日曜美術館「現代の超絶技巧2」(2023.5.14)

2022年7月に放送された「現代の超絶技巧」の第2弾です。
(2があるなら3や4も…と期待が高まります)
今年は鍛金・金工・木彫から3人の作家が紹介されました。

2023年5月14日の日曜美術館
「現代の超絶技巧2」

放送日時 5月14日(日) 午前9時~9時45分
再放送  5月21日(日) 午後8時~8時45分
放送局 NHK(Eテレ)
司会 小野正嗣(作家、早稲田大学教授) 柴田祐規子(NHKアナウンサー)

昨年放送し、大きな反響を呼んだ「現代の超絶技巧」再び…。金属を何万回と打ちこむ精緻な技を積み重ね、現代の甲冑(かっちゅう)を作りだす鍛金家。木彫の常識を打ち破り、薄さの限界を超えてなお作品を削り続ける木彫家。目の前に実在する対象を見つめ、自分の技を磨き続けた先には何があるのか? 超絶技巧の持ち主たちの創作の現場を訪ね、彼らが追い求める「リアルを超えたリアル」の世界を垣間見る。(日曜美術館ホームページより)

日曜美術館「現代の超絶技巧」(2022年7月3日)の記事はこちらです

出演
塩見亮介 (鍛金家)
織田隼生 (金工家)
松本涼 (木彫家)


塩見亮介(鍛金) 物語を宿す甲冑

作品紹介のページ

《猪面附面頬》2019

小野さんと柴田さんが木彫りと勘違いするほど細かくリアルに彫り込まれた猪の頭部。
実は顔につける面になっていて、付属の胸当てともども実際に身につけることができます。
猪の毛一筋一筋が、金属板を叩いて打ち出したもので、実際に手に取ってみると「結構ずっしり」していて「見た感じの方が軽やか」と感じるそうです。
塩見亮介さんの作品は野生の生き物をモチーフにした甲冑で、この作品のように一部だけのものもあれば、ニホンオオカミをイメージした《茶絲素懸縅威山狗胴具足》(2019)のように頭・胴・腕・脚などのパーツが一揃いになった具足備えも。
野生動物のデザインは、人間以外の存在に対する憧れや尊敬の心の現れです。

塩見さんが最初に作った甲冑は、東京藝術大学の卒業制作(2013)だったそうです。
元々アクセサリーに興味があって鍛金科に進んだ塩見さんですが、技術を学ぶ一方で「大きな作品で自分を表現したい」という気持ちもありました。
そんな時に恩師から勧められたのが、戦国時代の武将が身につけたような甲冑です。
身を守り、敵を威嚇し、そして己の意志や美意識を表現するべく技術の粋を凝らして作られた甲冑は、最先端の金工技術の集合体でもありました。

《白銀角鴟面附白絲縅兜袖》2022

塩見さんの最新作は、ミミズクをモデルにした銀の甲冑です。
素材の銀は都市鉱山(廃棄された工業製品)の半導体から回収したもの。
半導体銀の化身が、都会の情報の森を見守るイメージで制作されました。
知恵ある守護者らしく、攻撃性よりも静かさ・おおらかさなどを前面に出したデザインです。
銀と四分一(銅と銀の合金。もとは銅4に銀1の割合だったためにこう呼ばれる)で作られた171枚の羽根も、合金の割合を変えた色違いの羽根を組み合わせて、ふわっとした感じに仕上げてあります。

羽根の加工は、一枚ごとに細かい筋を打ち出し、やすりをかけてさらに薄くし、糸鋸で自然の羽根にあるような欠けを作り…と細かい作業の連続。
羽根は彫金のモチーフとしてメジャーなだけに、過去の工芸家や作家が積み上げてきた技術があります。
後進である塩見さんは、過去の技術の上にさらなる技術を積み重ねることで先人、そして後進たちとの勝負していると語っています。


