2020年3月31日のぶらぶら美術館は、
新年度の最初にふさわしい2週連続企画の第1回。
山田五郎さんも「西洋美術では今年一番」と太鼓判を押す
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」です。
1824年の開館以来およそ200年に及ぶ歴史上はじめての大規模貸し出し、
しかも展示される61作品すべてが日本初公開の重要作品となれば
強気な発言にも納得するしかありません。
2020年3月31日のぶらぶら美術館
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」(前編)
~ルネサンスって何?!英国が誇る国宝級名作で西洋美術が丸わかり!~
今回は、今年一番の話題、61作品全てが日本初公開!という奇跡の展覧会、国立西洋美術館「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」。その魅力を2週に渡ってお届けする前編です。
200年の歴史において「初」になるという国外での大規模な所蔵作品展!国宝級の名作たちが東京・上野にやって来ました。
そもそもロンドン・ナショナルギャラリーは、「近代美術館の模範」と言われるように、開館以来、西洋美術の歴史を俯瞰できるようなコレクション収集にこだわってきました。そのため、館のラインナップはまさに「西洋美術の教科書」。今回は、日本に居ながらにして、国宝級名画で西洋美術の流れを辿ることができる…という贅沢な機会!世界的名作で西洋美術の流れを見る「ぶらぶら的美術の教科書」決定版!(ぶらぶら美術館ホームページより)
放送日時 3月31日(火) 午後9時~10時
放送局 日本テレビ(BS日テレ)
出演者
山田五郎 (評論家)
小木博明 (お笑いコンビ・おぎやはぎ ボケ担当)
矢作兼 (お笑いコンビ・おぎやはぎ ツッコミ担当)
高橋マリ子 (モデル・女優)
川瀬佑介 (国立西洋美術館主任研究員・本展監修者)
2週間連続「ロンドン・ナショナル・ギャラリー」展
イギリスのロンドン、トラファルガー広場にある「ロンドン・ナショナル・ギャラリー」。
国民が議会を通して作りあげた「国民の国民による美術館」で
入場料は特別展などをのぞいて原則無料。
収蔵品も(特に初期のものは)個人からの寄附が多いとか。
「市民からの寄贈ってことは変なやつもあるかもしれないですね」
という小木さんに対して山田さん「ない!」
…とても力強い否定でした。(受け入れにあたっては審査があります)
「近代美術館の模範」「西洋美術の教科書」と呼ばれるコレクションは
来場者が西洋美術の流れを広い視野からとらえられるような収集をはじめた
最初の例だそうです。
最高の教材で見る西洋美術(ルネサンスから後期印象派まで)の流れ。
いまは新型コロナウイルスの蔓延のせいで開催が延期されていますが、
録画した番組で会場の様子を眺めながら待つことにしましょう。
ところで山田さんが「本当は2週やりたいくらい」と言ってましたが…
もしかして撮影の段階では1週で終わる予定だったんでしょうか?
登場する作品は特設ページのギャラリーから確認できます
初期ルネサンス リアルさを追求したパイオニアたちの時代
15世紀のイタリアで、
古代ギリシア・ローマに存在した人間中心の価値観が発見されました。
こうして始まったのがルネサンス(フランス語で「再生」)。
それまでのヨーロッパでは神と聖書中心の世界観が支配していて
絵画も当然のように「神は世界をどう見たか」という視点で描かれていました。
キリストや聖人など重要な人物は大きく、それ以外の人は小さく描かれるのが当たり前。
これに対してルネサンスをむかえた美術の世界では、
目に見える世界をそのまま絵に再現しようとする試みが始まります。
…手前にいる人を大きく、遠くの人は小さく描く方法(遠近法)が誕生した背景に
こんな歴史があるとは思いませんでした。
遠近法・解剖学的に正確な人体の描写など
西洋絵画の基本が生まれたのがこのルネサンス期です。
このコーナーでは研究員の川瀬さんの案内で、
ルネサンス絵画(ひいては西洋絵画)の技法が完成するまでの流れを見ていきました。
パオロ・ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》(1470頃)
鳥を描くのが好きだったからウッチェロ(鳥)なんてあだ名がついたのに
鳥の作品が残っていないという、ある意味おいしい人です。
当時の絵画は木の板に描くのが主流で、
割れやすい板絵はほとんどが失われてしまったんだとか。
聖ジョージ(ゲオルギウス)の竜退治の場面を描いたこちらの絵は
当時の新素材であるカンバスに描かれたため21世紀まで無事に残りました。
そしてもう一つ、当時の新技法である遠近法が使われているのが特徴。
新しい素材に新しい技法と、
とにかく新しいことに挑戦しようというパイオニア精神にあふれていたのが
15世紀のルネサンスなんだそうです。
この絵はなんと言っても数学的な遠近法の構成を徹底して考えた構図が特徴。
「奥に行くほど小さくなる」法則を利用した線遠近法を3か所も取り入れ
それを強調するために竜が住んでいる洞窟前には四角い芝生を配置しているほどです。
そのくせ絵の主題であるはずの人間はなんだか無表情で人形のよう。
「遠近法オタク」なんて呼ばれるのも仕方がないような…。
わたしは竜の翼(形は蝙蝠に似ている)が右と左で色が違うことが気になるのですが。
あれには何か意味があるのでしょうか?
