雪の科学館」(石川県加賀市潮津町イ106番地)
9時~17時 ※入館は閉館の30分前まで
水曜休館(祝日は開館)
一般 560円
団体(20名以上) 460円
高齢者(満75歳以上) 280円
高校生以下 無料
障がい者手帳の提示で本人及び付き添い1名まで無料
(障がい者手帳アプリ「ミライロID」も利用可能)