ぶらぶら美術・博物館 中野京子さんと「怖い絵」「画家とモデル」特集!疫病を描いた19世紀の絵画も登場(2020.06.23)

ぶらぶら美術・博物館がつくる企画展・第2弾。
今週は『怖い絵』シリーズの著者である
中野京子さんがプロデュースする、ドラマチックな絵画展です。
疫病が蔓延する今だからこそ見たい、ペストを描いた歴史上の1枚も。

2020年6月23日のぶらぶら美術館
ぶらぶらプロデュース!夢の特別展②
~名画に隠された物語を解く!中野京子 もうひとつの「怖い絵」展~

放送日時 6月23日(火) 午後8時~9時

放送局 日本テレビ(BS日テレ)

出演者
山田五郎 (評論家)
小木博明 (お笑いコンビ・おぎやはぎ ボケ)
矢作兼 (お笑いコンビ・おぎやはぎ ツッコミ)
高橋マリ子 (モデル・女優)

中野京子 (ドイツ文学者)

ぶらぶらがプロデュースする夢の特別展 第2弾!今回はベストセラー『怖い絵』シリーズで知られる、作家でドイツ文学者の中野京子先生が登場!2017年に開催され話題となった「怖い絵」展で、本当は出品したかったのに、どうしても叶わなかった作品を先生自ら厳選、その魅力をじっくり解説する豪華企画です。
注目は、ロシアの巨匠レーピンによる歴史大作「イワン雷帝とその息子」。19世紀の発表以来、2度も暴漢に傷つけられ、今後の一般公開も危惧されているという作品の“魔力”とは?さらに、中野先生がロシアで実際に作品と遭遇した際の衝撃体験も伺います。番組後半では、新著『画家とモデル』から、選りすぐりの作品をピックアップ。スペインの宮廷画家ゴヤが描いた「黒衣のアルバ女公爵」では、ゴヤと、絵のモデルとなったアルバ家13代目当主カイエターナとの意外な関係、そして、絵に隠された驚きの真実にも迫ります。
中野京子流「絵解き」解説で、さまざまな名画がより味わい深くなる1時間です。(ぶらぶら美術館ホームページより)



第1部 本当は出したかった「怖い絵」

中野先生のベストセラー『怖い絵』シリーズにちなんで
2017年上野の森美術館で開催された「怖い絵展」。
この展覧会に出したかったけれど出せなかった、
とっておきの怖い絵を紹介します。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《ダイヤのエースを持ついかさま師》1635頃

『怖い絵』シリーズ第1作の表紙にも選ばれた1枚です。
登場人物は4人いるのですが、
1人を除いて全員が横目でなにやら目配せを交わしているのがなんとも怖い。
何も知らない相手を3人がかりでカモにする気まんまんの様子です。
これから引っ掛けられるらしいカモはまだ10代くらいの若者で、
出演者からも同情の声が上がっていました。

舞台となった17世紀のパリには公営のギャンブル場が40以上あったそうで、
描かれたようないかさまも横行していたことでしょう。
この絵は本来ギャンブルを戒める教訓絵なのですが、
凄みがありすぎて(特に、中央に座っている女性の目つき)
お説教じみた雰囲気はまったく感じられません。

イリヤ・レーピン《イヴァン雷帝とその息子》1885

モスクワ・ロシアの初代ツァーリであったイヴァン4世。
頭に血が上ると抑えが効かない性格で、「雷帝」と恐れられていたそうです。
この絵も、雷帝がカッとなった拍子に、後継者だった息子イヴァンを
手にかけてしまった事件の瞬間を描いています。
中野先生はモスクワのトレチャコフ美術館でこの絵を見た時に
事件現場に居合わせてしまったような気持ちになったとのこと。

暗い部屋に凄惨な光景が浮かび上がる、臨場感たっぷりの絵ですが
雷帝を崇拝する人から見ると不遜だったのか、1913年に破損されています。
この時は作者のレーピンが修復したのですが、
2018年にも作業員に金属棒で壊されそうになったそうです。
(これは犯人が泥酔していたという説もあるようですが…?)