カルロ・クリヴェッリ《聖エミディウスを伴う受胎告知》(1486)
ボッティチェリを素通りして、次はクリヴェッリの作品です。
こちらもあからさまなまでに遠近法を意識した構図ですが、
遠くのものまで鮮明に描かれているせいでなんだか奇妙な印象を受けます。
奇妙なのはそれだけではありません。
ルネサンス絵画は「リアルに描くこと」を追求して
人間の体や表情の描写を洗練させていきましたが…
この絵では天使の光輪に頭に取り付けるための棒が描かれていたり
天から差し込む精霊の光を屋内にいるマリアに届けるための穴が
あらかじめ壁に空いていたり…
そこをリアルにする必要があったのだろうか? と
思わず考え込んでしまう不思議な絵です。
作者であるクリヴェッリは人妻との不倫で有罪になったことが記録が残っている人で、
そのせいか女性の姿はどこかエロティック。
天使ガブリエルと聖エミディウス(この絵があった街の守護聖人)は
家の外から窓越しにマリアと会話しているのですが、
こんな話を聞いた後だと
「家の中に入ったらあらぬ誤解をされると思ったのかも」という気がしてきます。
ドメニコ・ギルランダイオ《聖母子》(1480-90頃)
ルネサンス絵画の完成はこちらの絵に見ることができます。
画面中央には人間味のあるマリアと幼子イエスが描かれ
(それぞれの頭上には光輪と赤い十字が乗っています。棒はありません)
背後の風景は遠くの山が青くかすんで見える「色彩遠近法」と「空気遠近法」を利用し、
人の肌などに見える陰影もリアル。
のちの《モナ・リザ》にも共通する技法が詰まっています。
またイエスの足元にあるテーブルには「線遠近法」を利用した縞模様がありますが
これは数学的に厳密な線ではなく、それらしく見せることを重視しているそうです。
厳密に描くことは必ずしもリアルな効果をもたらさないことを知った画家たちは
「どうやって人の目をだますか」「どうやって本物らしくみせるか」
を考えるようになりました。
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロの三大巨匠を輩出した盛期ルネサンスは、
こうして作りあげられた基礎の上に生まれます。
17世紀オランダに始まる市民の台頭と美術の変化
17世紀末にスペインから独立したオランダは貿易大国へと発展を遂げ、
市民階級の人間が力を持つようになります。
丁度この頃宗教改革によってプロテスタントが勝利したことで
宗教画や彫刻が偶像崇拝とされ、宗教美術の需要が激減しました。
財力を手に入れた市民は自分たちのための芸術を求め、
一方芸術家は新しい需要の開拓を必要としていました。
宗教、神話、教訓などの伝統的な主題よりも
もう少し身近なものを求めた注文主にあわせて風景画、肖像画、静物画などが増え、
画家もジャンルごとにより専門化していくことになります。
ウィレム・クラースゾーン・ヘーダ《ロブスターのある静物》(1650-59)
オランダ・フランドル派にはヤン・ファン・エイクに代表される細密描写の伝統があり、
こちらの絵も絹布の質感や白ワインのグラスに写り込んだ窓の光などを細かく描いています。
静物画はそれ自体に物語がなく何かの一場面というわけでもないので
「どれだけ本物に似ているか」が評価のポイント。
画家たちは描写の難しいものや質感の違うものを描き分ける技術を競い合ったそうです。
また注文者の財力を見せつける意味もあり、
絵の中にはオランダ産のロブスター、パン、グラスのほかに
地中海産のレモンとオリーブ、中国の陶器、東南アジアの胡椒といった
世界中の贅沢品が見られます。
レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン《34歳の自画像》(1640)
高橋さんが確認する前から「レンブラント」と気づくほど
自己プロデュース力の高いレンブラントの自画像です。
番組内でも繰り返し「ドヤ顔」と言われていますが、
この時代のレンブラントは裕福な女性と結婚し、
独立してオランダ一の画家と呼ばれ…実際に人生の絶頂期にありました。
レンブラントの時代から100年ほど前のコスチュームを身に付けた自画像は
ポーズやサインもルネサンス期の画家にならい、
「自分は昔の大画家と肩を並べる存在です!」と主張しています。
この時代は芸術家の社会的立場が向上して、有名な画家はれっきとしたセレブレティ。
芸術家との交流をアピールする小道具として画家の肖像画も需要があったそうです。
この2年後にレンブラントは《夜警》を完成させますが、
同じころ奥さんを亡くし、以降は没落の道を辿ります。
