日曜美術館「Be yourself 汝自身であれ 勅使川原三郎」(2022.9.25)

日曜「美術館」には珍しい?舞台芸術の回。
登場するのはダンサーであり、振付・舞台演出もおこなう勅使河原三郎さんです。
勅使河原さんは2022年のベネチア・ビエンナーレでダンス部門の金獅子功労賞を受賞し、
受賞記念公演「ペトルーシュカ」を上演しました。

2022年9月25日の日曜美術館
「Be yourself 汝自身であれ 勅使川原三郎」

放送日時 9月25日(日) 午前9時~9時45分
再放送  10月2日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

ダンサーで振付家の勅使川原三郎。今年、ベネチア・ビエンナーレのダンス部門で金獅子賞を日本人として初受賞。独自のダンスメソッドに基づく独創的な身体表現は世界に衝撃を与え「新しいダンス言語」と評された。「ダンサーはもっと言葉を持つべきだ」と語る勅使川原の創作現場に半年にわたり密着する。活動拠点の東京・荻窪。愛知県芸術劇場でのワークショップ。そしてベネチアでの記念公演。勅使川原三郎が語る自分自身とは?(日曜美術館ホームページより)

出演
勅使川原三郎 (ダンサー・振付家)
佐東利穂子 (ダンサー)
ウェイン・マクレガー (ビエンナーレ・ダンス部門芸術監督)


勅使河原三郎 暗闇と呼吸との調和

KARAS APPARATUS

1953年に東京で生まれた勅使河原三郎(本名・常恭)さんは、
子どもの頃は自分の内側にこもるタイプだったそうです。
部屋の隅にこもってじっとしているのも好きで
影や隙間が好きだったという子供時代を
自ら「ゴキブリみたいですね」と笑う勅使河原さん。
自分と対話し続けた少年は、やがて表現者の道を選びました。

最初は美術を志し、さらに舞台に転向。
20歳からクラシックバレエを学び、
やがて舞台美術・照明デザイン・衣装・音楽構成まで自ら手掛ける
独自の創作活動を展開するようになります。
1985年にコンテンポラリー・ダンスのグループ「KARAS」を設立。
2013年には自作を上演するため、荻窪に50席ほどの劇場
「KARAS APPARATUS(カラス・アパラタス)」をつくり、
およそ9年の間に720公演を行いました。

暗い劇場のなか、照明も絞った舞台の上で、
黒っぽい衣装の勅使河原さんは現れたり消えたりする人影のように見えます。
確かにそこにいる気配があり、それでいて実態が見えづらい。
舞台芸術としては不思議な気がしますが、
勅使河原さんによるとこの暗さ・見えないものが大事なんだそうです。

ワークショップ「風の又三郎」

2022年、舞台「風の又三郎」(初演は愛知芸術劇場、2021)の
ワークショップ形オーディションで、
勅使河原さんはまず「呼吸と調和」させて「ゆっくり歩く」ことを要求しています。
耳の下、わきの下、膝から股関節、そして足の裏など外から隠れた場所が
表面上のものを作るというのが勅使河原さんの考え。
見えないものの代表たる呼吸と、外に向けて表現するダンスは表裏一体の存在なのです。
自分の体と対話し、内側の感情をダンスとして表に出すことの重要さを語りました。

勅使河原三郎のドローイング

表面に現れないもの・隠れているものの重要さは、
勅使河原さんが日常的に行っているドローイングにも現れています。
コピー用紙(描きやすくて好きなんだとか)に描かれた形は
細かい線や文様で構成され、この世のものならぬ不思議な存在に見えます。
これらは「目の前に見えてくる捉えどころのないもの」を形にしたもので、
内側には勅使河原さん本人にもわからない何かが入っているかもしれない存在。
内側のさらに内側からやってきた、勅使河原さんの自画像かもしれません。


ベネチア・ビエンナーレ2022
金獅子功労賞受賞記念講演「ペトルーシュカ」

3年ぶりのベネチア・ビエンナーレ(ダンス部門)で金獅子功労賞受賞

ベネチア・ビエンナーレは、1895年にはじまった現代美術の国際展覧会。
美術・映画・建築・音楽・演劇・ダンス(舞踏)の6部門があります。
3年ぶりの開催となった2022年のベネチア・ビエンナーレで
ダンス部門の金獅子功労賞を受賞した勅使河原さん。
オープニングでおこなう記念公演には
「ペトルーシュカ」(初演はKARAS APPARATUS、2017)を選びました。

「ペトルーシュカ」のこと

バレエ・リュスのためにストラヴィンスキーが作曲した「ペトルーシュカ」は、
1911年にパリのシャトレ座で初演された名作バレエのひとつ。
命と心を持ったピエロ人形のペトルーシュカは
人形遣いの座長から自由になることを望んで果たせず、
踊り子の人形への恋にも破れてしまいます。
孤独と絶望の中で息絶えたペトルーシュカは、
ラストシーンで亡霊となりすべての理不尽に怒りの叫びをあげるのです。

おとぎ話のような世界観でありながらドライで救いのない物語は、
やがて第1次世界大戦、そしてロシア革命が起きようとする不穏な情勢から
何かしらの影響を受けているのではないかと勅使河原さんは考えています。
2022年の世界的な舞台でこの作品が選ばれたのは、
現在の世界情勢と重ね合わせてのことと思われます。

1979年にNHKで放送された「ペトルーシュカ」には
(ペトルーシュカ:清水哲太郎、踊り娘:森下洋子)
当時26歳の勅使河原さんも出演しています。

勅使河原三郎の舞台演出

主演ダンサーであり、照明や楽曲の演出も兼ねる勅使河原さんは、
3月の東京公演前日にも舞台の設備を確認しています。
さらに「踊りは踊りで(リハーサルを)やりますから」と言うのですから、
舞台の完成度を高めようとする貪欲なまでの意欲を感じます。

「ペトルーシュカ」の踊り娘を演じる佐東利穂子さんは
1995年からKARASのワークショップに参加するダンサーであり、
コラボレーターとして勅使河原さんの作品に大きく貢献しています。

その佐東さんは勅使河原さんの舞台について、
照明や音楽によってつくられる演出から
ダンサーの「こうあるべき」姿が見えてくると語っています。
それはダンサーの表現を抑圧するものではなく、
方向性を定めて互いに尊重しあう「規律があるうえでの自由」。

勅使河原さんは授賞式のスピーチの中で佐東さんの貢献について感謝を述べ
「この賞は佐東利穂子のものです」と語っています。


孤立することを選び 恐れることを選び 汝自身であれ

勅使河原さんの「ペトルーシュカ」には、
ペトルーシュカが顔にはり付いているマスクをむしり取る演出がありました。
芸術監督のウェイン・マクレガーさんは
この意味を「自己のありのままをさらけ出す」ことと解釈し、
ありのままので世界と向き合うことの難しさを語っています。

それでは、「自己のありのまま」でいるためにはどうすれば良いのでしょうか。
ひとつの答えは、勅使河原さんのスピーチの中にありました。

「孤立することを選び 恐れることを選び 汝自身であれ」

孤独は、自己と対話しより深い関係を作る場にもなり得ます。
そして自分と対話し深く知ることは、
他の人とのより深い関係を作る基盤となるのです。

自分の内側から世界を覗き見る経験を経て、
今も影や隠された部分を抱えたまま、
能動的に表現し続ける勅使河原さんのたどり着いた境地でした。