日曜美術館「シスコ・パラダイス〜塔本シスコの人生 “絵日記”〜」 (2022.2.20)

2021年9月から11月まで東京都の世田谷美術館で開催されていた
「塔本シスコ展 シスコ・パラダイス かかずにはいられない! 人生絵日記」は、
現在熊本市現代美術館に巡回中です(4月10日まで。その後岐阜・滋賀に巡回)。
シスコの生まれ故郷でもある熊本を、小野正嗣さんが訪ねました。

2022年2月20日の日曜美術館
「シスコ・パラダイス〜塔本シスコの人生 “絵日記”〜」

放送日時 2月20日(日) 午前9時~9時45分
再放送  2月27日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授)
語り 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

私には、こがん見えるったい!終生、熊本弁で91歳で亡くなるまで、くる日もくる日も描き続けた。団地の四畳半の一室で、でっかいキャンバスに身近な草花、家族、猫や犬、鳥。そして幼い頃のふるさとの海の風景。原色の鮮やかさと不思議な形が響き合い、リズムを奏でる。丸ごと、人生 “絵日記” のようなパラダイス。相次ぐ家族との死別、それでもシスコは描き続けた!ぜひ、あなたも見てほしい!絶対おススメの圧倒的な絵です。(日曜美術館ホームページより)

出演
福迫弥麻 (搭本シスコの孫)
坂本顕子 (熊本市現代美術館学芸員)
齋藤弘光 (東松崎区長)
林田敏嗣


搭本シスコ(1913-2005)さんのこと

「シスコ」という名前は、
父親の憧れだったサンフランシスコにちなんでつけられたそうです。
熊本県宇城市の農家(西﨑家)に長女として生まれたシスコさんは、
事業に失敗した生家を手伝うために、小学校を4年生で中退。
20歳で搭本末蔵さんと結婚し、長男の賢一さんと長女の和子さんが生まれました。

1959年、末蔵さんが事故で亡くなり、
その2年後にシスコさんが脳溢血で倒れて左半身に麻痺が残りました。
リハビリを兼ねて、柔らかい石を台所の包丁を使って彫刻したのが
アーティストとしての出発点です。
当時の作品である《シスコの女神》(1961頃)は水瓶を抱える女神の像。
この「水瓶を抱く女神」は、その後も絵や陶器に取り入れられていて、
シスコさんにとって重要なモチーフだったようです。

シスコさんの長男である賢一さんも画家で、
賢一さんが就職で大阪に出た際に置いて行った画材を使って絵を描いたのが
シスコさんの絵画制作のはじまりでした。
再初期の作品である《秋の庭》(1967)は
左手の麻痺でキャンバスを張ることができないシスコさんが
賢一さんが描いた油絵を削りとった上に描いたもの。
久しぶりに帰ってきたら自分の絵がはがされていた賢一さんは
当然ながらひどく怒ったものの、後にこの絵はシスコの原点だと語っていました。
シスコさん自身も、この「一番描きたい気持ちが入ってる」最初の絵には
特別な思い入れがあったそうです。

《ふるさとの海》(1922)は子供のころに見た海の情景、
(孫の弥麻さんは、熊本の干潟やムツゴロウをシスコさんの絵で知ったそうです)
《造幣局の桜》(1987)は
大阪で賢一さんと同居を始めたころ一緒に出掛けたお花見の風景、
《桜島》(1988)は長女の和子さんのお産で鹿児島に行った時に見た噴火の様子と、
シスコさんは思い出や身の回りの物ごとを沢山絵に残しています。
大阪の街中にいないはずのウサギが登場したり、
緑の草に覆われた桜島から丸や三角や星形の火花が打ち上がったりと
現実を超越した絵の中の風景は、
シスコさんの感じた風景をそのまま形にしたもの。
水草と金魚、トンボ、カニなど水の中や外の生き物が
上になったりしたになったりして混じりあう《金魚 大和錦の産卵》(1992)、
若いシスコさんとお孫さんが並んで髪を洗っている
《七夕の朝きれいな髪になるように》(2000)など、
シスコさんの世界は空間や時間を超えていきます。

そんなシスコさんにも、絵が描けなくなったことがありました。
1996年に、娘の和子さんが50歳で亡くなった時、
自分も体調を崩して、賢一さんに勧められても
「絵がなんだ!」というほど気を落としていたんだとか。
散歩に連れ出したコスモス畑で、シスコさんがスケッチを始めた時は
賢一さんも嬉しくて泣いてしまったそうです。
その時の景色を描いた《枚方総合体育館前のコスモス畑》(1996)では、
満開のコスモスが咲く画面を挟んで右側にはまだ悲しげな表情のシスコさん、
左側にはカメラを構えた賢一さんが描かれています。
(賢一さんは、写真やホームビデオでシスコさんの制作風景を記録していました)
和子さんをモデルに制作した紙粘土の人形は仏壇に飾られ、
90歳の誕生日に孫の研作さん(弥麻さんの弟)から送られた花束を描いた
《90歳のプレゼント》(2003)の中にも登場します。


失われた風景と《ソコイビマツリ》

鹿児島本線が走る《ふるさとの海》など
子供の頃の熊本の風景を描いたシスコさんの絵は、
当時を知る人が見ると、どこに立って見た風景なのかまではっきりわかるそうです。

夕方に農作業で泥だらけになった馬を洗い、その横で子どもたちが泳ぐ
《ウマイレガワ》(2001)に描かれている川(馬入川)は、
だいぶ狭くなって現在では道端の水路のようになっていますが、
シスコさんの絵には当時そのままの馬入川が残っています

そんなシスコさんの絵が、失われたものを復活させたことがあります。
シスコさんのふるさとである熊本県宇城市は、
江戸時代から干潟の干拓が行われた場所でした。
元は海だった場所にある松橋町の東松崎では
農業用の真水を引くために
大野川の底を通る水道管(底井樋)を設置する工事がおこなわれ(1852年に完成)、
このことを祝うお祭りが行われていました。
ところが戦後になって途絶えてしまい、
残っているのは石碑に刻まれた「底井樋祭ヲ行ヒ」の文字だけ、
という状態が長く続いていたのですが、
シスコさんの絵にお祭りの様子が描かれていたことがきっかけとなり
2003年に復活しました。

シスコさんの《ソコイビマツリ》(1996)には、
太鼓をを中心に銅鑼や笛を鳴らして歌い踊る、にぎやかな様子が描かれています。
太鼓をたたいているのは実はシスコさんのお父さんで、
その背中には小さいシスコさんが背負われています。
シスコさんから見た父親という人は家を傾けたイメージが強く
小学校を辞めなければならなかったこともあって複雑な思いがあったようですが、
お祭りでシスコさんを背負って踊るお父さんの姿を絵にして
「ホロリ」となったそうです。
この絵が描かれた時点ではお祭りは途絶えて太鼓も無くなっていたのですが、
シスコさんは絵を通して、失われたものや
亡くなった人たちとつながり続けていたのかもしれません。


「塔本シスコ展 シスコ・パラダイス かかずにはいられない! 人生絵日記」

熊本市現代美術館
(熊本市中央区上通町2-3 びぷれす熊日会館3F)

2022年2月5日(土)~4月10日(日)
10時~20時 ※入場は閉館の30分前まで

火曜休館

一般 1,100円
65歳以上 900円
高校生以上 600円
中学生以下 無料

公式サイト

熊本市現代美術館での会期終了後、
岐阜県美術館 (4月23日~6月26日)
滋賀県立美術館 (7月9日~9月4日)
に巡回予定