日曜美術館「アイヌ文様の秘密 カムイの里を行く」(2020.11.29)

小野正嗣さんが北海道沙流郡平取町二風谷(さるぐんひらとりちょうにぶたに)に
アイヌ文様とそれを受け継ぐ人たちをたずねました。
木彫りや刺繍といった形で生活の中に存在する
アイヌ文様の秘密に触れることができるでしょうか?

2020年11月29日の日曜美術館
「アイヌ文様の秘密 カムイの里を行く」

放送日時 11月29日(日) 午前9時~9時45分
再放送  12月 6日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

北海道から千島列島そして樺太に暮らしてきた先住民アイヌ。北の大地の雄大な自然と暮らし。アイヌの人たちは、そこに住むさまざまな生き物をカムイと呼ばれる神の化身として畏敬の念をはらい、独自の文化を築いてきた。美しい自分たちの言葉で語り継ぐ神々の物語。彼らは、さまざまな衣装から道具まで神が宿るとし、アイヌ文様という美しくも不思議な世界を生み出してきた。その秘密を探り北海道のカムイの里を旅する。(日曜美術館ホームページより)

出演
貝澤 貢男 (木彫りの名人)
木幡サチ子 (カムイユカラの語り手)
浦川 太八 (猟師)
貝澤 雪子 (アトゥシの織り手)
関根 真紀 (アトゥシの刺繍担当)


アイヌ文化と文様を受け継ぐ人びと

北海道、千島列島、樺太など広い地域に居住していたアイヌは、
明治時代の北海道開拓・同化政策によって住む土地を追われ
風習や言葉を奪われることになりました。
小野さんはアイヌの文化を守る人びと
生活の中に受け継がれる「アイヌ文様」を訪ねます。

身の回りのものを文様で飾るのは、
全てのものがカムイ(神)の化身であるというアイヌの思想によるようです。

伝統のお祭りでは、重要な道具である
イクパスイ(酒箸。先端に酒をつけて振りかけるための道具)や
トゥキ(お神酒を入れる台つきの茶碗)はもちろん、
参加する人の着物や壁にかける布、茣蓙などにも文様が描かれていました。

アイヌ文様は

  • モレウ(渦巻文様 アイヌ語で「ゆっくり・曲がる」の意味)
  • シク(ダイヤ型 アイヌ語で「目」の意味)
  • アイウシ(棘文様 アイヌ語で「とげがある」の意味)

の3つの基本パターンでできています。

アイヌは生活のための道具をすべて自分で作るので、
男性は彫り物、女性なら刺繍が上手でないと良い結婚ができなかったと、
貝澤貢男さんは言います。
(貝澤さんは二風谷一番の木彫りの名人です)

好きな女性ができたら自分で彫刻した女性用の小刀(メノコマキリ)を贈って
それを女性が身に付けると結婚の申し込みを受け入れたことになったんだとか。
子どもたちは仕事をする親のかたわらで囲炉裏の灰に文様を描き
遊びとして文様の描き方を学んだそうです。

文化や思想は勉強として教わるものではなく、
生活の中で遊び・仕事として受け継がれてきました。
神や英雄が自分の体験を語る「ユカラ」の語り手である木幡サチ子さんも
アイヌの言葉や物語を習ったことはなく、
小さいころ預けられていたお祖母さんから
子守唄のように聞かされていたそうです。

カムイユカラを語る木幡さんは
アイヌ文様を刺繍した紫の上着と黒い帽子を身に付けていました。


男の彫り物、女の刺繍

アイヌ模様の美しさはそれを作った人の木彫りや刺繍の腕前。
美しい模様を作れるということは良い道具や着物を作れる、
つまり生活能力が高いということです。
結婚相手の条件に彫り物や刺繍の技術が求められるのも納得できますね。

猟師の家に生まれ、自分も49歳から猟師になったという浦川太八さん。
猟師の仕事は獲物をさばくためのマキリ(小刀)を作る事から始めたと言います。
何年も使った自作のマキリは、
これまで仕留めてさばいた鹿の油が染み込んで艶々していました。

番組では鞘にモレウを彫る所を見せてくれました。
こういった模様は伝統の模様として受け継がれたほかに
身近な自然から取り入れることもあるようで、
浦川さんは川の流れの中から大小の面白い模様を見つけたそうです。

伝統的なアイヌの衣装であるアトゥシ(オヒョウの木の樹皮で織った布)の着物も
もちろんアイヌ文様で飾られます。
本州から北前船で運ばれてきた貴重な木綿布を
アップリケ(切伏せ)した上から刺繍をほどこす衣装は、
江戸時代の中ごろから作られるようになりました。

アトゥシ織の名人である貝澤雪子さんは、
樹皮から一番外側の荒皮を取り除き、
すべすべした内皮を指で細かく裂いた糸を結び合わせて
いざり機(または腰機。地面に座り、縦糸の片側を帯で腰に付ける)で
織る所を実演してくれました。
(小野さんも糸づくりを体験しましたが、あんまりうまくいかなかったようです)

刺繍を担当するのは貝澤さんの娘の関根真紀さんです。
小さいころから刺繍の名人だったお祖母さんや
彫刻をしていたお父さんの仕事を見て
木を彫ったりしていたのが始まりだったとか。

関根さんは文様は「無限に広がる形でデザインしたい」といいます。
チェーンステッチで描いていく文様は、
棘の先から渦巻につなげて、さらにその先に星を繋げる、というように
モレウ・シク・アイウシの組み合わせで無限に広がっていくんだそうです。


アイヌ文様はどこからきたのか

きれいな川の流れを見る
植物を見る、
川のせせらぎを聞いたりする時にですね、
もしそういうものを表現したいと思った時に
自然な形として
川面を見てた時にキラキラ光って
川の水が流れてる時に
その姿は何か文様のように見えなくもない
草木が風に吹かれてずっと動き続けている
その姿も何か表現しようと思ったら文様のようなものに見えるのかなって思います

と、小野さんは語ります。
「音とかリズムとか、あるいは形にならない神羅万象」を表現する時に
自然に生まれるのが文様ではないか、と。

今回ね、北海道にきたのはですね
アイヌの文様っていうものの不思議さっていうか
美しさの理由っていうんですかね
なぜああいう文様が生まれたのかって
いうことに興味があって来たわけですね
それでいろんな方たちにお目にかかって
お話を伺って
そうすると本当に美しいもの
すばらしいもの
ある文化に根差している
長い間培われてきたものっていうものは
簡単に言葉で説明できるようなものじゃないんだ
っていうことがよくわかりました
よく考えれば文化っていうものは
自分たちの生活の中に呼吸するようにあるとしたら
それが僕たちどうして呼吸するのかなって
理由なんて考えないじゃないですか
もしそれがどうして自分が息してるんだ
どうやって自分が歩いてるんだ
どういう仕組みになっているんだろうって
考え出したりしたら息もできないし
歩けなくなってしまいますよね
動けなくなってしまう
何なのか分からないけど
ずっと受け継がれてきたっていうことは
何だかわからないけど
それがすごく大切で美しいものだっていうふうに
人々の心に時間を超えて訴えかけ続けて
きたからだと思うんですね

アイヌ文様を「こういうもの」と定義して理解することは不可能でも、
その不思議さや美しさがどこから来たものか、
そのヒントは見つけられたかもしれません。