織田隼生(金工) 「自然」なステンレスの植物

作品紹介のページ

《Hybrid‘white magnolia, plum’》

織田隼生さんが植物のモチーフを作るようになったのはおよそ8年前。
素材には、日常生活でなじみ深いステンレスを使っています。
1900年代の初めごろに発明されたステンレスの魅力は、丈夫さと錆に強いこと。
伝統的な技術で加工した小さなパーツを組み合わせて作る植物は、色をのぞけば本物としか思えない精巧さでした。

作品の制作にあたり重要なのが、リビングの一角にある植物の観察コーナー。
小野さんが「フラワーショップか何かをやっていらっしゃる?」と尋ねるほど植物が並んでいるこのスペースには、本物の植物と一緒に織田さんの作品が並べられています。
生の植物と見比べて人工的かどうか確認するのが目的だと言いますが、ちょっと見ると違和感なく見過ごしそうなほど溶け込んでいました。

実際の植物を観察してそのままの姿を作品にするのかと思いきや、織田さんの作品はすべて架空の植物。
実際の植物の名前がついている《Hybrid‘white magnolia, plum’》(マグノリアは木蓮の仲間。プラムは梅やスモモの意味)も、植物そのものではなく葉や花弁の数、角度などの規則性を取りこんだものなのです。
織田さんの植物観察日記には、規則性を条件式に置き換えた数字が並んでいました。
(図鑑や論文も参考にするんだとか)

《Imperfect》2022 / 《不銹鋼伍数性花》2021

たとえば《Imperfect》は、パイナップルの皮など植物に多く見られる「フィボナッチ数列」にもとづいて、6種類の花を規則通りに増殖させています。
《不銹鋼伍数性花》は植物の中ではメジャーな花弁5枚の花を集合させたものですが、芽生え・開花・満開と複数の時間が同時にさせているのが特徴です。

まず設計図通りにパーツを並べ、そこに敢えて原則から外れる「ゆらぎ」を加えることで実在するようなリアリティが生まれるんだとか。
ただあるものをそのまま写し取るのではなく奥にあるプログラムを抽出し、そのいくつかを組み替えるのが織田さんのやり方です。


松本涼(木彫) 彫り終えてからが本番の彫刻

作品紹介のページ

シリーズ《虚実皮膜 神饌》

朽ちにくい金属をつかった作品もあれば、朽ちやすい作品もあります。
松本涼さんの木彫作品は、特に脆い作品の代表と言えるでしょう。
普通の木彫ならば乾燥によるヒビなどを警戒して厚みを持たせるところを、限界まで薄く削って朽ちるに任せるやり方は、従来の常識を覆すものでした。

たとえば折鶴の形をした作品は、楠材を本物の折紙のような1㎜以下の厚さに削ってあり、翼の部分は櫛の歯のように裂けている部分が目立ちます。
木目が複雑でねじれがあったりする材でリアルな木彫作品を作り、薄く削った上から木目を刻み込む。
こういった工程を経て完成した作品は、完成後すぐに割れやねじれができるのです。
もったいないような気がしますが、松本さんの作品にとってはそれが大事な要素。
人間の体など、決して薄くないものをモデルにする場合でも、中は空洞にして薄く(つまり朽ちやすく)仕上げます。

何十年もたって出てくる侘び寂びの「寂び」を人工的に加え、さらに自然の力を借りて自分だけでは出せない効果を出す作品を、松本さんは「自然との共作」と言います。
作品のシリーズ名にある「神饌」は神に捧げる供物のこと。
思い通りにはならない自然物を、神への祈りを捧げるように形にするのです。

《reincarnation》2013

松本さんが現在のスタイルを作ったのは今から10年前でした。
その頃の松本さんは自分のスタイルを見つけることができず、一度は木彫をやめる決意をしました。
いわば「遺作」となる予定だったリアルな頭蓋骨の木彫は、自分のレントゲン写真をもとに彫り出したものです。
「いっそ壊そう」と骨と同じ薄さまで削り、自分の年輪として木目も刻み込んだ作品に新しい境地を見たのが、松本さんの「再生」の始まりだったといいます。

再生から生まれた作品が割れて、欠けて、無くなった後に何が残るのか。
なんだか哲学的な問いを投げかけられている気持ちになります。