ヨハネス・フェルメール《ヴァージナルの前に座る若い女性》(1670-72頃)
座る女性と左側にある窓。典型的なフェルメールの構図と思いきや窓の外は夜。
光源は窓ではなく、絵を鑑賞している人間の方にあるようです。
こちらを見る女性の背後には
楽器を持つ娼婦・男性客・取り持ち女を描いた絵が飾られています。
こういった風俗画はストーリーがあることをほのめかしておきながら
あえて完結させず見る側に解釈をゆだねるそうです。
手前に見える意味ありげに引かれたカーテンと弦楽器は、
これから女性が合奏する相手を意味しているのかもしれません。
イギリスの肖像画とグランド・ツアー
17世紀には政変に革命と動乱がつづいていたイギリスですが、
18世紀になるとイギリス美術の全盛期をむかえます。
このころ旧来の特権階級と新興資本家という2つの社会層が接近したことで
両者は互いに自分を権威づける美術品を求めるようになります。
アンソニー・ヴァン・ダイク《レディ・エリザベス・シンベビーとアンドーヴァー子爵夫人ドロシー》(1635頃)
ルーベンスの工房で筆頭助手を務めたヴァン・ダイク。
チャールズ1世に招かれて10年ほど滞在し、イギリスで長く愛される肖像画家となりました。
なんでもその後150年くらい「ヴァン・ダイク風の肖像画」が流行し続けたそうです。
こちらのモデルは貴族の姉妹で、
妹の婚約が決まったお祝いに2人揃って絵画に収まりました。
伝統の肖像画は画面の中央に1人の人物が描かれますが、
イギリスでは家族や友人と一緒に描かれるダブルポートレートが好まれたそうです。
ここではさらに愛の使者であるキューピッドが描かれ、結婚する女性を祝福します。
注文主の要望に応える柔軟さと理想化(いわく「盛り方」)が上手だったことが
ヴァン・ダイクの成功の秘訣だったようです。
ジョゼフ・ライト・オブ・ダービー《トマス・コルトマン夫妻》(1770-72頃)
貴族がルネサンス期の絵画を思わせる理想化を喜んだのに対して、
新興の資本家たちはより日常的な姿を描かれることを好んだようです。
こちらでは馬に乗ったコルトマン夫人とそれに寄りそうコルトマン氏が描かれており
2人ともくつろいで会話しているような親密な様子です。
手前にいる犬がこちらにお尻を向けていたり
ご主人のズボンのポケットに入った小銭が透けて見えていたりと砕けた雰囲気があるのは
画家のいたずら心とモデルとの親しい関係性を示すもの。
実際このご夫婦はダービーの友人だったそうです。
カナレット《ヴェネツィア:大運河のレガッタ》(1735頃)
18世紀のイギリスで流行したグランド・ツアーは
上流の子息がヨーロッパを旅行して文化や教養を学んでくるいわば「金持の卒業旅行」。
それとあわせて大人気になったのが「ベネツィアの絵をやたら描いたカナレット」です。
こちらはヴェネツィアの名物・ボートレースを描いたものですが、
描写があまりにも正確なので(そして街並みがあんまり変わっていないので)
現代でも描かれた場所を特定できるそうです。
このようなリアルな景観画はお土産として大当たり。
グランド・ツアー中の若者たちは
今の観光客がポストカードを買うような調子で彼の絵を求めました。
そんな理由でカナレットの絵はイタリアにはほぼ残っていませんが
グランド・ツアー帰りの人々を通じて評判になった結果
イギリスに呼ばれて《イートン・カレッジ》(1754)などの風景画を描いています。
そして次回へ…
ここから影響を受けた風景画からフランス印象派へつながる絵画革命が起きるのですが…
番組は後編に続きます。
「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」国立西洋美術館
東京都台東区上野公園7-7
6月18日(木)~2020年10月18日(日)
月曜休館 (5月4日は開館)
9時30分~17時30分 (金・土曜日は9時30分~20時)
※入場は閉館の30分前まで
一般 1700円
大学生 1100円
高校生 700円
中学生以下 無料
※混雑緩和のため団体料金の適用を中止
今後の入場券の販売は6月13日(土)から
スマチケ・読売新聞オンラインチケットストア・イープラス・ファミリーマートのみで実施
美術展ナビAEJにて監修者・川瀬佑介さんによる解説動画公開中
またYouTubeでは、展覧会の監修者であり番組内でも案内役を務めてくれた
川瀬佑介さんによる作品解説動画が公開されています。
(チャンネル名は「美術展ナビAEJ」)
解説は全7本、それぞれ5分~8分くらいの長さで、
時代ごとの見どころとおすすめ作品を紹介してくれます。
「ぶらぶら美術館」とあわせて開催前の予習にいかがでしょうか?