フォード・マドックス・ブラウン《イギリスの見納め》1855

「怖い絵」というよりも、同じ中野先生の著書『運命の絵』の系列。
オーストラリアに旅立つ友人一家を描いた絵です。
1850年代のイギリスでは、産業革命から取り残された人々が移民となって
続々と外国に渡っており、その数は年間28万人にも及んだそうです。
ウォルナー一家は2年ほどで財産を作って帰国し、
作者のブラウンも《イギリスの見納め》が評判をとったことで
計画していた移住を取りやめることになるのですが、
船出する時は二度と帰れないつもりでいたのかも知れません。

この絵が描かれている円形の画面は、
ルネサンス時代に聖母子・聖家族を描く時の定番の形です。
友人夫妻(と、奥さんがマントの中で抱っこしている赤ん坊)を聖家族に見立てた
19世紀の宗教画は、2005年のBBCラジオアンケートで
「イギリス国内で観られる最も偉大な絵画」にランクインしているそうです。

ジョン・シングルトン・コプリー《ワトソンと鮫》1778

「ワトソン」は絵の注文主であり、絵の中でサメに襲われている本人です。
両親を亡くして船員になった少年時代のワトソンが
キューバでサメに襲われ右足を失った時の絵ですが、
足を喰いちぎったはずの鮫が頭の方から襲ってきているなど
紹介者であるはずの中野先生が数度にわたり
「あまり上手じゃない」「下手なんですけど」と発言する微妙な絵です。

それがなぜ紹介されたのかといえば制作にまつわる「ちょっといい話」のため。
一命をとりとめたワトソンは後に商売で財産を築いて
ロンドン市会議員から市長になる成功をおさめ、
かつての自分と同じ孤児たちが保護されている病院にこの絵を寄贈しました。
中野先生いわく「下手だとか言わないで」そんな背景に注目するべき絵なんだそうです。


第2部 「画家とモデル」

続いて、中野先生の新作『画家とモデル 宿命の出会い』(2020)にまつわる絵画です。
タイトルからはつい、男性の画家と美人モデルの恋愛沙汰を想像しますが、
中野先生は一般的イメージにとらわれ過ぎないように、
なるべく多彩な切り口から選んだそうです。

フランシスコ・ゴヤ《黒衣のアルバ女公爵》1797

画家の男性とモデルの美しい女性…という組み合わせですが、
モデルとなったアルバ女公爵は13代目のアルバ公爵家当主で、
自分の領地だけを通ってスペインを縦断できたというくらいの超・お金持ち。
女性の方が圧倒的に地位も財力も上、というところが珍しいかもしれません。
夫の死後、自分の別荘にゴヤを招待して数か月共に過ごし、
その間に下着姿などプライベートな姿のスケッチも描かれていることから
恋愛関係もあったのではないかと言われているそうです。

ゴヤが自分のアトリエに帰った(捨てられた?)後で描かれたこの絵では
女公爵の手には「Alba」「Goya」と刻まれた指輪が付けられ、
さらにその手が示す足元には「Solo Goya(only Goya)」の文字があって
何かあったことをほのめかしているようにも見えるのですが…。
描かれた当時、足元の文字は塗りつぶされていて
後世の修復でその存在が明らかになったそうです。

ジョン・シンガー・サージェント
《マダムXの肖像》1884 そして死後発見された1枚

フィレンツェで生まれたアメリカ人のサージェントは、
イタリアで絵画を勉強したあとフランスのパリで修練を積み、
パリに最初のアトリエを構えました。
この肖像画はパリ時代に描かれたもので、
フランスの銀行家と結婚したアメリカの女性(ゴートロー夫人)がモデルです。
ところが、この絵が社交界ではスキャンダラスだとバッシングを受けて、
(最初、ドレスの肩の金鎖をずらして描いたのが問題だったとか?)
サージェントは翌年にロンドンへ渡っています。

さて、中野先生があわせて紹介したかったという作品は、
イギリスで成功したサージェントの死後30年たって見つかったものですが、
こちらは黒人男性のヌードを描いています。
モデルはサージェントがボストン美術館の天井画を描いたときに
滞在していたホテルの従業員だったそうです。
諸事情があってテレビでは放映できませんでしたが、
《マダムX》がモデル単体のエロスしかないのに対して、
こちらは画家とモデル双方向のエロスがある、と絶賛されていました。
(中野先生の本には収録されています)


中野京子さんが選ぶ「今見てほしい一枚」
ジュール=エリー・ドローネー《ローマのペスト》1869

7世紀にペストが大流行した時のローマで、
天使が悪魔を従えて人の家の扉を叩かせると
その数だけ人が死んだという伝承を描いています。
絵の中には十字架を立てて神に祈る人、
ギリシア神話の医術の神・アスクレピオスに祈りをささげる人、
さらに天使と悪魔の姿を目撃した人の姿もあり、
立場を越えた全ての人に疫病が降りかかったことを示しているかのようです。

19世紀のヨーロッパではコレラが大流行しており、
ドローネー(エリーという名前から女性かと思ったのですが、男性だそうです)は
当時の世相を過去の疫病と重ね合わせてこの絵を描いたと言われています。

コロナウイルスの流行によって
過去の感染症の歴史に注目が集まっている現在とも通じるものがあるようですが、
今のこの時代からは将来どんな芸術が生まれるのでしょうか?